第九話「転生者たちの戦場と、始まりの図書館」


 フェサリアたちが目指すのは、遥か南、神託の聖地〈リベラトス〉の地下に封印されたという“始まりの図書館”――通称原初の書架


「そこには、この世界が創られた最初の魔道書が眠っている。

 もしそれを手にできれば、物語を書き換える力の源が解るはずよ」


 フェサリアの言葉に、シェリルがそっと手を重ねた。


「私は、あの時みたいに……誰かに選ばれるのを待っているだけの聖女じゃない。

 今度こそ、私の意思で歩く」


「私も行くわ。今更逃げたりなんて、できるわけないじゃない」


 クラウディアも鋭い眼差しで頷く。

 イリーナが静かに剣を撫でながら呟いた。


「“書き換えられた物語”……それを断ち切るために、私もこの剣を使う」


 こうして、モブ皇女を中心に結ばれた“脱線者たち”は、新たな旅へと出発した。


Ⅱ.“神の落とし子”の門番


 《原初の書架》は聖地リベラトスの地底深く、七つの封印によって閉ざされていた。

 一行がたどり着いたのは、第一の忘却の階。そこには――


「久しいな、フェサリア殿下。……いえ、“もう一人の転生者”と呼ぶべきかな?」


 その声は、かつて帝国の監察官だった男、ゼイファルト・エンフィールド。

 だが彼の瞳は、常人のそれではなかった。魔眼と共に、言語が乱れ混じっている。


「貴様もリーナに“書き換えられた”の?」


「否。“迎え入れられた”のだよ。物語を超えた存在に、な」


 ゼイファルトは自らを《神の落とし子》と名乗り、世界の“構成コード”に触れし者と化していた。


「この先へ行かせるわけにはいかぬ。物語の根を暴けば、世界が崩れる」


「それでも、進む。物語を守るために、私たちは真実を知る必要がある!」


 フェサリアは雷撃を放ち、ゼイファルトと激突した。



 激しい魔力の応酬の中、クラウディアが神術で補助を施し、イリーナが剣で一撃を入れる。

 シェリルは祈りを紡ぎ、彼女だけに許された“魂の浄化術式”を発動した。


 ゼイファルトの身体に宿っていた“異界の構文”が解け、彼はようやく人間に戻った。


「……我は、いったい……?」


「あなたもまた、操られていただけよ。大丈夫、もう自由よ」


 フェサリアの空間魔法で“記憶の軌跡”を再構築し、ゼイファルトの自我を救い上げた。



 第一の封印を越えた彼女たちの前に、純白の階段が現れる。

 その先に見えたのは、天空を逆さまに映したような無限回廊――


《原初の書架》――それは、文字そのものが浮遊し、意識に語りかけてくる空間だった。


 最奥に据えられていたのは、装丁のない一冊の書。

 その表紙にはこう記されていた。



『異界群論:全転生者記録』



「これは……この世界に干渉した、全ての“転生者”の履歴……?」


 フェサリアは息を呑み、ページを開く。

 そこには、“リーナ・カグヤ”の本名、出身世界、そして――“物語への改変ログ”がすべて記されていた。


「まさか……ここまで歪められていたなんて……」


 さらにその下に、別の名が現れる。



『フェサリア・ローズ・アルメリア(記録番号:0)』



「え……私……? 記録番号“0”って……」


 全ての転生者の中で、最初にこの世界に呼ばれた存在。

 “物語の核”として、この世界そのものを“開始”させた者――


 それが、フェサリアだった。



「じゃあ私……この世界の“起動者イニシエーター”……?」


 困惑するフェサリアに、シェリルが手を取る。


「違うよ。あなたは“選んだ”んじゃない。

 でも今、私たちはあなたと一緒に“選んでいる”の。未来を」


 イリーナが笑みを浮かべる。


「つまり、ここからが本当の“物語”ってわけね。脚本家不在の――私たちの物語」


 クラウディアがページを閉じた。


「なら、次に向かうべきは明白だわ。“リーナ・カグヤ”と再び向き合う時」


 彼女たちの旅は、いよいよ最終章へと突入する。

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