第十話

 ベッドの上で寝転がり、天井を見つめながら時雨くんのことを考えていた。

 無表情で見下ろす冷たい目、迷いなくつけてしまう嘘。今思い出しても恐ろしくなる。

 だが、それ以上に頭を蝕むのが薬の存在だ。

 あれは一体なんだったのだろう。彼はなんの病気に侵されているのだろう。


「あ……」


 ふと、お昼休みの屋上で会った時のことを思い出した。


(やっぱり具合悪かったんじゃ……)


 笑っている裏で、苦しんでいるのではないかと思うと胸が痛くなる。

 いくら考えたって私なんかにできることなどない。むしろ、彼にとっては忘れてほしいことなのかもしれない。

 なのに、考えないようにしようと思えば思うほど、不安で仕方がなくなる。


(本当に、大丈夫なんだよね……?)


 ぬいぐるみを抱きしめても落ち着いてくれないまま、眠れない夜を過ごした。


 

 ――月曜日。

 笑顔を浮かべながら、他の生徒と話している時雨くんを見ても不安は治まらない。

 むしろ、無理をしているのではないかと心配になってしまう。


「はぁ……」


 落ち着かないままお昼休みを迎え、お弁当を持って屋上へ向かおうとする私を、久遠さんが呼び止めた。


「美琴さん、お昼ご一緒しても良いですか?」


 このまま一人でいても気が参ってしまいそうなため、喜んで誘いを受けた。


「うん、いいよ。中庭行く……?」


「いえ、今日は美琴さんがいつも食べている場所で」


「え、屋上でいいの?」


「はい。静かなところが良いんです」


 浮かない表情の久遠さんの手には、お弁当と一緒に参考書が握られている。


「……そっか。じゃあ行こう」


 

 ――屋上でお弁当を食べていると、久遠さんが申し訳なさそうに口を開いた。

 

「すいません、食べたら勉強しても良いですか?この時期、図書室だと人が多くて……」


「うん。あ……それなら、私いない方が集中できる?」


「いいえ、美琴さんさえ良ければここにいてください。一人だと心細いので」


「そっ……か、わかった」


 理由は違えど、今の彼女は私と同じ気分なのだろう。


「勝手なことばかり言ってごめんなさい」


「ううん、私も誰かといたい気分だったから気にしないで?」


「……ありがとうございます」


 

 お弁当を早めに食べ終えた彼女は、思い詰めた表情で参考書を開いている。

 邪魔をしないよう見つめていると、彼女の方から話しかけてきた。


「この間の勉強会、どう思いましたか?」


「え……?ど、どうって?」


「時雨くんのことです」


 突然時雨くんのことを聞かれ、内心ドキリとしてしまう。何か気づかれてしまったのだろうか。


「え、えと……教え方上手いなぁって思ったよ?」


 必死に当たり障りのない事を言うと、彼女はこくんと頷いた。


「そうですね、私もそう思いました。少し異常なくらい……」


「い、異常って……?」


「……時雨くんの教え方をずっと聞いていたのですが、まるでテストに出る問題をある程度把握しているようだったんです」


「そう、なの?」


「はい。迷いなく覚えるべき場所と飛ばして良い場所を瀬名くんに教えていました」


 そこまで見る余裕が無かったため、全く気が付かなかった。

 だが言われてみればたしかに、教わる時に何度か言われたような気もする。


「で、でもたまたまかも……」


「いいえ、当たっていると思いますよ。時雨くんなら仲の良い先輩や、先生から聞き出せるだけの社交性もありますし」


「……」


 今の話と勉強会での時雨くんの姿が合わさり、少しゾッとしてしまった。彼はどこまで計算してやっているのだろう。


「時雨くんは天才だと思います。……あんなのに勝てるわけがない」


 参考書を持つ彼女の手が震えていた。

 時々見せる、時雨くんへの態度はそれが原因なのだろうか。

 最低限にしか努力していない自分には、かける言葉が見つからない。


(なにかしてあげられたらいいのに……)


 そう思っているのに、結局何も出来ないまま時間が流れていってしまった。


 

 ――放課後。

 時雨くんは学級委員、久遠さんは図書委員の集まりがあるため、瀬名くんと二人きりになった。


「お!今日はバナナマフィンか、美味そー!」


「えへへ、食べて食べて」


「おう!いただきます!」


 嬉しそうにマフィンを頬張る瀬名くんを見つめ、ある疑問が頭に過ぎる。

 

(薬のこと、瀬名くんは知っているのかな……?)


 そう考えたところで、時雨くんに言われた言葉を思い出した。


『二人だけの秘密だよ』


(瀬名くんにも言ってない……?)


 ぼんやり考え込んでいると、瀬名くんが首を傾げた。


「ん?どした?」


「あ……」


 いくら瀬名くん相手でも話してはいけない。時雨くんと約束したのだから。


「ううん、マフィン美味しくできてるかなって」


「めっちゃ美味いぞ!ありがとな!」


「……よかった」


 もし、知ったのが私ではなく、瀬名くんだったらどうしていたのだろう。臆せずに病気のことを聞いて、きちんと話し合えていたのだろうか。


(本当になんで、私なんかが見ちゃったんだろう……)


 踏み込んでしまったことに、何度目かわからない後悔をしていると、件の人物が部室へやってきた。


「やぁ、おつかれ二人共」


「お、由希!お疲れ!学級委員大変そうだな。中学の頃から毎年やってね?」


「そうかも。他にやりたい人がいればそっちでいいんだけどね……」


「頼りにされるのも大変だなー」


 二人の会話を黙って聞きながら、時雨くんの顔色を伺う。

 綺麗な白い肌をしているため、離れているとわかりずらいが、今は具合悪そうに見えない。


「……」


 ようやく少しだけ安心していると、彼はニコッと微笑んだ。


「どしたの?美琴」


「え……ま、毎年学級委員やってるなんて、やっぱり時雨くんってすごいね」


「そんなことないと思うけどなぁ。やろうと思えば誰にでもできる仕事ばかりだし」


「そうなんだ……」


 頭の中で色々なことを考えすぎてわけがわからなくなっていると、私達のスマホが一斉に鳴った。

 文芸部のグループに久遠さんからのメッセージが入っている。


『テストに向けて勉強をしたいので、今日は先に帰ります。申し訳ありません』


 やはり追い詰められているのだろうか。思えば最近の久遠さんはあまり笑ってくれない。


「はぁ……久遠来ないのかぁ、まあ仕方ないよな。俺らはどうする?」


「俺も帰って勉強しようかな……」


「あ、じゃあ私も……」


 どちらにせよ集中できそうにはないものの、家の方が気を使わなくて済むのは確かだ。


「そっか、んーじゃあ俺もたまには頑張るかなぁ」


「冬樹がそう言うなんて珍しいね」


「なんか周りに触発された的な?」


「その調子でこれからも頑張ってくれると助かるんだけどなぁ……」


 楽しげな二人を横目で見つつ、帰宅の準備を済ませた。


 

 ――校門前で瀬名くんと別れた私達は、普段通りに帰り道を歩いていた。


「テスト上手くいきそう?」


「う、うん。時雨くんが教えてくれたおかげでどうにかなりそうだよ」


「そっか、良かった」


 あの出来事は夢だったのかと思ってしまいそうなほど、何も変わらない時雨くん。気にして引きずっているのは私だけなのだろうか。


「……」


 じっと綺麗な顔を見ていると、それに気づいた彼が困ったように笑った。


「そんなにじっと見ないでよ。照れちゃうよ?」


「……」


「み、美琴……?」


 心配しすぎだと思いこんでも、結局考えてしまうものは考えてしまう。

 こんな私に何が言えるだろう。必至に考え、言葉を紡ぎだす。


「あ、あのね……時雨くん」

 

「うん?」


「大きなお世話かも、しれないけど……苦しい時は、言ってね?私、なんでもするから」


「……なんでもするとか、簡単に言わない方がいいよ?危ないからね」


 諭すように言われ、恐れながらも真っ直ぐ見つめ返す。


「時雨くんなら、危なくない……でしょ?」


「は……?」


 本気で驚いたような表情をこちらへ向けられ、なにかまずいことを言ってしまったのかと視線を逸らした。


「それ、本気で言ってる?」


「う、うん」


「……あんな態度取られて、よくそう言えるね。おかしいとか怖いとか思わないの?」


 呆れの中に自虐が混じっていそうな笑い方をされ、胸がきゅっと苦しくなる。


「……思っ、たけど、それ以上に感謝してるから」


「気弱なくせに、変なところで図太いんだね」


 からかいや冗談ではなく、本心からそう言っていることが口調の冷たさから窺える。

 かなりグサッとはくるものの、不思議と嫌な感じは全然しない。


「……時雨くんって、もしかして結構毒舌?」


「……バレた?」


 おどけた彼は、やがて小さく微笑んだ。


「ありがと」


「……!うん!」



 許してくれるうちは片隅にいても良いだろうか。

 できることなら、苦しい時に受け止めてあげられたらと分不相応なことを思ってしまった。

 

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