私の呪いは水音と共に ~中学卒業式で味わった羞恥のお漏らしが、高校でも連鎖する恐怖の物語~
@kalula
第1話 濡れた卒業式
私は、あの日のことを決して忘れない。
中学三年生の春、卒業式の日。桜のつぼみがまだ固く閉じたままの校庭を、私は制服のスカートをぎゅっと握りしめながら歩いていた。空は曇天で、どこか重苦しい雰囲気が漂っていた。体育館の扉が近づくにつれ、胸の鼓動が速くなるのを感じた。
緊張していた。いや、恐怖に近い何かだったかもしれない。
「美咲、遅刻するよ! 早く!」
クラスメイトの彩花が振り返り、明るい声で私を呼んだ。彼女の笑顔はいつも通り無邪気で、まるで今日がただの登校日であるかのように軽やかだった。私は無理やり笑顔を作り、
「うん、すぐ行く!」
と答えた。だが、足取りは重かった。身体の奥底で、何か得体の知れない不安が蠢いていた。
体育館の中は、すでに人で溢れていた。整列した生徒たち、教壇に立つ校長先生、保護者席に座る親たちの視線。それらが一斉に私を突き刺すような気がした。私は自分の席に滑り込み、隣に立つ彩花の横顔をちらりと見た。彼女は平然と前を向いている。どうしてこんなにも落ち着いていられるのだろう。私の手は冷や汗で湿っていた。
式が始まった。校長の長い挨拶、来賓の言葉、卒業証書の授与。すべてが遠くで起こっている出来事のようだった。私の意識は、別の場所に囚われていた。
下腹部に、じわりと広がる違和感。最初は気のせいだと思った。いや、思いたかった。でも、それは徐々に、否定できない圧迫感へと変わっていった。
「やめて、お願い……」
私は心の中で呟いた。誰にともなく、ただ必死に。だが、身体は私の願いを裏切った。最初は小さな震えだった。それが、抑えきれない波となって押し寄せてきた。
「山本美咲!」
突然、名前を呼ばれた。私は反射的に立ち上がった。だが、その瞬間だった。
体育館の静寂を切り裂くように、ぽたぽたと水滴が床に落ちる音が響いた。私の足元で、制服のスカートがじわじわと濡れていく。冷たい液体が太ももを伝い、靴下を染め、ついには床に小さな水たまりを作った。
一瞬、時間が止まったように感じた。
そして、次の瞬間、体育館が笑い声に包まれた。
「うそ、美咲! お漏らし!?」
「まじで!? やばいって!」
「中学生にもなって! あはは!」
クラスメイトたちの声が、矢のように私を貫いた。笑い声、囁き声、嘲りの視線。それらが渦を巻いて私を飲み込んでいく。私はただ立ち尽くしていた。動けなかった。考えることさえできなかった。顔が熱くなり、涙が溢れそうになるのを必死に堪えた。
「静かにしなさい!」
担任の先生が声を張り上げ、騒ぎを抑えようとした。だが、笑い声はすぐに収まらなかった。私は俯き、濡れたスカートを隠そうと手を伸ばした。でも、そんな努力は無意味だった。みんなが見ていた。みんなが知っていた。
式の残りの時間、私はまるで透明人間のように感じた。誰も私に話しかけなかった。彩花でさえ、ちらりと同情の目を向けただけで、すぐに視線を逸らした。私はただ、時間が過ぎるのを待った。終わってくれ、と。それだけを願った。
式が終わり、解散の合図が出たとき、私は誰とも目を合わせず、体育館を飛び出した。濡れた制服は冷たく肌に張り付き、歩くたびに不快な音を立てた。家まで歩いて帰るしかなかった。卒業式のために、母は仕事で来られなかった。迎えの車もなかった。
道すがら、すれ違う人々の視線が刺さる。誰もが私のスカートを見て、すぐに目を逸らした。私は唇を噛み、俯いて歩いた。
「恥ずかしい……恥ずかしい……」
心の中で何度も繰り返した。涙が頬を伝ったが、拭う気力すらなかった。
家に着いたとき、私は玄関で立ち尽くした。制服はまだ湿っていて、身体は冷え切っていた。鏡に映る自分の姿を見たくなかった。でも、ふと顔を上げた瞬間、目に飛び込んできたのは、赤く腫れた目と、情けない表情の自分だった。
「こんな自分が、嫌いだ……」
私は呟いた。声は震えていた。
あの日の屈辱は、私の心に深い傷を刻んだ。笑い声が耳にこびりつき、どんなに耳を塞いでも消えなかった。私は変わらなければならなかった。このままの自分では、生きていけないと思った。
それから数日後、私は決意した。
高校では、誰も私の過去を知らない。新しい自分を作り上げるチャンスだ。私は鏡の前に立ち、髪を金色に染めるためのブリーチ剤を手に取った。
「これでいい。これで、変われる。」
髪が徐々に明るくなっていくのを見ながら、私は自分に言い聞かせた。金髪の自分は、きっと強い。もう、あんな目に遭わない。高校デビューを果たして、過去の自分を葬り去るのだ。
だが、私は知らなかった。
運命は、そんな私の決意を嘲笑うかのように、さらなる試練を用意していたことを。
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