第11話

 全てが上手くいっているはずだった。


 配布は毎回盛況だった。受け取りに来る領民も増え続け、今では行列ができるほどだった。

 取り組みは次のステップに進んでおり、医者の卵を現地に送り常駐させ、物資を受け取りに来た領民の健康状態を記録させていた。特に子供の健康状態を把握するために「受け取り時に子供を同伴させると受け取れる量がお得になる」になる施策をうったことで、警戒心の強かった子供同伴の母親が増え、次の施策判断に必要な情報も増えていった。

 そうして数カ月が経ち、多くの記録が集まってくると、何が足りないのかも見えてくる。

 まずは清潔な水。雨水だけでは足りず、感染症も防げない。付近の川から水を引いてくるか? 治水工事なら仕事のあっせんも可能か? そうだ、隣町から連れて来よう―― 

 私はこの時、有頂天になっていた。私はやれる。私の力で、エスト地区を救ってみせる。それができるのだと、本気でそう思っていた。




■■■



「襲撃された……?」



 父の執務室に、多くの人が集まっていた。母や姉妹、執事のクレベーン。父の補佐執務官アジルと、そして姉の婚約者である伯爵。椅子にかけ背を向ける父を除いて、皆が私に視線を送っていた。


 しばしの沈黙のあと、アジルが一歩進み、手元の資料を読み上げた。


「昨夜未明、エスト地区にて、同地区領民を支援するためエーリン様が建造された倉庫型木造建築棟――通称庶務棟に対し、地元領民ら十数名が押し入り、支援物資を強奪。その際、監視の任にあたっていた兵士二名と、宿直していた医療従事者一名を殺害、合わせて着用していた衣類等も強奪。以上が、本件の全容となります」


 事態の重さに、立ちくらみがしてその場にしゃがみこんだ。侍女のユミルが咄嗟とっさに体を支えて何かを言ったが、頭に入ってこなかった。


 食料強奪。

 殺害。

 数十名にも及ぶ犯行。

 

 ――それは計画的犯行を示唆しさしていた。


「な、何かの間違いでは……」


 計画であるということは、この機会を見計らわれていたということ。

 それはつまり、この取り組みを受け入れられない、意義に共感できない者達がいたということだった。

 

 ――いったい誰が?


 父はかわらず背をこちらに向けたまま言った。


「――すでに蛮族ばんぞくは我が私兵団によって粛清しゅくせいした。今頃、その首が庶務棟跡に並べられていることだろう」


 その光景が頭に浮かぶ。強烈な吐き気をこらえながら、私は声をしぼりだしだ。


「なんて残酷なことを!」

「残酷? それをお前が言うか」


 父は椅子ごとゆっくりと振り向き、冷淡な視線を向けて言葉を続ける。


「兵士二名は我が私兵候補だった。医者の若者は我が庇護ひごか下にある準男爵の嫡男ちゃくなん――共に優秀だったと聞く。奴らはその未来ある者達の未来を奪い、このマクワイヤ領の秩序をも乱した。執行する立場として当然の対応だろう。それもお前があんな場所に無理やり送り込んだりしなければ、避けられただろうが」


 父はこう言っているのだ。お前が殺したのも同然だ、と。


「ちょっと待ってください! 無理やりだなんて、そんな――」


 くだんの三名については、執事クレベーンを通じて補佐執務官アジルに人選を依頼したものの、紹介された後は私直々に出向き、思いと考えを真摯しんしに伝えていた。彼らは私の想いを汲み取って、その場で快諾してくれたのだ。無理強いなんて、していない。


「彼らは快く引き受けてくれましたわ! 私の思いに共感して――」

「――断れるわけがないというのがわからんか!」


 机が強く打たれる音が部屋に響き渡った。父の顔に無数の血管が浮き上がっている。


「お前は自身がどれほど影響力を持つのか、まるで理解していない。今や私に組み入りたい者など数多あまたいる。その娘であるお前の頼みを断るということがどういうことかを考えぬ者などいない。お前の思想に共感してもそうでなくとも、彼らはそうしただろう。わかるか? お前はただ権力を振りかざしたにすぎん。お前がそれを理解していようがそうでなかろうが、お前のしたことはつまりそういうことだ」


「そんな――!」


 彼らは私の話をちゃんと聞いてくれて、そして賛同までしてくれた。あの時の笑顔が私の思いに向けられたものでなくて、その背後にある父に向けられたものだなんて。


「お前の慈悲じひという名目の自己満足は、結果的に愚かな民の反乱を助長したのだ。領主としての品位を欠いただけでなく、領民の反感を買い、投資の全ては水の泡。何より、貴重な人材が失われた。全て、お前の指示で、な」

「こんな、こんなつもりでは!」

「そうだろう、そんなつもりであっては困る。だが現実だ。結果が全て。そして――結果には、責任が問われるものだ」


 父は立ち上がり、厳しい表情で断じた。


「度重なる独善的な行為、損害。お前には罰を与えねばならない」


 ――罰。


 配下へ行う罰則はこれまで幾度となく見てきた。上に立つものが下の者に与えるものとして、それは当たり前に見てきた。叱責しっせきする父の厳しい態度をどこか他人事のように見ていた私にとって、その言葉が自身に向けられた今、初めて事態の重さを痛感した。


「お前にはとついでもらう」


 それだけに、その言葉の意味が一瞬わからなかった。


「――嫁ぐ、って、私が、ですか」

「そうだ。命が助かっただけでなく、貰い手まで見つかるとは、お前は運がいい。最後くらいは、マクワイヤ家の娘らしくすることだ」


 頭の整理が追い付かない。


 ――私が、結婚?


 マクワイヤ家の令嬢でありながら母の容姿を受け継げず、結婚に期待もされていなかった私に、こんな失敗までしでかした私に、貰い手がいる。確かにそれも幸運だろう。

 

 ――でも、なんで?

 それが罪?


「し、失礼ながら、お相手はどなたなのでしょうか」

「――オラリオ・ジオフリンテ殿だ。お前も名は知っていよう」


 私はその名を聞いた時、ますます混乱した。


 オラリオと言えば、私でもその名が届く、話題の腕利き宰相補佐だ。子爵であるが私よりも遥かに立場が上の存在。ともすれば、政略結婚として理想的な結末とも見える。では一体何が罰なのだ。


 その疑問に答えるように、父が言った。


「彼は失墜しっついした。まもなくアトラ領土へ追放される」


 多すぎる情報に頭の整理が追い付く前に、父は毅然と言い放った。

 

「貴君に命ずる。辺境アトラ領主となるオラリオ殿と合流、妻として彼を支え、共に僻地アトラ領土を立て直せ」


 ――アトラ。


 本国最南端は沿岸に位置する、辺境中の辺境。マクワイヤ領唯一の貧困地区。

 馬車で数日を要し、マクワイヤ領ともほとんど交流のない地。


 ――そうか。


 私は追放されるのだ。

 この地から。

 マクワイヤ家から。


「――急ぎ荷物をまとめよ。出立は明日未明。以降、戻ることは許さん。質問は?」


 時はすでに夕刻。準備時間はあまりにも短い。それは、もはや私にはどうすることもできないということの証左だった。


「――かしこまりました」


 私はひざまづき、最敬礼をした。今までだってこんな真剣な最敬礼を父に捧げたことはない。そして、これが最後だ。


「今まで、お世話になりました」


 振り向き、扉まで歩く。

 母は俯き、姉は同情を、妹は睨むように私を見ていた。


 私は一人になってしまった。


「――エーリンよ」


 扉に手をかけた時、父が言った。


「アトラは領主不在の貧しい地域だ。お前の経験を活かすにはもってこいだろう。一人前として認められたくば、汚名を返上しろ。簡単なことではないが、お前が亡くなった者にできる、唯一の罪滅ぼしと心得よ」


「――失礼します」


 扉をそっと閉じ、天井を眺めた。

 扉越しに母の泣く声が聞こえたが、もはや私にはどうすることもできなかった。


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