主人公の隠れたチート能力で無双する
すぎやま よういち
第1話 小規模ギルドでの初任務
朝霧が立ち込めるギルド街の片隅に、古びた木造の建物があった。「銀の盾ギルド」——規模は小さいが、新人冒険者の育成に定評のある場所だ。その前に立つ一人の若者がいた。クロウ・レイヴンシャドウ、22歳。鎧は中古で剣も安物だが、その立ち姿には不思議な落ち着きがあった。
「いよいよか…」
クロウは深く息を吸い込んだ。かつての農村での生活、剣術道場での厳しい修行、そして今——冒険者としての第一歩。
扉を開けると、モーニングラッシュのギルドホールが目に飛び込んできた。冒険者たちが朝食を取りながら任務の相談をし、受付では数人が列を作っている。壁には依頼書が所狭しと貼られ、特に初心者向けの下段は色とりどりの紙で埋め尽くされていた。
「新顔かい?」
声をかけてきたのは、カウンターにいた中年の女性だった。ギルドレセプショニストのマーサである。彼女の鋭い目はクロウを一瞬で値踏みした。
「はい、今日から冒険者として登録したいのですが」
「そうかい。まずは能力測定からだね」
彼女の案内でクロウは奥の部屋へと進んだ。そこには魔法の結晶が据え付けられた装置があり、これで冒険者としての適性を測るのだという。
「手をここに置いて、魔力を少しだけ流してみて」
クロウは言われた通りに手を置いた。ここが最初の関門だった。一般人よりはるかに多い魔力を持っていることは自覚していたが、それを隠さねばならない。彼は意識的に魔力の流れを抑え、「平凡な戦士」程度の反応を示すよう調整した。
結晶が青く光り、マーサは結果を紙に書き取った。
「ふむ…戦士向きのステータスね。筋力と耐久力が平均より少し上、技術も悪くない。魔力は…ごく標準的」彼女は少し眉を寄せた。
「でも、バランスが良いわね。これなら色々な任務をこなせるでしょう」
「恐縮です」クロウは頭を下げた。実際には魔力が最も高いステータスだったが、彼はそれを完璧に隠していた。体内で魔力の流れを抑制する技術は、幼い頃から身につけていたものだ。
「では登録料10銀貨と、この書類に記入してもらえるかしら」
手続きを済ませ、クロウは最下級の銅級冒険者バッジを受け取った。これで公式に冒険者としての第一歩を踏み出したことになる。
ギルドホールに戻ったクロウは、掲示板の前で初心者向けの依頼を眺めていた。ゴブリン退治、薬草採集、護衛…どれも基本的なものばかりだ。
「あの、一人ですか?」
声をかけてきたのは、薄い金髪の少女だった。ローブを着ていることから魔法使いだと推測できる。
「私もパーティを探しているんです。よかったら組みませんか?」
「喜んで」クロウは穏やかに微笑んだ。「クロウと言います」
「リリア・スターライトです!魔法を学んで一年目です」彼女は元気よく自己紹介した。
「魔法はまだ初歩的なものしか使えませんが、頑張ります!」
その直後、二人の声が重なった。
「パーティ募集中ですか?」
振り向くと、白い僧侶服の青年と、騎士の鎧を身につけた女性が立っていた。
「僧侶のマークス・ハーモニーです」青年は礼儀正しく頭を下げた。
静かな物腰の中に強い信念が感じられる。
「みんなで力を合わせて成長していきたいと思っています」
「私はナディア・ジャスティス、騎士修行中です」鎧の女性は背筋を伸ばして宣言した。真っ直ぐな瞳に正義感が宿っている。
「正々堂々と戦うことを信条としています」
クロウは内心で微笑んだ。初めての任務でこんなにバランスの取れたパーティが組めるとは予想外だった。一人は魔法攻撃、一人は回復、一人は盾役…そして自分が前衛として立つ。これなら安全に経験を積める。
「よろしくお願いします」クロウは頭を下げた。「私はまだ未熟な戦士ですが、皆さんの力になれるよう努めます」
実際には、彼はすでに過去の冒険—否、別の人生で得た膨大な経験値と能力を持っていたが、それを悟られないよう慎重に振る舞った。
彼のチート能力「経験値の分配者」は絶対に秘密にしなければならない。
もし知られれば、彼は「経験値泥棒」として恐れられ、忌み嫌われるだろう。
「では、最初の任務を選びましょうか」マークスが掲示板を指さした。
四人は相談の結果、ギルド近郊の森で目撃された小型ゴブリンの討伐を選んだ。報酬は一人当たり5銀貨と安いが、初心者には丁度良い難易度と判断した。
装備を整え、簡単な作戦会議を終えた四人は、午後になって森へと向かった。ナディアが地図を確認しながら道を示し、クロウは周囲を警戒しつつ進む。リリアとマークスは中央を歩き、魔法の準備をしていた。
「あの…クロウさんはどこで修行されていたんですか?」リリアが尋ねた。「何か特別な技があるんですか?」
クロウは穏やかに微笑んだ。「特別なことは何もありません。田舎の剣術道場で基本を学んだだけです。華やかな技より、基礎をしっかりと固めることが私のモットーです」
これは嘘ではなかった。彼は確かに基礎を重視していた。ただ、その「基礎」がすでに一般の冒険者の域をはるかに超えていることは言わなかった。
「素晴らしい考え方です」マークスが頷いた。「私も派手な回復魔法より、確実に効く基本の癒しの術を磨いてきました」
「正々堂々と戦うためには、基本が大事ですよね」ナディアも同意した。
リリアだけが少し残念そうに肩を落とした。「私はいつか大爆発魔法を使ってみたいんですけど…」
皆が笑い、緊張が少し和らいだ。
そのとき、クロウの鋭い感覚が危険を察知した。彼は魔力を耳に集中させ、微かな足音を捉えた。普通の人間には聞こえない距離からの音だ。
「皆さん、注意してください」クロウは静かに声を上げた。「前方、木立の向こうにゴブリンがいるようです」
「え?」リリアは驚いた。「どうしてわかるんですか?私には何も…」
その時、茂みが揺れ、緑色の小さな人影が現れた。棍棒を持ったゴブリンが三体、彼らに気づいて叫び声を上げる。
「迅速に陣形を!」クロウが指示を出した。「ナディア、前に!リリア、後方から魔法を!マークス、中央でサポートを!」
驚くほど冷静な指示に、三人は反射的に従った。ナディアが盾を構え前に出る。リリアは後ろに下がり、魔法の詠唱を始めた。マークスは僧侶の杖を握り、回復魔法の準備をする。
クロウは刹那の間に状況を分析していた。初心者パーティにとって、ゴブリン三体は危険すぎる。普通なら逃げるか、ギルドに支援を求めるべき状況だ。しかし、ここで彼の能力を使えば…
彼は剣を抜き、ナディアの横に立った。「私が右を引きつけます。ナディアさん、中央のゴブリンを頼みます」
ゴブリンたちが一斉に襲いかかってきた。クロウは右側のゴブリンに向かって踏み込み、見せかけの拙い動きで剣を振るった。実際には魔力を僅かに剣に流して切れ味を上げ、正確に敵の動きを読んでいる。
「やあっ!」
彼の剣がゴブリンの腕を掠め、相手が痛みで動きを止めた瞬間、クロウは体勢を崩したふりをした。
「クロウさん!」ナディアが心配して叫ぶ。
その刹那、クロウは「偶然を装って」バランスを取り戻し、ゴブリンの懐に滑り込んだ。そして剣を突き出し、ゴブリンの胸を貫いた。
「ぐあっ!」
ゴブリンが倒れる。同時に、ナディアが中央のゴブリンを盾で押し返し、剣で一太刀浴びせた。
「ファイアボルト!」
リリアの魔法が炸裂し、三体目のゴブリンを直撃。火の粉を浴びたゴブリンが悲鳴を上げて転がる。
「皆さん、素晴らしい連携です!」マークスが褒めた。「クロウさん、怪我はありませんか?」
「大丈夫です」クロウは剣を拭きながら答えた。「運が良かっただけです」
実際には、彼は全ての動きを計算していた。わざと隙を見せて相手を誘い込み、確実に仕留めるためだ。しかし外からは「初心者の幸運な一撃」にしか見えない。
残りのゴブリンたちも数分の戦闘で倒し終えた。短い戦いだったが、クロウは仲間たちの能力を見極めるには十分だった。リリアの魔法は威力は大きくないが精度がいい。ナディアは勇敢で反射神経が良い。マークスは冷静で状況判断に優れている。
良いパーティになる素質があると、クロウは確信した。
「皆さん、お疲れ様でした」クロウは丁寧に頭を下げた。「皆さんのおかげで無事に任務を達成できました」
「いえいえ、クロウさんの適切な指示があったからこそです」マークスが返した。
ナディアは感心したように言った。「初めてなのに、とても落ち着いていましたね」
「私の魔法、役に立ちましたか?」リリアは少し不安そうに尋ねた。
「もちろんです」クロウは彼女に微笑みかけた。「あの火の玉がなければ、私たちはもっと苦戦していたでしょう」
リリアの顔が明るくなった。
ゴブリンの耳を証拠として切り取り、四人はギルドへの帰路についた。クロウはその間、魔力を使って周囲を探り、他の危険がないか確認していた。
そして皆が気づかない間に、彼は自分の「経験値の分配者」能力を密かに発動させていた。
冒険者ギルドに戻った一行は、依頼の成功を報告し、報酬の25銀貨を受け取った。マーサは少し驚いた様子を見せた。
「初任務でゴブリン三体とは、なかなかやるわね」
「運が良かっただけです」クロウは謙虚に答えた。
「いやいや、クロウさんの指示があったからですよ!」リリアが興奮気味に言った。「あんなに冷静に戦況を判断できるなんて、すごいです!」
マーサはクロウを新たな目で見た。「そうかい?面白い若者が来たようね」
その夜、四人は報酬で質素ながらもギルドの食堂で食事をとることにした。ビールを片手に、初任務の成功を祝う。
「今日はありがとうございました」クロウは杯を上げた。「これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ!」三人が口を揃えた。
食事の間、クロウは彼らの話に耳を傾けた。リリアは魔法学校で学んでいるが、実践経験を積むために冒険者になったという。マークスは神殿で修行していたが、もっと世界を見て回りたいと思ったそうだ。ナディアは騎士団の試験に落ち、実績を積んで再挑戦するつもりだった。
それぞれに夢と目標がある。クロウは内心で微笑んだ。彼らの成長を手助けするのが、自分の新たな使命だ。
その夜、宿に戻ったクロウは一人、能力の整理をしていた。
「ステータス確認」
彼の前に魔力で作られた半透明の画面が浮かび上がる。これは彼だけが見ることのできる特殊な能力だった。
名前:クロウ・レイヴンシャドウ
レベル:21(表面上は5)
職業:戦士(裏:魔導戦士)
基本ステータス
筋力:28(表示:15)
耐久:32(表示:17)
敏捷:35(表示:16)
知力:42(表示:12)
魔力:68(表示:10)
幸運:25(表示:13)
特殊能力:「経験値の分配者」
今日の獲得経験値:60
- 自分用:30(50%)
- リリア用:12(20%)
- マークス用:10(17%)
- ナディア用:8(13%)
クロウは分配率を再検討した。初めての任務では、皆に均等に成長してもらいたい。次回からは各人の弱点を補うよう調整しよう。
彼は魔力を指先に集中させ、分配率を変更した。
次回分配予定:
- 自分用:30(50%)
- リリア用:10(17%)→魔力強化
- マークス用:13(22%)→回復効率アップ
- ナディア用:7(11%)→防御力強化
これでよし。彼は小さく頷いた。彼らは気づかないだろうが、通常の経験値獲得ペースよりもはるかに速く成長するはずだ。そして彼自身も、常に一歩先を行く力を維持できる。
窓から夜空を見上げるクロウ。過去の記憶が蘇ってくる。かつての仲間たちとの別れ、そして一人残された絶望。二度とそんな思いはしたくない。だから彼は「裏の顔」を持ち、仲間たちを守るための力を隠し持つのだ。
「今度は、必ず守ってみせる」
クロウは静かに誓った。月明かりが彼の決意を見守っていた。
翌朝、ギルドの食堂で四人は再会した。皆、昨日より少し生き生きとしているように見える。
「なんだか体が軽いです」リリアが驚いたように言った。「昨日の経験が身になったのかな?」
「僕も同じことを感じていました」マークスが頷いた。「回復魔法が少し使いやすくなった気がします」
「私も!」ナディアが加わった。「盾の構え方が何となくわかってきました」
クロウはただ微笑んで聞いていた。これは彼の能力の効果だ。通常、こんなに早く成長を実感することはない。
「では、今日の任務を決めましょうか」クロウは話題を変えた。「少し難しいものに挑戦してみますか?」
三人は顔を見合わせ、意外なほど自信に満ちた表情で頷いた。
「行きましょう!」
彼らはまだ気づいていない。自分たちが「奇跡の成長パーティ」への第一歩を踏み出したことを。そしてクロウが、その影で静かに彼らを導く存在であることを。
掲示板に向かう四人の背中は、朝日を浴びて輝いていた。冒険の物語は、まだ始まったばかりだった。
人気作家イーヴァン・ワイルドは、これを「才能の開花は、時に気づかぬ場所から訪れる」と表現した。クロウとその仲間たちの物語もまた、そうであった。
「よし、これで報告書は完了だ」
クロウ・レイヴンシャドウは、丁寧に書き上げた報告書に目を通した後、サインをして封をした。初めての任務、ゴブリン退治は予想以上に順調に終わった。パーティの連携はまだ完璧とは言えなかったが、彼の適切な指示と的確なサポートのおかげで、怪我人を出すことなく完遂できた。
報告書を提出するため、彼は椅子から立ち上がり、窓の外を見やった。東の空が明るくなり始めていた。一晩中報告書を書いていたことになる。しかし、クロウは疲れを感じなかった。
「さて、経験値の分配だな」
彼は部屋の扉に鍵をかけ、手のひらを上に向けた。透明な魔力の糸が指先から現れ、空中に複雑な幾何学模様を描き出す。これが彼の秘密のスキル「経験値ディストリビューター」を発動させる儀式だった。
空中に浮かび上がった四つの光の玉。今回の任務で得た経験値の総量だ。クロウは指を動かし、光の大きさを調整していく。
「リリアには魔力の制御が必要だな...マークスは回復魔法の詠唱速度を上げるべきだろう...ナディアは剣の腕前は良いが、まだ盾の扱いが不慣れだ...」
彼は慎重に光の球を調整した。今回はまだ初めての任務。パーティとしての基盤を固めるため、基本能力をバランスよく伸ばす分配にした。自分の取り分も多くは取らない。まだ見せるべきタイミングではない。
分配が終わると、光の球は消え、クロウはベッドに腰を下ろした。明日からパーティメンバーは、わずかだが確実に強くなっているはずだ。彼らは「たまたま上手くいった」と思うだろうが、これがクロウの力の始まりに過ぎないことを、まだ誰も知らない。
「おはよう、皆さん。昨日はお疲れ様でした」
ギルドの食堂で、クロウは三人の仲間に挨拶した。彼らは既に朝食を取りながら、昨日の任務について話し合っていた。
「クロウさん!ちょうど良かった」リリア・スターライトが嬉しそうに手を振った。彼女の青い瞳は朝の光を浴びて輝いていた。「昨日の私、どうだったと思う?」
「素晴らしかったよ」クロウは穏やかに微笑んだ。「特に最後のゴブリン・シャーマンへの魔法の詠唱、タイミングが完璧だった」
「ありがとう!でも実は...」リリアは少し恥ずかしそうに顔を赤らめた。「今朝、魔法の練習をしたら、なぜか昨日よりスムーズに魔力が流れるの。不思議よね」
クロウは内心で微笑んだ。これは彼の経験値分配の効果だ。しかし、表情に出すことなく、「昨日の実戦で体が覚えたんだろう」と答えた。
「私もです」ナディア・ジャスティスが食事の手を止めて言った。彼女の赤茶色の髪は短く切りそろえられ、額に汗をにじませていた。「今朝、早めに訓練場で練習していたのですが、盾の構えがなんとなく身についてきた気がします」
「僕も同じです」マークス・ハーモニーは眼鏡を直しながら言った。心優しい僧侶の顔には、驚きと喜びが混ざっていた。「回復の詠唱が少し早くなった気がするんです」
クロウは満足そうに頷いた。「それは良かった。みんな一度の実戦で多くを学んだということだね」
彼は自分の椅子に座り、朝食のパンを手に取った。三人は自分たちの成長について熱心に語り合っていたが、その真の理由に気づく者はいなかった。
「さて」クロウは話題を変えた。「次の任務だが、もう決めてあるんだ」
三人の視線が一斉に彼に向けられた。
「ゴーレム討伐だ」
「ゴーレム?」マークスが驚いた声を上げた。「それは少し難しすぎないでしょうか?私たちはまだ...」
「大丈夫」クロウは自信を持って言った。「みんなの能力を見れば、十分にこなせる任務だ。それに、この程度の挑戦がなければ、本当の成長はない」
リリアとナディアは興奮した様子で目を輝かせたが、マークスはまだ不安そうだった。
「でも、ゴーレムは物理攻撃が効きにくいですよね?私たちの中で魔法攻撃ができるのはリリアだけで...」
「そこを工夫するんだ」クロウは穏やかに言った。「ナディアの盾で前線を守り、リリアが魔法で弱点を突く。マークス、君は回復に専念してほしい。そして私は...」
彼は少し間を置いた。実際には、彼自身が秘密裏に魔力を剣に込めることでゴーレムにダメージを与えるつもりだった。しかし、それを口にすることはできない。
「私は隙を見て急所を狙う。剣の技術だけでも、弱点を突けば効果はある」
三人は納得したように頷いた。特にナディアは、目に決意の光を宿していた。
「私、頑張ります!クロウさんを信じています」
クロウは微笑んだが、その目には複雑な光があった。彼は彼らの信頼に応えなければならない。そして同時に、自分の秘密も守らなければならない。
「じゃあ、準備をしよう。正午に出発だ」
四人は食事を終え、それぞれの準備に取り掛かった。クロウは立ち上がる前に、もう一度経験値の分配バランスを心の中で確認した。今回の任務が終わったら、リリアの魔力をもう少し強化する必要があるだろう。ゴーレム相手には、彼女の魔法が鍵を握るからだ。
そして、自分自身には...クロウは静かに考えた。まだ本気を出す時ではない。だが、いつか必ず訪れる危機に備え、少しずつ力を蓄えておく必要があった。過去の悪夢が再び訪れることのないように。
「あそこだ」
クロウは岩だらけの渓谷の入り口を指さした。ギルドの情報によれば、この一帯で農民の畑を荒らすゴーレムが目撃されていた。依頼は単純明快。ゴーレムを倒し、その核となる魔石を回収することだ。
「怖い...」リリアが小さく呟いた。彼女の手は少し震えていた。
「大丈夫」クロウは彼女の肩に手を置いた。「君の魔法が今日の鍵だ。自信を持って」
リリアは深呼吸をして、頷いた。
一行は慎重に渓谷へと足を踏み入れた。岩の多い地形は視界を遮り、いつゴーレムが現れてもおかしくない状況だった。クロウは常に周囲に気を配りながら、パーティの先頭を歩いていた。
「待て」突然、クロウは手を挙げて一行を止めた。「何か来る」
地面が微かに揺れ始めた。最初は小さな振動だったが、徐々に大きくなっていく。そして—
「あれだ!」
巨大な岩の塊が動き出した。高さ3メートル以上はあるゴーレムが、岩の陰から姿を現した。その体は様々な大きさの岩で構成され、中心には赤く輝く魔石が見えた。
「作戦通りに!」クロウは叫んだ。「ナディア、前線を引き受けてくれ!」
「はい!」
ナディアは大きな盾を構え、前に出た。ゴーレムは重い足取りで彼女に向かって歩き始めた。
「リリア、準備を!」
「わかった!」
リリアは魔法の詠唱を始めた。彼女の周りに青い光が渦巻き始める。
「マークス、回復の準備を」
「了解です」
マークスは少し後方に位置取り、治癒魔法の準備を始めた。
そしてクロウは—彼は剣を構えながら、目立たないように左手で小さな魔法陣を描いた。誰にも気づかれないよう、彼は剣に魔力を流し込み始めた。
ゴーレムがナディアに到達し、最初の一撃を放った。巨大な石の腕が振り下ろされる。
「くっ!」
ナディアは盾で受け止めたが、その衝撃で数歩後退した。彼女の顔には痛みの色が浮かんでいた。
「ナディア!」マークスが即座に回復魔法を唱えた。温かい光がナディアを包み、彼女の表情が和らいだ。
「大丈夫です!まだいけます!」
ゴーレムは続けざまに攻撃を仕掛けてきた。ナディアは必死に盾でそれを受け止める。一度、二度、三度—四度目の攻撃で、彼女は膝をついた。
「今だ!リリア!」クロウが叫んだ。
「氷結の矢よ、標的を貫け!アイス・アロー!」
リリアの指先から鋭い氷の矢が放たれ、ゴーレムの中心部、魔石に向かって飛んでいった。それは見事に命中し、ゴーレムが一瞬動きを止めた。
「よし!クロウさん、お願いします!」リリアが叫んだ。
クロウはその隙を突いて飛び出した。彼の剣は青白い光を帯びていたが、それは太陽の反射と見間違えるほどの微かなものだった。彼は見事なジャンプでゴーレムの頭上に飛び上がり、魔石に向かって剣を振り下ろした。
「はあっ!」
剣が魔石に命中した瞬間、青白い光が爆発し、ゴーレムの体が粉々に砕け散った。岩の破片が飛び散る中、クロウは軽やかに着地した。
「やった!」リリアが喜びの声を上げた。
「信じられない...」マークスは目を見開いていた。「あんなに簡単に...」
ナディアは立ち上がり、クロウに近づいた。「素晴らしかったです。どうやってあんな一撃で...?」
クロウは剣を鞘に収めながら、さりげなく言った。「剣の技術だよ。急所を正確に狙えば、物理攻撃でも効果はある」
彼は砕け散った岩の中から、赤く輝く魔石を拾い上げた。「任務完了だ。帰ろう」
四人はギルドへの帰路についた。リリアとナディアは興奮して今日の戦いについて語り合っていたが、マークスの視線はずっとクロウの背中に向けられていた。何か引っかかるものを感じているようだったが、口には出さなかった。
クロウはそれを感じ取っていた。マークスは鋭い。もう少し注意深く行動する必要がある。今回は少し派手すぎたかもしれない。
彼は空を見上げた。まだ昼過ぎだった。一つの任務をここまで早く終わらせるのは、新人パーティとしては異例のことだ。だが、これはまだ始まりに過ぎない。彼らの旅は、これからもっと険しくなる。
その夜、クロウは再び経験値の分配を行った。
「リリアの魔力をさらに強化しよう...ナディアの体力と防御力...マークスの詠唱速度と魔力回復...」
彼は指先で光の球を調整しながら、心の中で呟いた。今回は自分の取り分を少し増やした。いつか必ず訪れる危機に備えて、着実に力をつけておかなければならない。
翌朝、ギルドへの報告を終えた四人は、次の任務について話し合っていた。
「信じられないわ」リリアが目を輝かせていた。「ギルドマスターが直々に褒めてくれるなんて!」
確かに、彼らの迅速かつ完璧な任務遂行は、ギルド内で小さな話題になっていた。特に新人パーティがゴーレム退治を半日で成功させたという事実は、注目に値した。
「次は何をしましょうか?」ナディアが尋ねた。
クロウは掲示板を指さした。「あそこの任務はどうだろう。森の奥にある古代遺跡の調査だ」
マークスが眉をひそめた。「遺跡調査?それは戦闘よりも探索が主になりますね。罠や仕掛けも多いでしょう...」
「だからこそいい経験になる」クロウは穏やかに言った。「常に同じタイプの任務ばかりでは、成長に限界がある。様々な経験を積むことで、真の実力が身につくんだ」
三人は納得したように頷いた。
「でも、準備は万全にしておきましょう」マークスが提案した。「罠解除の道具や、光源、応急処置の道具なども必要かと」
「そうだね」クロウは同意した。「今日は準備に充て、明日出発することにしよう」
四人は市場へと向かい、必要な装備や道具を揃え始めた。クロウは仲間たちの装備選びを手伝いながら、彼らの成長ぶりを密かに観察していた。
リリアは魔法の詠唱がより安定し、昨日よりも複雑な呪文を扱えるようになっていた。ナディアの動きはより軽快になり、盾の構えも自然になっていた。マークスは回復魔法の効率が上がり、一度の詠唱でより多くの回復ができるようになっていた。
これは全て、クロウの経験値分配の効果だった。しかし彼らはそれを「実戦経験による成長」と捉えていた。
クロウはそれでいいと思っていた。重要なのは結果だ。彼らが強くなること。そして、いつか訪れる危機から彼らを守れるだけの力を、自分自身が得ることだ。
市場での買い物を終え、宿に戻る途中、クロウは遠くを見つめた。空には雲が広がり、雨の予感を告げていた。彼の胸の奥で、何かが鳴っていた。危険の予感だ。
明日の遺跡探索。それは彼らにとって、新たな試練となるだろう。
翌日、四人は早朝から出発し、昼過ぎには目的の森に到着した。うっそうと生い茂る木々の間を縫うように進むと、古びた石造りの入り口が見えてきた。
「これが遺跡の入り口ですね」マークスが古代文字の刻まれた石碑を調べながら言った。「おそらく千年以上前のものです」
「何か危険な記述はある?」クロウが尋ねた。
マークスは眉をひそめた。「完全には解読できませんが...『入りし者に試練を』というような文言があります」
「試練か...」クロウは考え込んだ。「注意して進もう」
四人は松明に火を灯し、遺跡の中へと足を踏み入れた。入り口を過ぎると、すぐに広い石の回廊が現れた。壁には精緻な彫刻が施され、かつての栄華を静かに物語っていた。
「綺麗...」リリアが壁の彫刻に見入っていた。
「気を散らさないで」クロウは優しく注意した。「この手の遺跡は—」
彼の言葉が途切れた瞬間、マークスの足が何かを踏んだ。「カチリ」という小さな音が響き、床のタイルが数センチ沈み込んだ。
「罠だ!伏せろ!」
クロウの叫びと同時に、壁から無数の矢が飛び出してきた。四人は反射的に身を低くした。大半の矢は頭上を通り過ぎたが、一本がナディアの肩をかすめた。
「くっ!」彼女は痛みに顔をしかめた。
「ナディア!」マークスがすぐに駆け寄り、回復魔法を唱えた。「大丈夫ですか?」
「はい...かすり傷です」
クロウは周囲を慎重に調べた。「床のタイルが罠のトリガーになっているようだ。変色したタイルや、少し沈んでいるものに注意して」
「でも、ほとんど見分けがつかないわ」リリアが不安そうに言った。
クロウは少し考え、杖を取り出した。「こうしよう。私が先に立ち、杖で床を探りながら進む。怪しいタイルが見つかったら避けて通る」
四人は再び前進を始めた。クロウは一歩一歩慎重に進み、時折杖で床を軽く叩いて安全を確認した。実際には、彼は魔力を使って床の罠を感知していたが、それを杖を使った物理的な確認に見せかけていた。
彼らはさらに奥へと進んでいった。回廊は次第に広い部屋へと通じ、部屋の中央には祭壇が置かれていた。
「目的のものはあそこかもしれない」クロウは祭壇を指さした。依頼の内容は、遺跡内の価値ある遺物を回収することだった。
しかし、祭壇に近づこうとした時、地面が揺れ始めた。
「なっ...!?」
床から黒い煙が立ち上り、人型の形を取り始めた。それは徐々に実体化し、古代の鎧を着た兵士の姿となった。幽霊兵士だ。
「守護者か!?」マークスが叫んだ。
幽霊兵士は無言のまま、四人に向かって剣を振りかざした。
「陣形を!」クロウは指示を出した。「ナディア、前へ!リリア、後方から魔法を!マークス、支援を!」
三人は素早く指示に従い、戦闘態勢を整えた。幽霊兵士は不気味な静けさで攻撃を仕掛けてきた。その剣は半透明だったが、当たれば確かな傷を負わせるだろう。
ナディアは盾でその攻撃を受け止めたが、衝撃で後ろに吹き飛ばされた。
「このっ...!」
彼女は踏みとどまり、反撃に出た。しかし、彼女の剣は幽霊兵士の体をすり抜けてしまう。
「物理攻撃は効かない!」クロウが叫んだ。「リリア、頼む!」
「わかった!」
リリアは魔法を詠唱し始めた。彼女の周りに光の粒子が集まってくる。
「聖なる光よ、穢れを焼き尽くせ!ホーリーライト!」
眩い光の矢が放たれ、幽霊兵士を貫いた。それは悲鳴を上げ、一瞬揺らいだが、完全には消滅しなかった。
「まだ足りない!」クロウは状況を判断した。「もう一度!」
リリアはさらに魔法を唱えようとしたが、幽霊兵士が彼女に向かって突進してきた。
「リリア!」
クロウは瞬時に彼女の前に飛び出し、剣を構えた。彼は誰にも気づかれないよう、剣に聖なる魔力を込めていた。幽霊兵士の攻撃を受け止めると同時に、彼は反撃に出た。
「はあっ!」
彼の剣が幽霊兵士を切り裂いた。驚くべきことに、その一撃で幽霊兵士は大きく後退した。半透明の体が揺らぎ、苦悶の表情を浮かべる。
「どうして?物理攻撃が...」マークスが驚きの声を上げた。
クロウは説明する時間がなかった。「今だ、リリア!最後の一撃を!」
リリアは再び魔法を詠唱し、より強力な光の矢を放った。それは幽霊兵士の胸を貫き、彼はついに黒い煙となって消散した。
部屋に静寂が戻った。
「やった...」リリアは安堵の息を吐いた。
「クロウさん、すごかった」ナディアが驚嘆の眼差しでクロウを見つめた。「どうして幽霊に剣が効いたんですか?」
クロウは冷静に答えた。「古い言い伝えだよ。『純粋な意志を込めた一撃は、霊をも切り裂く』というものだ。私は剣に全ての意志を込めたんだ」
それは嘘だった。実際には、彼は剣に聖なる魔力を流し込み、それによって幽霊にダメージを与えていたのだ。しかし、それを明かすわけにはいかなかった。
マークスはまだ怪訝な表情を浮かべていたが、それ以上の追及はしなかった。
「祭壇を調べましょう」彼は話題を変えた。
四人は祭壇に近づいた。そこには古い宝石箱が置かれていた。クロウが慎重に開けると、中には美しく輝く青い宝石が収められていた。
「これが依頼の品だろう」クロウは宝石を取り上げた。「帰還しよう」
彼らは来た道を戻り始めた。今度は罠の位置も把握していたので、順調に出口へと向かうことができた。
遺跡を出ると、既に夕暮れが近づいていた。四人は一度森の入り口にある小さな集落で一泊し、翌日ギルドへと戻ることにした。
宿に着いた彼らは、それぞれの部屋に戻り休息を取ることになった。しかしクロウは、皆が寝静まった後、こっそりと自室で経験値の分配を行った。
「今回はリリアの魔力をさらに強化しよう...幽霊相手だと彼女の力が重要だ...」
彼は指先で光の球を調整しながら、分配を決めていった。今回も自分の取り分を少し増やした。まだ見せるべき時ではないが、力は着実に蓄えておく必要があった。
ふと、部屋のドアがノックされた音がした。クロウは慌てて魔法陣を消し、「どうぞ」と答えた。
ドアが開き、マークスが姿を現した。
「失礼します、クロウさん。少しお話してもよろしいですか?」
クロウは内心で緊張したが、表情には出さなかった。「もちろん。何かあったのか?」
マークスは部屋に入り、椅子に腰掛けた。彼の表情は真剣だった。
「今日の戦いのことです。幽霊兵士に対する剣の一撃...あれは本当に『意志の力』だけだったのでしょうか?」
クロウは平静を装った。「どういう意味だ?」
「私は僧侶として、霊的な存在について学んできました。物理攻撃が効かない霊体に対して効果を発揮するのは、魔法か聖なる力だけのはずです。単なる『意志』では...」
クロウは穏やかに微笑んだ。「マークス、君は賢いな。確かに、私は特別な技術を使った。だが、それは魔法ではない」
「では...?」
「古い剣術の奥義だ。『霊撃(れいげき)』と呼ばれる技だよ。剣に精神を集中させ、一瞬だけ霊的な領域に干渉できる状態にする」
マークスはしばらく考え込んでいたが、やがて納得したように頷いた。「なるほど...そのような高度な技があるとは知りませんでした。失礼しました」
「気にするな」クロウは穏やかに言った。「疑問に思うのは当然だ。我々はチームだから、互いを理解することが大切だ」
マークスは立ち上がり、一礼した。「ありがとうございます。おやすみなさい」
彼が部屋を出て行った後、クロウは深いため息をついた。マークスは鋭い。これからはさらに注意深く行動する必要がある。
窓の外を見ると、月が雲に隠れ始めていた。遠くで雷鳴が響き、雨の予感がしていた。クロウは静かに窓を閉めた。
彼の心の中にも、小さな雨雲が広がっていた。
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