第24話

「ダンさん」


 ラルが割って入ろうとするが、ダンはその大きなこぶしをかざして、それを阻止し、オラリオをにらみつけながら、低くうなるように言った。


「ここにある食料は、村のやつらが汗水垂あせみずたらしてこえさた物だ。タダメシ食おうって連中に、俺の一存でくれてやれねぇよ」


 その言葉に、胸がきしんだ。


「ラル、おめぇは知らねぇかも知らねぇがな、大変な時はそれこそおんな子供こども関係なく死に物狂ものぐるいで働いたんだ。そんで何人も死んだ。働きすぎで、それでも食えなくて。今があるのは、あの時俺らが頑張ったからだ。それをなんだ? 突然訪れた他所者よそものに、なぁんでくれてやらなきゃならねぇ? こいつらはそんとき何してた? 逃げ出しただけじゃねぇか。俺たちの食うもんを横取りしただけじゃなく、逃げ出したんだぜ?」


 アトラ領は本国でも指折りの貧困地区だと聞いた。十数年前のはや行病りやまいは多くの命を奪い、そして働き手と食料の不足をまねいた。そんな時も当時の領主は高額の税を徴収ちょうしゅうし続け、あげく逃亡した。ダンの言うことは全て事実なのだ。


「で、でも、ダンさん。この方々は前の領主とは別人で――」

「一緒だよ、ラル。貴族ってのはそういうもんなんだぜ」

「ですが、ロンさんが――」


 ラルがそう言った時だった。ダンの血走った目が、ラルを捉えた。


親父おやじがどうした。今のまとめ役は俺だ。まさかお前――こいつらの肩を持とうっていうんじゃねぇよな?」


 ――殺気。人を殺しかねない怒りが他者に向けられている瞬間を見た。その手はラルの胸倉むなぐらに伸ばされ、今まさに、締めあげようとしている。


 ラルはこの村の出身ではないと言っていた。商人の付き人をしていたとも。彼の物分かりの良さは、そういうところから来ているのだろうことは分かる。彼がこの村に居続けることができたのも、その素養あってのことだろう。


 でもだからこそ、真の意味で村と同化することはできない。


 今、彼が私達をかばい立てするようにとらえられれば、それはつまり、。その場合、仮にこの場を乗り切ったとしても、明日からこの村に彼の居場所はなくなってしまう。


「――あの!!!」


 そう思った瞬間。私は叫ぶように声を出していた。

 二人が振り向く。血走った目のダンと、恐怖に震えたラル。


 ラルに悪気はない。彼はただ、恩人であるロン村長の指示に従っただけだ。彼はこの村を愛している。それに、この村に愛する人がいる。


 ――私達のせいで、それを奪ってはいけない。


 私はこわばる体をふるい立たせ、椅子から立ち上がった。血の気が引いてくらみそうになるのを、気合で押しとどめる。つま先に力を入れると、歩き出した。


「おい――」


 オラリオが静止する声が聞こえた気がするが、気にしない。私はテーブルをまわり、ダンの前へ立つと、私はすっとひざまずき、両手を胸の前で合わせた。


無粋ぶすいなお願いとは理解しています。どうか、その手を下ろしては頂けませんか」


「――あ?」


 ダンのうなりり声が聞こえるが、私は止めなかった。 


「ラル様はただ、ロン様の依頼通りにしているだけなのです。ラル様はこの村を愛していらっしゃいます。悪いのは私達です。どうか、どうか、お間違えのないよう、せつにお願い申し上げます」


 しばしの沈黙が、永遠に感じるほどの緊張感。下げた目線では、ダンの様子もうかがい知れない。額から滴る汗が、止まってくれない。


 するとオラリオが言った。


「私からも、頼む。感情を向けるべき相手は、その者ではないはずだ」 


 オラリオの言葉に我に返ったのか、ダンは息を吐いて言った。


 「――ったく、わーってるよ」


 それと同時に、ラルの胸をでおろす音が聞こえた。どうやら、ラルの胸元から手を放してくれたようだ。


 だが、ばつが悪いダンは、居心地悪そうに座る向きを変え、その大きな足を放り投げて貧乏ゆすりを始めた。彼の足が作る振動は、私の合わせた手まで伝わってくる。


「んで、いつまでそうしてんだよ」


 ダンがこちらを見ずに言った。


「ラルに手は出さねぇよ。だからお前も早く席に戻――」

「――いいえ、戻りません」


 私の食い気味の回答に、ダンは「はぁ?」と拍子抜けしたような声と共に私に振り向いた。彼の目に先ほどまでの殺気はない。私は意を決して言った。


「食料の件、もう一度お考え直し頂くことはできませんでしょうか?」


 私の言葉にダンは、今度はため息として「はぁ」と口にすると、


「あのなぁ」


 と私をのぞき込むようにして言った。


「さっきも言ったろ。それはできねぇと」

「ほんの少しでいいのです」

「量の問題じゃねぇよ。わかんだろ」

「必ず返しますから」

「そういうこと言ってんじゃねぇよ!」


 私のしつこさに頭に来たのか、ダンは脚を踏み鳴らしながら立ち上がり、机に拳を叩きつけた。その衝撃で机の上のコップが倒れ、生ぬるいお茶が私の肩にかかった。それでも私は懇願こんがんていを崩さない。


「今のこの村があんのは、全員が同じ目標に向かって頑張ったからだ! お前らを恨み、お前らみたいな貴族に負けねえと、いつか目にモノ見せてやると、そうやって生きてきたんだ! それをわかってて、どうしてお前らに施しをできるってんだよ? 俺個人で決められる問題じゃねぇんだ! 分かれよ!」


 ダンの怒号が部屋に響き渡る。


 村が一致団結し再生するために、貴族を共通の敵とすることで、民意を纏めたのだろう。集団が力を持つには共通の目標が必要だ。ダンたちの置かれた環境を考えれば、それが最善手だったのもよくわかる。


 そんな彼らに、「前の領主とは違う」「再興を約束する」と言っても、届かないだろう。


 でもだからと言って、私達が死ねば、その再興の日は永遠に来ないかも知れない。

 彼らの無念を晴らすためにも、今、私達が飢え死にするわけにはいかないのだ。


「――お願いします」


 だから私は頭を下げることしかできない。それを止める訳にはいかない。


「くどい!!」


 こうなることをわかっていて、オラリオは私を置いていこうとしたのだ。自分の意思でここに来たのだ。せめて、何かの役に立たなければ。そして私にできることは、言葉じゃない。


「いい加減にしねぇと、つまみ出すぞ!」


 怒声と脅迫に動じない私に、ダンもヒートアップしていく。

 いよいよ彼も立ち上がり、私の前に立った。

 

 ――いよいよか。


「――まて!」


 オラリオが叫んでいる。だがこの身は、彼が駆けつけるより先に、ダンの手にかかることだろう。



 ――せめて、怪我が少なくて済みますように。 



 そう思った、その瞬間だった。




 『コァァーン!!!!!!』




 まるで鐘が鳴り響いたかのような快音が部屋中に響き渡った。


 あまりの衝撃に顔を上げれば、頭を抱えたダンの顔があった。


「――いってぇぇ!?」



 気がつけば、うめく彼の背後に人影があった。

 小柄なその影は、その手にしたフライパンを肩に担ぎながら言った。


「いい加減にすんのは、あんたの方だよ!!!」


 それはまるで真夏の太陽のような――エイダの姿がそこにあった。

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