華麗なるハイトリップ
@kobemi
第1話 パーティーはまだ始まっていなくってよ(それにしちゃ、冗長になり過ぎだ)
背の高い木々がドーム状に生い茂る陰気な暗がりの道を、二人の客人を乗せた馬車が駆け抜けていた。一人は深紅の豪奢なドレスで身を包む、いかにも貴族然とした少女。名前はコワレと言う。柔らかに光る金髪は軽くうねって、肩の辺りまでで降ろされている。
ドレスから覗くすらりと伸びた手足は、陶器のようにほの白い。そこにいるだけで確かな存在感を放つ彼女だったけれど、だがしかし、彼女はその持ち前の他者を圧倒する魅力を持て余しているように思えた。
頬は心なしか緊張で強張っているように見え、車窓の外を流れる黒々と茂る森を見つめるその眼差しは、いまいち焦点が合っていない。けれど彼女は決して、正気を失っている訳ではなかった。
森の奥深く、遠く木霊するカラスの鳴き声に、彼女はびくりと体を震わせた。明らかに自分はいつになく神経質になっている。その自覚があるだけまだマシだと、コワレは自分自身に言い聞かせていた。
深呼吸をしてなんとか気持ちを落ち着けようと試みる。
「もう……そんなに心配することかしら」
大仰に思えるくらいに肩を激しく上下させるコワレの姿を見つめて、彼女のはす向かいに腰かけるもう一人の少女、フィアは呆れたように肩を竦めた。
糊の効いた紺のブラウスに、頭には幾重にも折り重なった白のボンネットを被っている。一見して、どこからどう見ても一介の使用人の立場と思えるフィア。
そんな彼女が、どこからどう見ても上流階級出身と思しきコワレに対して、礼節の欠片も感じられない口を利く。
傍から見るとひどくあべこべな情景に思えるだろうなと、コワレは一周回ってそれが可笑しくなった。けれど、すぐさま現実逃避を止めて、視点を彼女自身に取り戻す。
とても笑い事ではなかった。彼女の今現在進行形で頭を悩ませている問題こそが、まさにこのことだった。
「お言葉を返すようですが……お嬢様が心配してなさ過ぎるんです!ご自分で私の代わりを務めると仰ったからには、もう少ししゃっきりとして見せてください!」
「ちょ、声が大きいよ」
人差し指を唇の前に持ってきて、フィアはポーズを取った。いくらか緊張した眼差しを、彼女の後ろの御者の方に向ける。
「……大丈夫そうかな」
「ちょっと!私目の言うこと、ちゃんと聞いておられました?」
「ああ、もう聞いてたって。だからうるさいよって注意したんでしょ?」
相変わらずのフィアの減らず口に、コワレはこれでは暖簾に腕押しだと思った。こちらがいくら真剣に訴えても、彼女はいつも飄々とどこ吹く風といった態度でいる。全てにおいてやる気がない。
こんな調子で、マグナレク家の行く末はどうなってしまうだろうかと、そればかりをいつも案じているコワレだった。
「コワレだって、大丈夫なの?さっきから妙にそわそわしちゃって。もしかしなくても緊張してる?」
「お嬢様が普段、私のことをどのように思われているのか存じませんが、私だって人間です。お嬢様の代わりなどという大役、私に務まるかどうかと今から緊張でどうにかなってしまいそうなのです……」
暗い方向へばかり思考が行って、遂にはいつになく弱音を吐いてしまった。こともあろうに、お嬢様の前でだ。コワレは失言だったと後悔した。
やはり自分は、フィアの指摘通りにいつもと違う。それは他ならぬ、フィアのいつもの無理難題に端を発していた。
「ああ……パーティーだなんて最悪よね。しかもいいところのお坊ちゃまとねんごろになって来いなんて、お父様もよくもまあ、あんな冗談が言えるものだわ」
ちょうど一週間前の夜。お屋敷のフィアの部屋に、二人はいた。
「お嬢様……」
彼女の言葉遣いのひどさに、コワレは厳しい視線を向ける。
「いいじゃない、今くらい。あなた以外に誰もいないのだから。何度も言っているけれど、私があなたの前で砕けた物言いをするのは、あなたに心を許している何よりの証左なのよ。誇りに思いなさいな」
またこれか。言葉遣いについてたしなめる度、幾度となく繰り返されてきた文句に、コワレはうんざりしていた。主人の言うことを信用しないのはどうかと思うが、正直言ってその場しのぎの詭弁を弄しているのだとしか思えなくて、今の今までコワレは彼女の言葉を素直に受け取ることができないでいた。
「はあ……それはそれは。身に余る光栄でございます。ですがね、お嬢様。それはそれとして、そう悪い方にばかりお考えになるものではありませんよ。いいじゃないですか、たまには。毎日毎日部屋に籠って、本ばかり読んでいるのよりかはずっと健康的ですよ」
「なに?パーティーの話?」
「さようでございます。それ以外に何かございましたか?」
「いーえ、別に。そちらに真剣に受け取ろうという気がないのなら、それでけっこう」
優雅に椅子に腰かけていたフィアは、そう言って、不機嫌そうに唇を尖らせた。すっと立ち上がって、本棚の方へと本を取りに行く。
「ご、ご気分を害されたのでしたら謝ります。しかし、お嬢様。ねんごろになって来いというのは本当にお父上様のおっしゃられた通りのことなのですか?」
「ええ、そうよ。まぁ多少なりとも私の悪意のある解釈が混じっていることは否定できないけれど。でも、大方同じ意味になるわね」
「……はぁ。でも、それならなおのこと、お嬢様にはそういった異性との交際の経験など一度だってないのですから。パーティーには是非とも奮って、参加されるべきかと」
この一言が余計だった。客観的な事実を述べたまでのことというのが、コワレの見解だったが結局、それもまたいつもろくに言うことを聞かないで好き勝手しているフィアへのほんのささやかな意趣返し、そんな風に魔が差してしまったと言えなくもないのかもしれない。
「……面白いこと言うのね。あなたが日頃、私のことをどういう風に思っているのかがよーく理解できたわ。それに極々せまーい世界を生きているあなたの恋愛観もね」
この時、コワレには確かに室内の温度が五度は下がったと感じられた。肌で感じたものだから、これは精神的な作用によるものである。その時、フィアの浮かべた悪魔的な笑みと言ったら……。
思い出すだけで、ぞっとしない。これからしばらくは眠れないかもしれない。眠れたとして、彼女の恐怖の微笑みが夢に出てくるのは必至のことである。
「いいわ。では、こうしましょう。私はパーティーに出て、野暮ったい男の子連中とお喋りに興じるなんてのは、できることなら御免被りたいのよ。だから、あなたが私の代わりに、フィア・マグナレクとしてパーティーに参加しなさい」
そして、遂にそのパーティーの夜が来てしまったのである。一度口にしたことは絶対に撤回しないことを信条としているフィアは、コワレがここ数日どんなに頼み込んでも、パーティーの間だけコワレが替え玉を務めることを終ぞとして譲らなかった。
それに加えて、斜陽貴族と言ったって、名家のマグナレク家の娘が一人でパーティーに出るなんてのは沽券に関わることでしょうから、私があなたの代わりにメイドを演じ抜いて見せましょう、なんて言い出す始末だ。
きっと、失態をしでかすコワレのことをより間近で見届けてやろうという魂胆に違いない。フィア・マグナレクとはそういう執念深い女であるということを、コワレは身に染みて知っていた。
コワレが失態を犯して誰にも見初められずに終えること。それこそが、フィアの一番に望む結末なのだろう。そうすれば、お父上様の方にはパーティーには出席して奮戦したものの、誰にも手を差し伸べてはもらえなかったと泣きつける。そのための既成事実は得られるのだから。
つくづく、なんて小賢しく恐ろしい主人だろうと、コワレは思っていた。
「案ずるより産むが易しと言うでしょう。平気よ。そこまで気にすることなんてないわ。主催者の伯母様とだってもうかれこれ十年近くお会いしてないし、バレる訳ないじゃない。あとは、コワレが上手い事やってくれれば何も問題はないわ」
「簡単におしゃいますけれどね……」
自然と、ため息が漏れ出る。
「もうそろそろですよ」
老年の御者が声を張り上げて、彼女らに目的地が近づいていることを伝えた。この老人は主催者であるフィアの伯母の遣わしてくれた使用人だった。
フィアの父が事業で失敗を重ねたために、彼女らの屋敷にはお抱えの御者を雇うだけの財力すら心許なく、それが、フィアを貴族のお坊ちゃまに嫁がせてまた贅沢をしようというひどく楽天的で、自分勝手な企みをフィアの父が思いついた根本的な理由だった。
ひどく緊張した面持ちで、コワレは逃げるように視線を、目の前の少女から外の景色の方へと逸らす。おりしも、彼女の視線の先に、目的地の屋敷が姿を現した。
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