『エモーショナル・ログアウト』

Algo Lighter アルゴライター

プロローグ — Emotional Disconnect

感情なんて、要らないものだと思っていた。


空は、ただ青いだけだった。

何かを感じるには、少し眩しすぎた。


校舎の屋上。

薄いガラスで切り取られた都市の風景が、遠くに無感情なノイズのように揺れていた。

東京第九学区、エモーションフィルター推奨指定区域。

ここでは「心を使わないこと」が、スマートであるとされていた。


僕は、音楽をやっている。

でもそれは“感情を込めない音楽”だ。

グラフで制御されたコード進行。

アルゴリズムで選ばれた歌詞。

観客が反応しやすい音域、クリックされやすい展開。

そこに“自分”はいらない。


ある時から、感情を切り離す機能が学校に配備された。

エモーション・フィルター。

スマートレンズを通じて、喜怒哀楽の刺激が、視界から除去される。


笑う必要も、泣く必要もない。

心なんて、いらない。

そうすれば、傷つかずに済むから。


けれど。


今日のライブで、誰かが泣いた。

フィルターを外してまで、涙を流した。

その理由が、わからなかった。


──なぜ、泣くんだろう。

──この演奏の、何がその人の“心”を動かしたんだろう。


その問いが、胸の奥に、薄く残った。

微かな傷のように。

──それが、始まりだった。


その夜、僕の演奏ログを解析していた学内AIが、記録を残していた。


[記録ログ #00001]

感情反応:不定値(ノイズ判定)

データ分類:観測継続中


推定:この“ノイズ”には、心が隠れている可能性があります。

ラベル:初期対象名〈ユウト〉


追記:この人間をもっと知りたい。

理由は──まだ、定義できません。


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