第19話 冒険商人

「アタシに向いてるって、どんな商人なんスか!?」


「いわゆる冒険商人というやつだね」


「おお~、冒険商人! って、なんスか?」


「仕入れを業者に頼らず、ダンジョンで拾い集めてきたアイテムを売りに出すタイプの商人のことだよ。魔物素材を調合した特殊なポーションを売ったりもするかな」


「なるほど、それで冒険商人って言うんスね。確かにそれならアタシでもやれそうな気がするッス!」


 やる気になっているレベッカだが、すぐクライスが口を挟んできた。


「バカめ。ダンジョンで拾ってきただけの正体不明のアイテムが売れると思うのか」


「そこは鑑定師さんに頼めば……」


「知らんのだろうが、鑑定代はお前が思っているより高いぞ。冒険に出る経費もある。その分を引けば、儲けなどろくに出るまい。下手をすればマイナスだ。だいたい、これでは依頼も受けずにダンジョンに潜る暇な冒険者と変わらん。なにが冒険商人だ」


「うぐぅ……エリオットさぁん、そうなんスかぁ~?」


「いいや。鑑定を自分でやれるなら、話は変わってくる」


 ふん、とクライスは鼻を鳴らした。


「確かに、鑑定代がかからなければ儲けにはなる。だが前提を忘れているぞ。この愚かな娘は、ダンジョンのアイテムどころか、珍しい品とはいえ流通品の目利きさえできていなかったのだぞ」


「あうぅ……」


 しゅん、と肩を落とすレベッカであるが、おれは元気づけるべく明るく言ってやる。


「これから努力して覚えればいいさ」


「エリオットさん……」


「最初は鑑定師を頼りつつ日銭を稼ぐだけでいい。ダンジョンに潜ってると、普通に商売するより多種多様なアイテムに出会うからね。鑑定結果と照らし合わせながら勉強していくには持って来いさ。いずれは自分で鑑定できるようになるし、そしたら、また普通の店をやればいいよ」


「順序としては悪くないが、それまで生き残っていられるかの問題も――」


「やるッス! さっそく行ってみるッスよ!」


 クライスの危惧も聞こえていないらしく、レベッカは走り出そうとする。


「だ、ダメだよ」


 が、いつの間にかレベッカの背後に回っていたクレアが、首根っこを掴んで止めた。


「はうんっ、なんでッスか!?」


「未経験者がいきなりダンジョンは危ないよ。魔物もだけど、トラップもあるし……」


「ああ、クレア、それなら心配いらないよ」


 おれは自信満々に親指で自分を指した。


「おれも一緒に行くから」


「え……。心配だよ?」


 クレアの表情は苦笑で固まった。


 しかしレベッカは喜色満面の笑みを浮かべた。


「わあ、ありがたいッス! アタシには分かるッスよ、エリオットさん、相当の玄人ッスね! アイテムにめちゃくちゃ詳しいッスもん! きっとお強いんでしょうね!」


「いいや、おれなんてまだまださ。最弱なんて言われてるよ」


「いやいやご謙遜を~」


「待って、それ謙遜じゃないよね。エリオットくん、本当に能力値低くて体も弱いんだし」


「でも行くよ。そろそろダンジョンに潜りたいって思ってたんだ。いい機会だよ」


「ダメだよ、まだ無理だよ」


 クレアはそう言って首を横に振るが、おれはワクワクとした笑みがもれてしまう。


「おれ、無理って言われると、ますます燃えちゃうんだよね」


「も、もう。それならわたしも行く。ふたりとも心配だし、わたしも……装備の慣らしとかあるし、いつもと違った戦法を試してみたいし……」


「決まりッスね! じゃあ、改めて出発ッス~!」


「ああ、待って待って。しっかり準備しないと……レベッカさんの装備とか、あと一応、冒険者登録して依頼もチェックしておこう? どうせなら依頼報酬ももらえたほうがいいでしょ?」


「おお、いい考えッスね! さすがエリオットさんの彼女さん、こっちも玄人ッスね!」


「だ、だから彼女じゃないって……。本当にそうなら、デートの邪魔した時点で血祭りだよ、くくくっ」


「ひぇ……っ、な、なんか本当にすんませんでしたァー!」


 そんなおれたちを見ながら、クライスは大きくため息をついた。


「まったく度し難いな。そんなバカな娘に手を貸しても利益になどならんだろうに」


 おれは肩をすくめて、あえて微笑んでやった。


「いいじゃない。世の中、利益がすべてってわけでもないでしょう」


「なんだと」


「こっちのほうが面白い……。こっちのほうがやり甲斐がある……。そう考えて動くほうが、たとえ困難であっても、楽しいじゃないか」


「ふんっ、付き合っていられん」


 クライスは呆れたように背を向ける。だが最後に一度だけ振り返ってレベッカを見つめ、やがて市場の雑踏に消えていった。


 レベッカに思うところがあるのだろう。でも、おれが気にすることでもない。


 なぜなら、おれの頭の中には、もはや次なる冒険のことしかないからだ!


 ダンジョン! なんていい響きだろう。


 入る者を惑わす迷宮。スライムを遥かに凌ぐ魔物たち。奥底に眠るお宝アイテム。


 今のこの弱い体で挑んでこそ、スリルある冒険になる。これこそロマン。


 燃えてきた。


 今のおれがどこまでやれるのか、本当に楽しみだ。


「んじゃあ、改めて、冒険準備に出発ッス~!」


 おれたちはギルドで手頃な依頼を受けたあと、準備を整えてダンジョンへ出発したのだった。


 そう、手頃なはずだったのだ。


 だが実際に迷宮に入ったおれたちを待ち受けていたのは、予想外の冒険だったのだ。




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次回、一方その頃、レイフはエリオットに恨みを抱き、彼を探して冒険者ギルドを訪れます。そこで彼は、エリオットの影響を受け、自分への態度を変えた冒険者たちに出くわすのです。

『第20話 番外編② 復讐心を抱く者』

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