零距離、君と僕の距離

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第1話 零距離、君と僕の距離

 春の風が校庭を吹き抜け、桜の花がふわりと舞い散る。


 新しい季節が、俺、月島凪つきしまなぎの高校生活を迎え入れた。


 入学式を終えた後、俺は新しい教室へと向かう。


 期待と不安が入り混じる気持ち。新しいクラス、新しい友達。


 どんな一年になるのだろうか。


 しかし、ふと感じたのは、まるで懐かしさのようなもの。


 この教室、この空気――どこかで見たことがあるような気がする。


「月島凪くん、君の席はここだ。」


 担任の先生の声に従い、俺は自分の席へと向かう。


 そこに座っていたのは、白い髪をした少女──だった。


 彼女は、一瞬だけ驚いたように目を見開き、すぐに無表情に戻した。


 その瞬間、俺は胸の奥にわずかな違和感を覚える。


 見覚えがある。顔、姿、──でも、それが誰だか思い出せない。


「……氷室?」


 凪は思わず名前を口にした。


「え?」


 彼女は少しだけ反応して、俺を見つめた。


 彼女の目には、一瞬驚きと戸惑いの色が浮かんだが、すぐに冷静に戻る。


「なぎくん。久しぶり。」


 その声には、どこか冷たさを感じた。けれど、どこか懐かしい響きがあった。


 それと同時に、確信した。


 そう、彼女は小学校の頃、俺の近所に住んでいた幼馴染。氷室零ひむろれいだ。


 しかし、氷室の家は数年前に転勤で外国へ行き、それ以来会うことはなかった。


 凪が覚えているのは、子供の頃の、元気な氷室の姿だけだった。


「まさか、また会うとは思わなかったな。」


 俺は少し照れくさそうに言う。


「お前、帰ってきたんだな。」


 氷室は冷静に答える。


「うん。家の都合で戻ってきた。しばらくはここで過ごすことになった。」


 その話を聞いて、俺は不思議な気持ちを抱えたまま、黙っていた。


 小学生の頃、一緒に遊んだ記憶はある。けれど、今の氷室はどこか違って見えた。


 あの頃の明るい雰囲気はなく、どこか冷たい印象を与える。


 しばらく沈黙が続いた。


 俺は彼女が何を思っているのか、うまく掴むことができなかった。


 授業が始まり、二人は黙って授業を受けていた。


 氷室はまるで誰かと話すかのように、無表情でノートを取る。


 その姿は、まるで周りの人間を遠ざけるような冷たさを感じさせる。


 放課後、俺は数少ない友達兼親友の高橋直人たかはしなおとに声をかけられた。


「おい、凪! さっきの子、隣の席の子、誰?」


 直人は興味津々に言う。


「あぁ、氷室零だ。」


 凪は少し考えた後、そう答える。


「昔の幼馴染だけど、あんまり覚えてないんだ。」


「幼馴染か! なんだ、ちょっと気になるな。」


 直人は笑顔で言った。


「でも、なんか冷たくないか? すげぇクールな感じするけど。」


「うん、確かに。」


 凪は言いながら、氷室のことを思い返していた。


 子供の頃は元気で、少しおてんばな女の子だったのに、今はどうしてこんなに冷たい雰囲気を纏っているのか、俺には理解できなかった。


 そのまま二人で教室を出ようとしたとき、ふと後ろから声がかかった。


「月島くん、ちょっといい?」


 振り返ると、そこには氷室が立っていた。


 その目は冷静で、まるで彼女がずっとそこにいたような、無言の存在感を放っていた。


「なんだ?」


 俺は少し驚きながらも、声をかけた。


「明日、昼休みに体育館に来てほしい。」


 氷室は淡々と話す。


「ちょっと話がある。」


 その言葉に、俺は一瞬戸惑った。


「話って……何の?」


「それは、来てから話す。」


 氷室はそう言って、すぐに歩き出した。


 俺はその背中を見送りながら、ふと胸の奥に不安と期待が入り混じった感情を抱いた。


 ――明日、何が待っているのだろう。

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