3 スタックリドリーのくせに生意気だ!
スタックリドリーは市の西側にある広い林でマツバの枝を拾い集めた。浅緑の下草のなかにマツバの針葉と皮の剥がれかかった灰色の枝がいくつも埋もれていて、ただ先日の雨で湿気っているものがほとんどだった。つかんだものが柔すぎるとそれをさっと手放す。スタックリドリーは材料収集においてクルトにいくつかのアドバイスをもらっていた。
——生木はやめて、乾燥した木の方がいい。水分が抜けきっていないと作った後で木が反るから形状が狂うんだ。いいかどうか迷ったら試しに曲げて見るといいよ。
「これは良し」
骨組みになりそうな枝を拾ってはトートバッグに入れる。小一時間で拾い集めた枝はわずか五本、クルトは余程苦心して枝を選んだのだなと思った。灰色の木立の奥に目を向けると同じような輩がもう一人いて、そうかいい枝は先に彼に持っていかれてしまったのだなとようやく気づいた。
それにしても一つの飛行機械を作るのに枝は何本必要なのだろう。それを尋ねるのを失念していた。頭に飛行機械の店で見た骨組みを思い出して何本か計算してみる。クルトはかなりの本数を用意していたはずだ。
探すのに飽きて切り株に腰かけてみた。手入れされた見通しのよい林だ。陽の光がきれいに射しこんで明るい。落ちているのは腐って折れた枝ではなくほとんどが営林過程で出た間伐材だろう。
故郷のぺペット村の林はもう少し自然の気配があった。木々が生い茂り、人の手が入っていない静かなところ。きっとこの林に精霊はほとんどいないのだろうなと思う。
「それにしても精霊が人間の飛行技術を支えているってどういう状況なんだろう」
頭に空想を描く。人間の作った飛行機械の両翼を謎の精霊シルフ二匹が支えていて、ああ、重たい、重たいとだんだん疲労してきたら地上へと引き寄せられて着陸する。仕事を終えたシルフは羽を広げ次の人間の待つ飛行台へ。せっせせっせと人間を空に打ち上げては楽しんでいる。
これって楽しい? 楽しいの人間だけじゃない?
「ううん、よく分からん!」
精霊学の観点から見ればノーブルの手記にあった通りにシルフが移り気であればそういうことに気まぐれに興味を示すのもおかしい話ではない。最初はたまたま空を飛びたがっている人間を見つけ手助けしてやりたくなった。ちょっと翼を支えてやったら人間が馬鹿みたいに喜ぶ、それが面白くなったのだろう。精霊界ではこういうことがちょっとしたブームになっている。大筋はそんなところだろう。
「精霊は信頼に値するものなのだろうか」
極めて哲学的な疑問だ。ノーブル自身はどう考えていたのだろう。肝心なことを聞いていない。彼は精霊を信頼していたのか、それとも自身のように疑っていたのだろうか。遺恨を焼きつけられてすこぶる怖い目に合わせられたのにそれでもまだ精霊を信頼している。そんなことがあり得るのだろうか。
「キミは精霊が好き?」
「好きじゃないよ、興味があるんだ」
「例えばどんな風に」
「そうだな、見ることが出来るなら一度解体してみたいと思っているよ」
「まっ!」
その金切り声でふと気づく。ばっと周囲を見渡しても誰もおらず、見えるのは延々と続くマツバの林だ。自身は誰としゃべっていたのだろう。目を皿にしてじろりと睨め付ける。
(精霊か、そうか精霊なら)
わざとらしく胸を反らして声を張った。
「ボクは今度のコンテストで優勝を狙いたいと思っている。そうだな、一番遠くまで飛びたい。町中の人があっとびっくりするぐらい遠くまで。町を出てそうだなずっとずっと山奥の辺境の地まで飛んでみたい。でもな、非力なシルフにそんな力はないよ。せいぜい飛ばすのは二十分くらいのものさ」
するとむうっとうなって声がまた聞こえた。
「馬鹿にしたな、スタックリドリーのくせに生意気だ。そんなことなら心臓が縮み上がるくらい飛ばせてやるよ! そうだな、山を越えた向こうの天空の場所まで連れってってやる!」
「天空の場所?」
えっ、と思って聞き返したがそれ以上はだんまりで精霊はいつの間にか消えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます