第2話 緑澤の悩み

恋花「あなたが今日からここに引っ越してきた黒岩王牙さんですね。初めまして、202号室に住んでいる「緑澤 恋花(みどりさわ れんか)」といいます。高校2年生です。」


王牙「(年下・・・・・・)よろしく、緑澤。」


沙羅「王牙くんは、近くの定食店で3年間修業するためにこのアパートを借りたんだって。」


恋花「料理人ですか。それまでは何を・・・・・・。」


王牙「県内の専門学校に通っていたよ。来週から定食屋で修業を積んで、いずれは自分の店を持ちたいんだ。」


恋花「羨ましいですね・・・・・・」


恋花は急に悲しそうな顔をした。


恋花「私、帰ります・・・・・・」


王牙「?(あいつ、何かあったのか?)」


恋花が帰った後、王牙は約束のことを言うのを忘れていた。


王牙「そうだ、緑澤にあの事を言うの忘れていた!」


沙羅「あの事って料理を教えるやつ?」


王牙「今からあいつの部屋に行かないと!」


沙羅「ストーップ!今日はもう暗いから明日にしたら?」


王牙は時計を見た。時刻は午後6時だった。


王牙「もうこんな時間かよ!晩飯の準備しないと」


すると沙羅は王牙の袖を掴んでこう言った。


王牙「!?」


沙羅「あのさ、お願いがあるんだけど。」


王牙「なっなんだよ・・・・・・」


沙羅「今日の晩、家で作って♪」


王牙「はぁ?」


沙羅「実は一人お客さんを家に呼んでるんだよ。虹ヶ丘荘の住人だよ。」


王牙「虹ヶ丘荘の住人・・・・・・まあいいか、約束のことも言えるしな。」


その直後、インターホンが鳴った。


菘「沙羅、来たよ。」


沙羅「菘ちゃんいらっしゃい。どうぞ中へ」


「菘(すずな)」と呼ばれた青髪のショートヘアで眠そうな半開きの瞳の少女は、沙羅の部屋の玄関にサンダルを脱いで上がった。


菘「あれ、キッチンに男の人が・・・・・・」


沙羅「あぁ、あの人はね・・・・・・」


菘「もしかして沙羅の彼氏?」


沙羅「ぶっ!ゲホゲホ!」


沙羅は飲んでいた麦茶を思わず吹き出してしまった。


菘「テンプレ通りの動揺の仕方ね・・・・・・」


沙羅「えっとね・・・・・・この人は彼氏じゃなくて。204号室に引っ越してきた黒

岩王牙くんよ。私と同い年なの。」


菘「あぁ、今日引っ越してきた男の人ってこの人の事ね。今何作っているのかし

ら?」


沙羅「さぁ?何も言われてないから分からないわ。」


王牙は料理を盛ったお皿を持って沙羅たちの元に向かった。


王牙「よし、出来た。トマトソースのペンネだ。」


沙羅「ペンネって何?」


王牙「ペンネはペン先状、または筒状のパスタの総称で、イタリアとかで食べられる料理だ。」


沙羅「イタリア料理なんだ。何でも作れるんだね!」


菘「いい匂い・・・・・・」


王牙「それで・・・・・・その人がお客さんだな。はじめまして。」


菘「初めまして、あんたが黒岩ね。話は全部沙羅から聞いたわ。201号室の「青銅 菘(せいどう すずな)」、君たちより1つ年下よ。よろしく。」


王牙「青銅・・・・・・。聞いた事ある名前だな。」


沙羅「彼女、小説家なの。」


王牙「思い出した!「朝一の図書室にて」シリーズの作者だ!」


菘「あら、知ってるの?」


「朝一の図書室にて」とは、菘のデビュー作で、午前6時の朝一の図書室で、図書委員の女性と毎日勉強のために利用している真面目な男子生徒の「朝一青春ラブコメ」という新たなジャンルを作り出し、ベストセラー作品にノミネートされるほどの大人気作品となった。


王牙「このシリーズよく読んでたんだよ。まさか作者に会えるなんて。」


菘「それはどうも。」


沙羅「そんなことよりご飯食べよ。お腹すいた~」


王牙「は?お前、さっき炒飯食ったばっかりだろ!」


沙羅「私、成長期だからすぐお腹がすくの、てへっ❤」


王牙「てへっ・・・・・・じゃねえだろ!ってかもう成長期終わっているっつうの!」


菘「食べていい?」


王牙「どうぞ、食べてみて。」


菘「いただきます。」


菘はフォークに差したトマトソースがよく絡まったペンネを口に入れた。


菘「・・・・・・おいしい。トマトの酸味とペンネのモチモチした食感がよく合うわね。」


王牙「それは良かった。イタリアンってあまり作らないからどうかなと思ったけど。」


沙羅も一緒にペンネを食べていた。


沙羅「でも本当においしいよ!」


菘と沙羅は夢中になってトマトソースのペンネを完食した。


沙羅・菘「ご馳走様。」


王牙「お粗末様・・・・・・」


菘「どうしたの?」


王牙「いや、同い年の子に褒められたの初めてだなと思って・・・・・・」


沙羅「え、どういうこと?」


王牙「専門学校の時はさ、周りの人たちは俺の料理の腕を妬んだり嫉んだりしてたんだよ。」


沙羅「そんな、ひどいわ・・・・・・」


菘「でも、黒岩をちゃんと評価している人もいる。先生たちや私たちもそうだ

よ。」


王牙「青銅・・・・・・。うっ・・・・・・。」


菘「ちょっと、泣かないでよ!」


沙羅「待ってね、今タオル用意するから。」


王牙は初めて同年代の子に褒められたのに感動して泣いてしまった。次の日の午後2時・・・・・・。


王牙は恋花の部屋を訪ねることにした。ちなみに昨日菘に約束のことを話したら。


菘「別にいいよ。仕事の息抜きにちょうどいいからね。一から勉強させてもらうわ。」


王牙「青銅からは認められたけど、昨日ことも気になるし直接聞いてみるか。」


インターホンを押す。


恋花「はい、誰ですか?」


王牙「黒岩です。」


恋花「黒岩さん?ちょっと待ってください。」


待つこと3分・・・・・・ドアが開き恋花が現れた。


恋花「すいません、ちょうどお風呂に入っていたので。」


恋花の服装は中学の時の緑のジャージを着ていた。そしてほのかに香るシャンプーの香りに王牙は思わず。


王牙「いい匂い・・・・・・」


恋花「へ?」


王牙「その・・・・・・お前に話があるんだよ。少し時間をもらえないか?」


恋花「いいですよ、今日は創立記念日で学校は休みですし。」


恋花の部屋に入る。


王牙「(緑澤の部屋って本当に女の子らしい部屋だよな。見た感じだけど)」


恋花「えっと、飲み物はコーヒーでいいですか?」


王牙「ああ、ありがとう。」


コーヒーを注いだ後、恋花はテーブルにコーヒーを入れたマグカップを置いてその場に座った。


恋花「よいしょっと。ところで話ってなんですか?」


王牙「ああ、実はな。お前に料理を教えたいんだよ。」


恋花「え、私にですか?」


王牙「実は、大家さんに家賃の交渉に行ったとき、家賃を安くする代わりに住人に料理を教えてほしいって頼まれたんだよ。」


恋花「それ、私も含まれるのですか?」


王牙「住人全員だからね、緑澤も含まれるだろ。そうだ、一つ聞きたいんだけど昨日、急に帰ったのはどうしてだ?」


恋花はまた表情が暗くなり、静かに口を開いた。


恋花「実は私・・・・・・、将来の夢がないんです。」


王牙「夢がない?」


恋花「沙羅さんの将来の夢って何だと思います?」


王牙「そういえば、聞いてないから知らないな・・・・・・。あいつの夢って何だろうな?」


恋花「彼女は今、体育大学に通っているんです。そこで勉強して将来スポーツインストラクターになるのが夢なんですよ。」


王牙「確かに、赤松は体育系女子って感じだよな。いい夢を持ってるじゃないか。」


恋花「それに比べて私は幼いころから何も考えずノウノウと生きてきました。もう高2というのに・・・・・・。」


王牙「そう急かすことないんじゃないか?」


恋花「え?」


王牙「緑澤は緑澤のペースで見つければいいさ。っていうか、むしろ夢も目標も持っていない人が大半だろ。」


王牙は遠くを見つめて話す。


王牙「俺もさ、お前と同じくらいの時は何も考えずに学生生活を送っていたさ。料理人になりたいなと思ったのはそれからだったし。」


恋花「そっ、そうなんですか?」


王牙「だからさ、焦らずゆっくり考えればいいさ。」


恋花「・・・・・・はい、分かりました。」


その後、恋花のお腹から腹の虫が鳴る音が聞こえた。恋花は頬を赤らめてお腹を押さえて王牙をジッと見た。


王牙「腹減ったんだな・・・・・・。よし、何か作るよ。」


恋花「でもうちに食材はあまりないですよ。」


王牙「大丈夫、少ない食材からご飯を作り出すのが料理人の腕の見せ所だからな!」


第2話(完)

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