第27話 3000年の重みは伊達じゃない

 重い足取りで目的地に向かい……無事に辿り着いた。俺はどれだけ歩けばいいのだろうか。魔動車を発明した甲斐が無さすぎる……。

 場所はニジュランド王国近辺。近辺と言っても、長い山道を越えた先。ただの人間が歩く距離じゃない。ほとんど鋪装なんてされてないし、人の影なんてまるで無い。代わりと言わんばかりに徘徊する魔獣にそこそこ困らせられ、大した睡眠もできていない。まあ、それでもいくらか体力は回復できたが。


 俺の目の前には古びた看板があった。過去に見た物とは違うが、それでも年季が入っている。人が訪れるような場所でないことは想像に容易い。


 迷いの森。常に霧が立ち込め、足を踏み入れたが最後、精霊の案内無しには出られないと言われる禁足地。……今でもそんな噂があるかは不明だが、もしかしたらこの場所の存在すら人々の記憶から忘れ去られているのかもしれない。

 過去に俺が訪れたのは一度のみ。しかし、ぱっと見とはいえ、まるで変化が感じられない。視界を塞ぐ霧のせいで中の様子は窺えないが、しかしこれは異常である。


 ちょうど俺がファベルとして生を歩んでいた時、世界には邪神と呼ばれる生き物が蔓延っていた。文明は滅び、緑は枯れ、魔が巣食う時代。この森はまるで、その時代に影響されなかったように見える。


 となると、要因は恐らくこの森の特性にあるだろう。ここが禁足地となっているのは、命を落とす危険性が十分に高いからだ。この森は、ここで生まれた命や精霊でない限り、あらゆるものを拒絶する。

 森の中には『レイト』と呼ばれる、魔族でも魔獣でもない何かが徘徊している。いわゆる幽霊のようなもので、姿は見えない。現象に近いそれは、森に入った侵入者に襲い掛かる。俺が聞いた話では、レイトに殺された人間はめでたく奴らの仲間入りをするらしい。……試練だったとはいえ、よく俺そんな場所に入ったな。


 恐らく、そういった理由から良くも悪くも不変の地だったのだろう。邪神に信仰を捧げる狂信者も居なければ、そもそも邪神になり得る存在も居ない。

 まあ、無事に残ってくれていて助かった……のか?


 ――カランカランカラン!


 ……ハイ。タスカリマシタヨ。アリガトウゴザイマス。


 この剣、当たり前のように俺の心を読んでいるようで本当に鬱陶しい。まあほんの少しとはいえ『全焼とかしてくれてたら助かったんだけどなぁ』とか思っちゃった自分も居ますし? 咎められるに異論は無いですけどね?


 ――カランカランカランカラン!! バシッ!


 いてぇ……はいはい、すみませんでした。もう行きますよ。マジ覚えとけ……。




 過去に訪れたことがあるとはいえ、ここは迷いの森。その名の通り、迷わないことは難しい。一応、風景の隅々まで記憶するほど迷った思い出がある俺だが、思いのほか覚えていなかった。どこだよここ。

 ……しかし、方向感覚すら失いつつある俺は真っすぐに目的へと向かっていた。目の前に浮遊する剣が、俺を案内してくれていた。


 おかしいと思ってましたよ。まるで意思を持っているかのように、俺にちょっかいをかけていたこの剣。歴史ある遺物とはいえ、武具が意思を持つなんて話は聞いたことがなかった。内心では怯えてましたよはい。

 森に入ってすぐ道に迷った俺を見透かしたかのように、この剣はひとりでに動き始め、俺を先導し始めた。……間違いなく、ウィンシーの計らいである。そこら中に居るであろうレイトすらも、俺に襲い掛かって来ない。俺はこの森に間違いなく歓迎されている。


 ……だとしたら、すごい面倒な話だよ。何がって、俺の心の声が筒抜けだったわけだろ? じゃなきゃ剣のあの挙動に説明がつかない。これだったら、まだ剣に何らかの意思がある方が良かったよ……。


 あぁ、憂鬱だ。怒ってるんだろうなぁ。だって凄いボロカスに貶してたもん俺。あっちからすれば、せっかく与えた祝福を邪険にされたわけだろうし。これは説得するのに骨が折れるぞ……。


 ……ん? 待てよ。むしろ僥倖じゃないか? かつては頭を下げてまで求めた精霊の加護だ。ウィンシーもイタズラ感覚だっただろうとはいえ、無理難題を俺に課し、それを達成した褒美として施してくれたもの。しかし今では、それを呪いとまで酷評している。心の底から。他でもない俺が。

 この不誠実さも、ウィンシーに伝わっていることだろう。腹に据えかねているに違いない。だとしたら、加護の取り消しもトントン拍子で進むのでは? 殴られるのは彼女ではなく、俺の方になってしまうが……この呪いを払って、森から出られるなら願ってもないことだ。うん、殴られたい!


 なんだ楽勝じゃん! 勝ったな!! ガハハ!!w




「う、うぅ……グスッ……びェえェエえん!!!!」


「……」


 目の前で大粒の涙を流し続けている彼女がウィンシーである。大号泣である。あぁ鼻水まで垂らして……。


 予想外だった。いや、予想できていた筈だった……。神と同等の命を持つ存在である精霊。しかしその精神性は幼子に近い。更に言えば、ウィンシーは精霊の中でも引っ込み思案なところがあった。

 純白の髪に、薄い緑色の神秘的な瞳。3000年前と変わらぬ姿……と言いたいところだが、なんか大きくなっている気がする。こんな身長高かったっけ? 顔立ちもどことなく大人びているような……精霊も成長するのか? 前は幼児と差し支えない出で立ちだったが、今では人間で言うところの20歳前後くらいの容姿に見える。……うん、だいぶ変わってますね。胸は相変わらず絶壁だが。


 ……いや、違うよ。まずは『ごめんなさい』でしょーが、俺。思いっきし泣かせちゃってるじゃん……。えぇ、いや、心の声とはいえ悪口は良くないですから、本当にごめんなさいなんだけど……そ、そんな泣きます? いや、俺が悪いんですよ? ま、まさかそんな傷つくとは……。


「いや、その、ごめん……」


「何に謝ってるのぉ……!!」


 何にって……なんだ? こっちだって分かんないよ。俺も内心、結構キレるつもりで来たんですよ。そんなちょっと面倒くさい彼女みたいなこと言われても……。


「うぅ……私だって分かんないよぉ!! ランドが死んだって聞いて、来る日も来る日も悲しくて……生きてるって分かって喜んでたら! なんか私に会いたくないみたいな感じで!! 嬉しいのに悲しいし! 怒りたいのに怒りたくなくてぇ……!」


「ほんとすみません」


 これはぁ土下座一択ですね……。ただいま、喜んで地面に頭を擦り付けさせていただきます。誠に申し訳ございませんでした。あと出来れば心の声を読むのやめてもらえませんでしょうか? あの、今の俺はですね。ランドであってランドでないと言いますか……あの頃から目まぐるしい程の変化を経てるんですよ。


 というか、ここまで再会を心待ちにされているとは思わなかった。ただの一回しか会ったこと無いし、ぶっちゃけ俺も古い顔見知りと会えたらいいなぁぐらいの気持ちだったんです。


「うぇええぇん!! 私こんなに嬉しかったのにぃ!!」


 だから心を読むのはやめてください……恐らくですけど、俺じゃなくあなたが一番傷つくと思うので……。


「ヤだぁぁあぁ!!」




 ……どうにかウィンシーを落ち着かせた。大人びてるように見えたけど、全然そんなことなかった。昔と何も変わってない。喜んでいいところか……。なんか、さっきから子供を泣かせたような罪悪感で一杯なんだ。本当にゴメンよ……。


「あの、本当に悪かった……」


「……もういいよ」


 それ、なんか含みありません? 許してくれた、んですよね? 拗ねているように見えるのは気のせいですよね? どっちか分からん。


「ぐすっ……私、絶対解かないからね。加護」


「……そこをなんとか、お願いできませんでしょうか?」


「なんでそんなによそよそしいの……」


 あぁ、また泣きそう。……俺、ランドの時どんな感じだったっけ? もう忘れたよ。ありとあらゆる万物に感謝して生きてたのは覚えてるけど……ウィンシー、もう俺そんな誠実な男じゃないんだよ。穢れまくってるんだよ。聖人ぶっても本音にならないんだよ……。

 参ったなぁ。どう言えば納得してもらえるか。


「あの、今の俺の名前はロイっていうんだ。もうランドじゃないんだよ。再会を喜んでくれたのは嬉しいけど……実は別人なんだ。ぬか喜びさせたみたいで、ごめんね」


「ランドはランドだもん。……あの女がランドの他に勇者を選ぶとは思えないし、私の目は絶対! 誤魔化せないんだから!」


「……ランドは死んだんだよ。使命を果たして。英雄なんて必要ないんだ」


「関係ない!! 目の前に居るもん!!」


 困った……少々心苦しいが、ここは騙してでも解呪を……あぁ、心読まれてるんだった。どうすりゃいいのこれ。


「……ねぇ、そんなに私が嫌いなの? 友達じゃなかったの……?」


「いや、友達だけどさ……俺、というかロイには目標があって、この剣に追いかけ回されてたら達成できないんだよ」


「なんで? どんな目標?」


「……隠せないと思うから言うけど、普通に生きたいんだ。分かるだろ? ただの人として、天寿を全うしたいんだ」


「そんなの……この子が居てもできることじゃん! ランドの恩知らず!!」


 それは、そうなんだけどさ……俺が言う普通ってのは農家なり商人なりのことでね? 決してこんな国宝レベルの剣を携える人間のことじゃないんだ。恩知らずに関してはぐうの音も出ないけど、本当に今の俺はランドじゃないんです。


「私、またランドと離れ離れになるの嫌だよ……。なんで私の気持ち分かってくれないの? ずっと寂しかったんだよ……」


「……その気持ちは嬉しいし、申し訳なく思うけど、人間に出来ることなんて限られてるんだ。しょうがないことなんだよ」


「なんで否定するの? ランドはただの人間じゃない。恐れ知らずで、人を超越した英雄だった。……約束だってしたのに」


 ……ん? 約束? な、なんのことだ?


「忘れたの……? サンダムを殺したら、また会いに来るって言ってくれたのに……私、その言葉をずっと信じてた!!」


 あぁ~言われてみれば確かに、そんなこと言ったような……で、でも待ってくれ。それって確か、半ば強制的な口約束じゃありませんでした? じゃないと地獄のラウンド2が始まりそうだったじゃないですか。

 それにランドは死んだんですよ! そのサンダムと相打ちになって。さすがに、死んだらどうしようもないじゃないですか……?


「……でも、会いに来てくれた。約束を守ってくれた。……あなたにそのつもりは無かったみたいだけど」


「す、すみません……」


 今度は怒りんぼモードだ。はぁ~想定外すぎる。これ俺の見積もりが甘いだけなのか? にしたって3000年前の故人にこんな執着するか? そりゃ精霊は長生きだろうし、こんな場所に居たら新しい出会いも無いと思うけど、だからこそ精霊って気まぐれな生き物じゃないですか。あんまり一個人に執着するイメージが無いというか。

 ……そういや、レニス様は何してるんだろう。雨を信仰する話は最近じゃ聞かないし、ウィンシーの口ぶりからして存命しててもおかしくないとは――。


「ねぇ。なんで他の女のこと考えてるの?」


「……え? あ、いや、ちょっと懐かしいと思って」


「しかも雨の女神のこと? ……今でも忌々しい。私からランドを奪って……」


 ……なんか、ブツブツ言い始めちゃった。……これでもかと言うほどの呪詛が聞こえる気がするが……空耳だろ。うん、ただの聞き間違いだ。


 しかし、そんなに仲が悪かっただろうか? ……今思えば、双方が直接会っていたところは見たこと無いな。確かに、俺が仲介者として、精霊の加護についての取り決めをしていた気がする。

 しかし何だってこんなレニス様を憎むような真似……でも、ウィンシーの視点だと、レニス様はどう目に映る?


「いつまであの女のこと考えてるの?」


「ぉわッ!!」


 び、ビビった……ウィンシーの顔が眼前にまで迫っていた。こっわ! 考えごとをしていたからか、全然気が付かなかった……。

 それにウィンシーの目つきがとんでもないことになっている。少し内気なところがある彼女だが、それでも嬉しいことがあれば喜びを全面的に出すし、悲しいことがあれば涙を流す素直な子だ。

 それが今や、能面を張り付けたかのような無表情になっている。な、何考えてるの? 俺にも心読ませてくれない?


「あんな女のことなんか忘れなよ。雨の奇跡も使ってないんでしょ? 未練なんか無いってことだよね?」


「ま、まあ俺ランドじゃないしな……でも、なんでそんなレニス様を恨んでるんだ? レニス様が居なければ、俺達だって出会うことは……」


「ランドと出会えたこと。ランドを不老にしてくれたこと。あの女に感謝できることはこの二つだけ。……レニスは、私からあなたを奪い取った。サンダムと戦えば、ランドが死ぬと分かっていてなお、あなたを死地に向かわせた……! 今日に至るまであなたと再会できなかったのも! あの女のせい!!」


「……そう、なっちゃうんだ」


 ……この執着心。何か違和感を感じる。いや、既視感か。てっきり長い時間に幽閉された故の哀愁のようなものだと思っていたが……並々ならぬ感情だ。まるで……直近の出来事で例えるなら、クロムのような……。


 ま、まずい……なんで俺はこんなにも思慮浅いのだろうか。知恵の転生特典が無ければ、俺はこんなにも馬鹿な人間なのか……? 驕っていた。痛感してしまう。

 ウィンシーは……精霊である前に、ランドに思いを馳せる一人の女性だった。


「……でも、もういいよ。ランドは私を選んでくれたから。私はそれだけで満足」


 森の中心。隠された泉。精霊たちが集うこの秘境に、風が吹く。水面は波を立て、まるで意思を持っているかのように見えた。


「……また、離れて行ったり、しないよね?」


「……ハイ」


 俺は自ら、地雷原に赴いたことを悟った。




「えへへ……今、私すごい幸せだよ」


「それは良かった……」


 ウィンシーを膝に乗せ、俺は考える。……どうしてこうなった!!


 もはや精霊の加護をどうこうするという話ではない。一刻も早く、この森から逃げ出さなければならない。……しかし、まだだ。まだ機会は訪れていない。ここは耐え忍ぶこと一択だ。


「あ、ウィンシー! やっと見つけた! 人間なんか招き入れて何してるの!?」


 彼女の仲間と思しき精霊たちがやって来た。精霊の知り合いはウィンシーだけだが、ちらほらと見覚えのある顔が居る。あれ? でも大きくなっているヤツも居るような……それも大小まばらで、まとまりが無い。精霊ってこんなにも変化のある生き物だっけ?


「え~別にいいでしょ。どうせこの森には何も無いんだし……あ! そうだ! 皆にも紹介するね! 私の友達! ラン……ロイだよ!」


「ロイ? 知らない顔だけど……あなた、あの人間一筋じゃなかった? なんだっけえっと……」


「ランドね……でも、もういいの。こうしてまた会えたから……」


「? そう。あ! これから私達みんなで遊ぶけど、ウィンシーはどう?」


「んー今日はいいや。また誘って」


「へ~ウィンシーが遊びを断るなんて珍しいね……まあ、いっか! お兄さんもまた今度、私達と遊ぼ!」


「うん……」


 どうにか助けを求めたかったが……そもそも精霊は人間を好まないきらいがある。どういうわけかウィンシーは別のようだが。恐らく俺が助けを求めたところで、ウィンシーが否と唱えれば、彼女達は俺の言葉など意に介さないだろう。

 というか、ウィンシーにも友達居たんだな。昔は他の精霊にイジメられてた気がするんだが……。


「ロイが居なくなった後ね。なんか精霊たちの間で、成長する子達が出始めたんだ。なんでか分からないけど……あ、私もそうだよ! どう? 大人になったでしょ?」


「あぁ、うん……」


「微妙な反応……やっぱり、胸って大きい方がいいのかな?」


「知らんよ」


 本当に知らんよ。どうでもいいもん、この状況じゃ。


 しかし個体差があるのは気になるな。精霊は自然から生まれるものだろうし、このウィンシーだって何年生きているかも分からない。生まれた時代が違うってわけでも無いだろうし……自然、か。

 仮説を立てるなら、恐らく魔法の影響だろうな。神が絶対であった時代は、ランドがサンダムを倒した折に終わった。そこから奇跡が衰退し始め、代わりに魔法という概念が生まれた。


 奇跡は神を信仰するものならば、魔法とは自然を信仰するもの。かつて魔法使いたちは、魔素という物質が存在するのを知ってか知らずか、自然物にエネルギーを見出した。

 それぞれ意思を持つ神と違い、自然は命の無い物質に過ぎない。人間が神を信仰するように、魔法使いが自然に詠唱を唱えれば、奇跡に近い業を使えた。神が自分の意思で与える奇跡と違って、自然はそこに是非を問わないからな。


 ウィンシーが司っているであろう風は、基本である属性魔法の一つ。信仰に近い人々のエネルギーが、自然の化身である彼女達に力を分けているのだろう。だとしたら、まあ納得はいく。


「あ、ロイは私以外と仲良くするの禁止ね。妬くから」


 ……さりげなくそう言ったウィンシーに俺は戦慄を覚える。


 適当に頭を使って現実逃避してる場合じゃねぇ。心読まれるとか気にしている暇も無い。……最悪の場合、ウィンシーと敵対することになったとしても、森から出ることを考えなきゃ。


「……そんなに出たいの?」


「うん、目標があるから。……というか、自分で言うのもあれだけど、幻滅しない? 約束も忘れて、こんなに嫌悪感丸出しの野郎だぞ俺」


「うん、もういいの。ロイには、私のこと好きになってもらうから。いくら時間がかかってもね」


「……俺、100年も生きられないぞ。それまでに心変わりしなかったらどうするんだ?」


「? そしたらまた戻って来るでしょ? 今日みたいにさ。……いつまでも、待ってるから。そしたらまた一緒に居ようね」


 ……ヒェ。あかん、そろそろ涙出てきそう。恐怖で。重い、重いよぉ。俺、死ぬまでここに居るの……? ここにずっと幽閉されるの? しかも死んでからもって……俺、死んだらまた転生するんだよなきっと。あのクソ女神ならやると思う、というかどうにかなった試しがない。

 え? また転生したらここに戻って来るハメになるの……? いや、待て。今世は『回顧』とかいう転生特典ゆえのイレギュラーだ。雨の勇者の証が浮き出てしまったがゆえの状況だ。これさえ無くなれば、鬱陶しい剣に追跡されることだって……。


 ……いや、なんでもう今世を諦めた気でいるんだ俺は。まずい、既にウィンシーの毒牙が蝕んできつつある。俺の精神に。


「ふ~ん……あ! そうだ! 私の加護をあげるよ! 今度はこの子じゃなくて、ロイの体にさ。……そしたらきっと、面倒なことにならないから」


「……受け取らないよ?」


「受け取って」


 膝に乗っていたウィンシーの体がグルンと翻り、俺を押し倒す。

 ……ヤバいな。本格的にウィンシーのこと嫌いになりそう。


「ねぇ、素直に受け入れてよ。ロイ」


「無理」


「……私達、ずっと一緒だよ。友達はダメでも……いずれはさ」


 精霊の力ってこんなに強いの? この細い腕からじゃ想像できない腕力だ。さっきから体がびくともしない。

 ……え? なんで目を閉じて顔を近づけて来るんです? それって、キ――。


「や、やめろぉ!?」


「ん~」


 クッソ嫌いです! 嫌いだよあんたのことなんかぁ! 届けぇ! 俺の思いぃ!!




 ――ゾワ。


 背筋に何かが伝った。俺に跨っていたウィンシーも異変を感じ取り、すぐに周りを見渡し始める。


「な、なに……?」


 嫌な感じだ。漠然と本能が警鐘を鳴らす。


 ……この感覚には、覚えがある。しかし、あってはならないことだ。勘違いであってくれと理性が叫ぶ。


「うぃ、ウィンシー! なんか嫌な感じだよ! レイト達も警戒してる!」


「な、なんなの? 今まで、こんなこと……」


「……俺に行かせてくれ」


 慌てる精霊たちの会話を遮り、俺は名乗り出た。

 ウィンシーの束縛から逃れたいからではない。俺が確認しないといけないのだ。




 ……なぜかは不明だが、邪教の気配がする。

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