第36話 君には、僕の名前と弱さがついてる
気がつくとおれは、あたたかい光の降り注ぐ白い空間にいた。
体がやけに軽い。さっきまであった不調はなにひとつない。まるで雲の上にいるようなふわふわした感覚。
「ようこそ、エリオット・フリーマン。いいえ、今はあえてアレクサンダー・ソルブライトとお呼びしましょうか」
声に振り向くと、そこには女神エテルナの姿があった。その姿を見るのは、最弱になりたいという願いを叶えてもらって以来だ。
そのときは破壊神を倒した功績を称えるために降臨してくれたが、今回はそうではないだろう。ということは――。
「おれは、死んでしまったのか?」
死そのものより、助けてくれようとしたであろう仲間の行為に応えられず力尽きてしまったことのほうがショックだ。
「いいえ。あなたのことは、今もお友達が懸命に救おうとしています。いずれ蘇ることでしょう。ですが非常に危険な状態なのも事実で、魂が一時的に肉体から離れてしまったのです。いわゆる臨死体験というものでしょうか」
「そう、か。それなら安心したよ……」
「申し訳ありません、アレクサンダー。わたくしが『破壊の種子』について、もっと正確な情報をお伝えできていれば、こんなことにはならなかったでしょうに……」
「確かに、かなり際どい冒険だった。おれとしては人生で一番の激戦で満足いくものだったが、『破壊の種子』にあそこまで知恵があるとは……。意思があるような素振りも見えたが」
「はい、仰る通りです。しかも『破壊の種子』の元は破壊神……わたくしのような神聖属性ではなく神魔属性ではあるものの、神の属性を持つ以上、聖職者への干渉能力も持ち合わせておりました」
「神父さんはそれでやられたのか……」
「見破れなかったのは、わたくしの落ち度です……。次からはこんなことがないよう、気を引き締めます。聖職者の方々にも改めて告げておきましょう」
「女神様があまりかしこまらないでくれ。ある程度でも情報がもらえただけありがたかったんだ。それに神が、みんなが思うほど万能じゃないことはもうわかってる」
「そ、そうですか?」
「なにせ破壊神は人間のおれに倒されたくらいだし、それに女神様にも、死人を生き返らせることはできないんだろう。その最初の願いを断られたから、おれは代わりに最弱になることを選んだんだ」
「そうでしたね……。実は今回は、そのことであなたの魂をこちらに招いたのですよ」
「どういうことだ?」
「あなたに会いたがっている方がいるのです」
「……まさか?」
ふと気配を感じて、背後に振り向くとそこには――。
「やあ、アレク。久しぶり」
「エリオット……?」
「うん、僕だよ。もっとも、今は君がエリオットって名乗ってるみたいだけどね」
そこにいたのは線が細く、日焼けの一切していない青白い肌の、病弱そうな少年だった。おれの唯一無二の友達だった少年だ。
かつてよく見た諦念の表情はなく、清々しい笑顔を見せてくれている。
「ずっと見守ってたよ、君の冒険のこと。始めはただ羨ましかっただけだけれど、そのうち、君が言ってたことの意味が分かったよ。なんでもできるから、どんな難事でもあっさり片付けちゃって、つまらない……って。見ててもそう思うんだ、君自身はもっとだったんだろうね」
「ああ、そうだよ。破壊神くらいは、おれを楽しませてくれると思ったのに、それも期待外れだった」
「そんなこと言えるのは世界で君ひとりだろうけどね。だからこそ、君の孤独も見ていて心苦しかった。僕が死んでなければ……って、君と一緒に冒険ができたら……って、何度思ったことか。どうせ、足手まといになってただろうけど」
「いや、きっと足手まといになんかならなかったよ。お前はおれより頭が良かったから」
エリオットは儚げに笑む。おれと同じ想像をしたのかもしれない。
なんでもできるおれと、できないはずのことを知恵で乗り切る彼と。親友同士のふたり旅。それはきっと笑いあって、たまに喧嘩して、でも脅威には手を取り合って立ち向かう、そんな充実感のある楽しい冒険の日々だったろう。
もう叶わない、失われた望みだ。
「……ありがとう、アレク」
「なんの礼だ?」
「今の君が、僕みたいな最弱の体で冒険してること。できないことばかりだからこそ、挑戦して楽しむことができる……。君はそう証明してくれた。僕の歩めなかった人生が、素晴らしいものになってたはずだと教えてくれた……。本当に、ありがとう」
「……だけど、ごめんな。おればかりが、楽しんでしまってる」
「いいんだよ。僕の名前で、僕と同じ弱さで楽しんでくれてる。まるで、一緒に冒険してるみたいな気持ちになれたんだ。僕には、それで充分だよ」
「そっか……。良かった……」
「また君に会えて、本当に良かったよ」
「おれもさ。また死にかければ、次も会えるかな?」
「あはははっ、そんな気楽に死にかけないでよ。君の友達、必死に君を助けようとしてるんだよ。いいな、世話焼きの美人なおねーさん。いいなぁ、羨ましい」
「ははっ、好みのタイプは相変わらずか。昔はよくわかんなかったけど、おれも今はすごく魅力的に思えてるよ」
「あーあ、僕も生きてたらそういうおねーさんといい感じになれたかもしれないのになぁ。そこだけは嫉妬しちゃうね」
「ふふふっ、いいだろー」
とかやって、子供の頃のように笑い合う。
そうしているうちに、おれの体は透けてきた。目の前の光景も、薄く見えづらくなっていく。
「どうやら時間のようです。アレクサンダー、あなたの肉体は蘇り、魂が戻るときがきたようです」
女神に伝えられ、おれは名残惜しくエリオットに目を向ける。
「そっか……短かったな……」
「元気でね、アレク……」
「……なあ、冗談じゃなくてさ。また死にかけたり、本当に死んでしまったりしたら、またお前に会えるのか?」
「うぅん、無理だよ。だって僕はもういなくなるから」
「いなくなる?」
「生まれ変わるんだ。ずっとそんな気になれずにいたけれど、君の冒険を見てて、僕もまた生きたくなったんだ。だから……ありがとう。これで本当にお別れだよ」
「そっか……。今回は、お別れが言えるだけマシか……」
涙がこぼれてくる。彼が死んだとき、実感がわかなくて流れてこなかった涙が、今になって溢れてきたようだった。
「泣かないで、アレク。君には、僕の名前と弱さがついてる。ずっと一緒さ。寂しくないよ」
「……そうだな」
「それに生まれ変わった僕と、どこかで会えるかもしれないんだよ。それってドキドキして、ワクワクしないかい?」
無邪気な少年の笑みに、おれも子供に戻った気持ちで笑い返す。
「ああ、ドキドキでワクワクだ。楽しみだよ」
「うん、だから……またね、アレク。いや……もうひとりの僕。エリオット」
「ああ……またな」
その言葉と共に目の前の光景は掻き消え、意識も薄らいでいった。
そして再び目を覚ましたとき――。
おれは心配そうに見つめるクレアやレベッカ――仲間たちの輪の中にいた。
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※
次回、復帰したエリオットがギルドへ向かうと、冒険者たちから歓迎されます。自己犠牲で戦った
『第37話 5Gのエリオット』は、本日13:03に公開予定です!
ご期待いただけておりましたら、ぜひ★★★評価と作品フォローいただけますようお願いいたします!
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