第2話 量子の檻 -Caged Future-
都市は静かに狂っていた。歪むビルの輪郭、空を裂くように浮かぶ幾何学的ノイズ──人々はそれに気づかず、日常を過ごしているが、篠原ユウトには視えていた。いや、視えてしまっていた。
「また……来る」
彼は教室の窓際でつぶやいた。周囲の生徒たちは彼の存在など気にすることもなく、スマホに視線を落としたままだ。だが、世界の裏側で“何か”が蠢いている気配が、ユウトの脳をじわじわと焼いていた。まるで未来が、ノイズに侵されているかのようだった。
「ユウト、外すぞ」
不意に手首を掴まれ、ユウトは我に返った。銀髪碧眼、人工的に整った顔立ち。制服の上から装備を重ねたような少女──フィア=レーヴェが、冷たい目で彼を見下ろしていた。
「お前の観測は限界だ。これ以上視れば、収束が始まる」
「でも、また何かが起きる……それがわかるんだ」
「なら、なおさら止めろ」
彼女は無理やりユウトの腕を引いて、教室の外へと連れ出した。
「今すぐ“量子安定室”へ行く。そこなら視えなくなる。少しでも視るな、ユウト。さもなければ、お前自身が“収束の中心”になる」
その言葉の重みに、ユウトは無言で従うしかなかった。
“量子安定室”──それは学園地下にある極秘の施設だった。本来は政府が極秘裏に設けた“時空観測抑制区画”であり、フィアのような特異能力者のために存在している。無機質な白壁、全方位から投射される干渉シールド。ここでは、“未来”も“観測”も存在できない。
「……落ち着いたか?」
フィアが壁際にもたれ、腕を組んだ。ユウトは床に座り込み、頭を抱える。
「未来が……重い。俺の頭の中に、たくさんの“これから”が溢れてる」
「それを無理に視ているからだ。お前の能力は“確定予知”じゃない。“選択視野”だ」
「選択視野……?」
「観測することで、いくつもの未来の中から“現実となるルート”を選んでしまう力。それは予知じゃない、干渉だ」
ユウトは苦笑した。
「つまり、俺が視れば視るほど、未来は壊れていく?」
「逆に言えば、お前が視なければ、“可能性”は守られる」
「でも、視なきゃ何も防げない」
フィアは黙った。それが事実だったからだ。
そのとき、警報が鳴り響いた。
「観測干渉:接近中。異界ノイズ、第三区画に発生」
「まずい……また来たか」
ユウトが立ち上がろうとすると、フィアが制止した。
「お前はここにいろ。ノイズは私が倒す」
「無理だ。今回のは……さっき視えた。俺がいなきゃ、倒せない」
フィアは数秒の沈黙の後、言った。
「……わかった。ただし、制限付きだ。お前は“選ぶな”。私が必要と言ったときだけ、観測しろ」
「了解」
彼らは安定室を飛び出し、非常用昇降機で地上へと向かった。
校庭に出た瞬間、空気が違っていた。歪んだ風、反転する色彩、空間の一部が“ひび割れて”いる。そして、ノイズが現れた──ノードバグ。機械と有機の境界を持たない異界存在。観測すれば形を変え、対処が困難になる“最悪の進化型”。
「くるぞ、ユウト!」
フィアが突撃する。彼女の武装〈フォトンギア〉が光を放ち、ノードバグの一部を切り裂いた。だが、それだけでは終わらなかった。ノードバグは瞬時に形を変え、複数体に分裂。空間の座標そのものを歪ませ始める。
「まずい……こいつ、“未来を読んでる”?」
「いや、違う。お前の観測を利用している。お前が視た未来を“逆手に取っている”んだ!」
その言葉に、ユウトはゾッとした。まさか、自分の視た未来が“敵に流出”しているのか?
「ユウト、今すぐ選べ。視えた未来の中で、最も“壊れが少ない”ルートを!」
「でも、どれを選んでも……」
「信じろ、自分を。そして、私を!」
その言葉に、ユウトは観測を開始した。
──フィアが傷を負う未来
──ユウトが暴走する未来
──街が一時的に破壊される未来
その中で、フィアが無傷で、ノードバグの中核を突く未来が一つだけあった。
「……そこだ、フィア! 左斜め前、45度。今跳べ!」
フィアがそのまま跳躍し、空中でギアを展開、ノードバグの中核部へ突撃した。光がはじけ、音のない爆発が世界を包んだ。
戦闘は終わった。崩れたグラウンドの片隅で、フィアが静かに座っていた。ユウトが近づくと、彼女はぽつりと言った。
「……今回は、お前に助けられた」
「そりゃ、俺が視たんだからな」
「違う。“視ただけ”なら、意味はない。お前が、私を信じたからこそ選べた未来だ」
ユウトは戸惑いながらも頷いた。
「……ありがとな、フィア」
「礼を言うのは、私のほうだ。少し……お前を見直した」
その一言は、確かに彼女の中に“変化”が芽生え始めた証だった。
夜、ユウトの部屋。端末の画面に、ありえない表示が浮かび上がった。
《観測:同期開始》
《対象:存在未定義》
《“あなた”を観測しています》
《──深層ノードより、接続あり》
誰かが、ユウトを“視ている”。だがそれは、味方なのか。敵なのか。あるいは──未来そのものか。ユウトは静かに目を閉じ、再び未来を視る決意をした。
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