4 宿屋での深考
図書館の下町には長期滞在者向けの安宿がいくつかある。そのなかでも一番安いところを持ち金で泊まれるだけ借りた。事情によって図書館は給金を日払いしてくれるので貯まったら一気に三か月借りようと思う。
素泊まりなので夕食は近くで出来合いを買って部屋のベッドで食べる。腹ばいになりボロボロとくずをこぼしながら借りてきた本を開いた。タイトルは『この世における神秘—精霊の集まる場所—』とある。
——世界には精霊が偶発的に生ずる場所がある。精霊はどこかしこに構わず出現するわけではなく彼らなりのルールがあって、地の力と定義するが地の力が強い場所には特に精霊が集っている。
スタックリドリーはノーブルの手記をぱらぱらとめくった。どこかに似た表現があった気がする。しかし探しても見つからない。そこで彼の言葉を回顧した。彼は確かにあの川べりで星の輝度と精霊には何らかの因果関係があると語っていたではないか。忘れぬようにと手記にそのことを書きこんで書籍の情報と照らし合わせた。
星の輝度、精霊、地の力。この三つに何かがありそうでその何かが分からない。そもそも地の力が強いとはどういうことを指すのだろう。大地の力、すなわち自然環境のことだろうか。植物が蔓延っている? 清らかな水が流れている? あるいは空気が澄んでいる?
自然と結びついた精霊がそういう地を好むのであれば、自然に恵まれた地に精霊がたくさん住んでいるというのも理解できることだ。と、ここまで考えて待てよと思い返す。飛行機械のベルティア市は特に自然豊かというわけではなかった。にも拘わらずシルフはたくさん住み着いていて、それを思うと自然環境の豊かな地=地の力が強いと考えるのは安直でしかない。
そうなると精霊が自然を好むというのもいささか怪しい話だ。自身が完全にぺペットの村出身だから生じてしまった思い込みかもしれない。結論からいおう、自然豊かでなくとも精霊はいる。
「分からないな。全然分からない」
大体この本の作者は精霊が見えたのだろうか。何を以ってして地の力が強い場所には精霊が集うとしているのだろう。精霊による不思議な現象が起きているとしてもそれが本当に精霊の恩恵であるのか、姿形さえ見えない人間にはそれが判断できない。あるいは著者が自身の祖母のように特殊な人間であったとすればそれも可能なことだが、そういう人間はごく稀だ。
——この本は妄想で書いたもの?
そこまで考えて読むのを止めた。ページに落ちた食べこぼしを床に払い落して本を閉じる。どこかの誰かの空想より気になるのはノーブルの言葉の方だ。彼は何かの確信を持って、精霊と星の輝度が関係あると断言していた。理由は語らなかったが恐らく彼の鋭敏な感覚に響くものがあったのだろう。
彼のノートには乱雑に思い付きが書き綴ってあって右上がりに書いて文字が途中で切れているものもあれば書くのを途中で止めたり、上下逆さまに書いているものもある。熱心に書いたものであれば二ページ丸々を費やしているものもある。盲目の彼が情熱を注ぎこんだ形跡だろう。
何度も『星、星? 星!』と書かれているページもあって目の見えない彼が星に対して何を感じていたのだろうか。
「真実は想像よりもはるか遠いところにあるのかもしれない」
仰向けになって、彼の手記をにらみつけて、ぱたりと手を落として。
サイドチェストの明かりを吹き消すと部屋が真っ暗になった。本はもう一冊あるけれど今日はもうおしまいだ。ベッドから降りて木の窓を開けると夜風が涼しかった。街角の幾か所かにランタンが吊るされて道を照らしているが通行している人はほとんどいない。まだ寝入る時間ではないが飲食店が少ないゆえ外出する人も少ないのだろう。
夜空を見上げると星が静かに輝いている。故郷のぺペット村はどうだっただろうか、思い出して見るが記憶が鮮明でない。今より輝いていた気もするけれど、人口が少なく大気が汚れていないのなら空気中に不純物が少なく鮮明なのも当たり前のことじゃないだろうか。それとも何か別の理由が存在するというのか。
まとまり切らぬ考えを頭のなかにたくさん保留して枕に頭を乗せると瞼が自然と落ちてくる。探求の続きは明日の夜だ。スタックリドリーは眠ろう、眠ろうと念じる前に労働の疲れですうっと眠っていた。
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