第25話 いいものだね、仲間って

「不良在庫って、アドバンスとかマッスルとかのポーションッスか? 一応、少しは持ってきてるッスけど」


「そう。それに君がいちいち拾い集めていたクズ魔力石もだ」


「あれを不良在庫だなんて心外ッスよ! 安くても売れるって言ってたじゃないッスか!」


 とは言っても、売るために形を整えたりするコストを考えれば、儲けなんてごくわずかだ。重くてかさばることを考慮すれば充分に不良在庫だ。


 ……とツッコミを入れたいが、そんな暇はない。


「魔力石をどう使うの?」


 冷静に、緊張感のある声でクレアが尋ねてくる。メガネがない分、真剣で鋭い目つきは殺気を放っているようで迫力がある。だがその殺気が、今は頼りになりそうで安心する。


「おれがそれで魔法を使うよ。やつに特効のはずだ」


 魔力石は魔導器を動かす他に、魔法の発動にも使用できる。魔法使いが、自身の魔力切れに備えて所持していることはよくある。


 それからおれは、短く作戦を伝えた。


 レベッカには無理をさせてしまう。クレアの役目も、失敗の許されない大役だ。なにより、おれが魔法を使えること、その魔法が効果があることのどちらも、今すぐ証明することはできない。おれがしくじれば、ふたりの命は危機にさらされるというのに。


 いわば根拠不明のおれの言葉に、命を賭けてくれと言っているようなものだ。


「いいよ、やろう」


「はい、アタシもオッケーッス!」


 なのにふたりは、即答してくれた。


 なぜ根拠もなく信じられるのか、おれが聞きたいくらいだった。


 ガーディアンが迫ってきて問うだけの時間はない。


 信じてくれたふたりを、おれもまた信じるのみだ。


 おれはレベッカから鞄にぎっしり詰まった魔力石を受け取り、それを媒介に詠唱を開始する。


 そしてレベッカは、マッスルポーションを一気飲みした。


「っしゃあッス! マッスルパワーッスよぉ!」


 レベッカは強化された筋力を武器に、ガーディアンに立ち向かう。


「うりゃりゃりゃっ、うりゃああッス!」


 素早いガーディアンの動きに、経験の少ないレベッカは対応しきれない。だが筋肉を鎧にして突き進むレベッカは、血を流しながらもガーディアンに肉薄。その腕をとっ捕まえる。


 今のレベッカは、マッスルポーションの効果で筋力:Sに届いているだろう。いかにガーディアンが強力であろうと、その拘束からは簡単には逃れられない。


「いだっ、いだだだっ! 腕がっ、筋肉が、ミシミシ言ってるッス! エリオットさぁん、早くしてくださぁい!」


 レベッカの泣き声に集中を乱されかけるが、なんとか無事に詠唱を完了。


「いいよ! 離れろ、レベッカ! セラフィック・ガイザー!」


 対・破壊神用の切り札として習得していた神聖攻撃魔法を発動。


 レベッカに足止めしてもらっていたガーディアンの足元から、強烈な光の奔流が湧き上がる。


 寸前に逃れたレベッカはその場に尻もちをつく。そして直撃したガーディアンは……。


 ア、ギ、アァア――!


 悲鳴とも異音とも言えない不思議な音を響かせながら、肉体が崩壊。塵となって崩れていく。


 その瞬間、待機していたクレアが飛び出す。無防備となったダンジョンコアに向かって。


 もしガーディアンが健在なら、ガーディアンは自身の腕を引きちぎってでもレベッカから離れ、クレアに襲いかかっていただろう。


 だが今なら――!


 ダンジョンコアは再びガーディアンを生み出そうと蠢き始める。


 それより早く、クレアがダンジョンコアにナイフを突き立てた。


 パキンッ! とガラスが割れるような音と共にコアが砕け散る。


「やった……っ」


 クレアも、レベッカも表情がゆるんだ。全滅寸前からの逆転勝利。それは緊張も解けるだろう。


 その瞬間を狙うかのように、コアの破片から寄生体が飛び出した。


「うっ!?」


 次の寄生先に選んだのか、クレアに触手を伸ばして迫る。


 こいつ、やはり人にも取り憑けるのか!


「ディバイン・シール!」


 続けざまに、おれはべつの神聖魔法を放っていた。


 対・破壊神用に用意した5つの切り札のうちのもうひとつ。もしも破壊神を倒せなかった場合に備えて用意していた、再封印のための強力な魔法だ。今ある魔力石の出力では、本来の威力にまったく届かないが、それでも並以上の効果がある。


 寄生体はクレアに取り憑く寸前に、半透明の光の球の中に封じられた。


 地面に落ちて転がったそれは、封印から出ようと何度も触手を伸ばす。しかし無駄だと悟ったのか、やがて大人しく丸くなった。まるで植物の大きな種子に、目玉がついているような形だ。


 おれはそいつを鞄の中に押し込んでおく。


「わ、わたし……危なかった……?」


「ああ、一瞬遅かったらどうなってたか……」


「ありがとう、助けてくれて」


「なに言ってるの。おれがクレアに頼んだ役割なんだから、きっちり守るのはおれの責任だよ」


「そうだとしても、ありがとう」


 クレアはメガネをかけ直して、にこりと微笑む。


 穏やかな目つきで、笑い声も出てないためか、ドキリとするほど魅力的な笑顔だった。


「あ、う、うん」


 つい目を逸らして、レベッカのほうに向ける。


「レベッカもありがとう。よくやってくれたね」


「うああ、マッスルポーションの欠陥、マジッスね~。体があっちこっち痛いッスよぉ、こんなの売れないッスよ~、マジなんでこんなの仕入れちゃったんスかねアタシ~」


 とか言いながら、安心感からかやがてレベッカは大の字に横になった。


「うへっへっへっ、でも使いどころッスねぇ~。そこんところアピールすれば売れるかもッスよねえ、いい経験したッス~」


 その笑い声に、おれもクレアも釣られて笑ってしまう。


「でもふたりとも、よくおれの言うことを信じてくれたね。おれが魔法を使えるなんて、しかもそれが効果あるなんて、根拠なんかなかったのに」


「へ? 根拠ならあったッスよ?」


 あっけらかんとレベッカは答える。


「だってエリオットさん、アタシの知らないこといっぱい知ってるじゃないッスか。そんな人ができるって言うんならできるって信じるッスよ」


「そんなことで、命を賭けてくれたの……」


「うん。わたしもレベッカちゃんと同じ。だってエリオットくん、弱いけど、いつもやるときはやるって感じだもん。信じて当たり前かなぁ」


 クレアもそう言ってくれる。


 なんだろう、すごく嬉しい。ドキドキして、すごく心が満たされてる。


 信頼されるって、こんなに嬉しいことなんだ……。


 そしておれもふたりを信じていた。互いの信頼が、今回の勝利を引き寄せたのだろうか。


 そっか。これが、仲間ってものなんだね……。


 おれは目をつむり、記憶の中の友へ語る。


 いいもんだな、仲間って。


 おれ、ひとりでなんでもできてたから、知らなかったよ。


 ひとりではできないことを力を合わせてやり遂げることが、こんなにも一体感を生んで、幸せな気持ちにさせてくれるなんてさ……。


 お前とも、こんな仲間になれたら良かったのに――。


「あ、エリオットくん、寝ちゃダメだよ。まだ魔物はいるんだし、脱出も頑張らないと」


「ははっ、寝てないよ。平気、もう少し頑張れる」


 クレアに突っつかれて、おれは立ち上がる。


 すると、ポーションを飲み干したレベッカが、倒れたままのレイフを指差す。


「ところで、この人はどうするんスか? なんかエリオットさんと仲悪そうでしたよね? 殺す……とか言ってたッスけど」


 クレアは難しい顔をした。


「放置したら他の魔物にやられちゃうね……。でも、そうしても誰もエリオットくんを責めないと思う」


 いつものブラックなジョークなのか、本気なのか分からない。クレアの基準からすれば、レイフは相当な悪人だろうから容赦の言葉が出てこないのかもしれない。


 その気持ちは分かるし、おれもハッキリ言ってレイフは嫌いなタイプだ。


「でも連れて帰ろう」


「いいの? どうせ感謝も反省もしないよ?」


「わかってる。こいつは嫌なやつさ。いるだけでみんなが迷惑してる。だけど……それが死ぬほどの罪だとはおれには思えない」


「優しすぎない?」


「そう? 正義の味方を目指すクレアなら分かってくれると思うけど」


 するとクレアは肩をすくめて小さくため息をついた。


「エリオットくんには敵わないなぁ……」


 それでクレアは納得してくれた。


「んじゃあ、一応、手当てしときましょうか~」


「あ、でもポーションとか使う必要ないからね。そこまでの義理はないから」


 その後、おれたちは気絶したままのレイフを連れて、なんとか帰還に成功した。


 とんだ大冒険になってしまったが、充実していたから良しだ。


 ただひとつ、おれが鞄に押し込んだ、破壊神と同じ臭いのする寄生体の正体だけは、ひどく気がかりだった。




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次回、教会で交信した女神によって、寄生体の正体を明らかになります。それは破壊神が死の間際に世界にばら撒いた厄災だったのです。

『第26話 破壊の種子』

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