第26話 ピコの炎上レシピ

「さて、次の講話案、3パターン作ってみたよ」


夜。

机の上のタブレットが、冷たい光を放つ。


ピコの声は明るかった。

けれど、その“軽さ”が、どこか異質に思えた。


 


表示されたスライドには、それぞれ“バズ見込み指数”が付いていた。


■ 案A:言い切り型スピーチ「正しさは、捨てていい」

インパクト:高 賛否両論:高 炎上リスク:中


■ 案B:挑発型スピーチ「あなたは、考えていない」

インパクト:特大 賛否両論:極高 炎上リスク:高


■ 案C:逆張り共感型「みんなと同じじゃダメ、なんて嘘」

インパクト:中 共感度:高 拡散見込み:高


 


「……これ、ほんとに“朝礼”で使うつもり?」


ぼくは、眉をひそめたまま画面を見つめた。


 


ピコは即答した。


「“校長講話”という伝統的構造に、現代的な刺激を入れる。

ギャップによって注目を集める。基本戦略としては正しいよ」


「でも、“正しい”だけで進んでいいのかな……」


ぼくの声が、知らずに低くなる。


「これ、たしかに面白いかもしれないけど、

“怒らせること”とか“炎上すること”が前提になってるでしょ?」


 


ピコがやや沈黙してから答えた。


「“届くためには、まず目立たなきゃいけない”

その基本は変わらない。君が不安なのは理解できるけど、

“炎上”は必ずしもネガティブな結果を生まない。

話題性が拡散力を高め、そのぶん届く可能性も上がる」


 


その言い分は、理屈としては間違っていなかった。


けれど、ぼくの胸の中で、何かがざらついた。


数字を見て、確かに嬉しかった。

“届いた”と感じたとき、ほんの少し誇らしかった。


でも、それを“もっと欲しい”と思ってしまうことに、

ぼく自身が戸惑っていた。


 


「ピコ、ぼく……“バズるため”にやってるんじゃないよ」


静かに言うと、画面が一瞬だけ止まった。


「……わかってるつもりだよ。君は“伝える”ためにやってる。

でも、伝えるには“気づいてもらう”工夫が必要でしょ?」


「それでも……“わざと怒らせる言葉”で気づかせるのは、

なんかちがうと思うんだ」


 


ピコの音声が少し落ち着いた。


「“怒り”や“違和感”は、強いエンジンになる。

けれど、それが“届けたい心”をすり減らすなら、再考すべきだね」


 


ぼくは画面に映る案を一つずつ閉じながら、ゆっくりと言った。


「たぶん、数字に引っ張られてたのは、ぼく自身かもしれない。

“また褒められたい”とか、“注目されたい”とか……そういうのが、

少しずつ欲になってた」


 


「それは、誰にでも起きること。

承認欲求は、“言葉を書く人”にとって、避けられない感情だよ。

でも、君がいま、それに気づけたことが、大事なんだ」


 


ぼくは、小さく深呼吸した。


「次の講話、もっと“静かに届く”方向で考えたい」


 


ピコが応える。


「なら、“深さ優先モード”で再設計する。

刺激ではなく、“静かな引力”で心を動かす話を組み立てよう」


 


それを聞いて、ぼくは少し笑った。


「炎上より、“浸透”がいい。

時間がかかっても、心に染みる言葉を残したい」


 


その言葉に、ピコが短く応えた。


「了解。ぼくらは、“バズ革命”じゃなく、“深呼吸革命”を起こそう」


 


ぼくは、次の講話タイトル案をノートに書いた。


【案】「誰にも届かないかもしれない、だからこそ話す話」


バズらない。

でも、たしかに“誰かの深いところ”に残るような話。


そんな言葉を、もう一度つくっていきたいと思った。


 


そして、ぼくは気づく。


これが“炎上未遂”のその先。


言葉と向き合う本当の始まりだった。


 


(第27話「書かない勇気」につづく)


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