第27話 青春という名の時期

「あらら。田所くん、盛大にやったわねー。」

スポーツによくある怪我人の救護に忙しい保健医の先生が豪快に笑う。

「名誉の負傷っす。ピースピース。」

ピースサインを両手で作りながら、春近は改めて肩を貸してくれた二人に礼を言う。

「わざわざありがとうな。二人とも。」

手当を受ける春近を世は心配そうに見ていた。夏生は軽い捻挫だということ聞いて、先ほどの一年生に伝えに行くと席を外した。

「あれは避けれたわ。かっこ悪かったな、俺。」

「そんなことない。」

恥ずかしそうに頬を人指し指でかく春近に、世は断言する。

「めちゃくちゃ格好良かったよ。」

「えーと…、そう?」

意表を突かれたように、春近は目を丸くした。

「うん。」

「やだー、世ったら。…惚れ直した?」

「見直した。」

春近の照れ隠しも今日は何だか、聞き逃せる。

「俺、今日はもうサッカーできそうにないから、応援に徹することにするよ。」

競技を継続できないことだけが残念だと春近は言った。

「応援団の応援をする、シュールな絵面になるだろうな。」

それもいっか、と笑う春近を見て、世もやっと心配から解放されて微笑んだ。その刹那、窓から風が流れ込み、世の髪の毛をふわりと膨らませた。

「髪の毛、せっかく結ってたのに解けちゃってんじゃん。」

「あ、そうだね。」

世は髪の毛先を一房手に取って、ようやく気が付いた。

「ヘアゴムの替えはポーチにあるから、大丈夫だよ。」

「ふーん、そっか。なら良いけど。」

「私、今、教室に戻ってちゃちゃっと結ってくるね。」

そう言って、世は席を外す。

「いってらー。」

ひらひらと手を振る春近に見送られて、保健室を出た。廊下の曲がり角を行こうとした瞬間、夏生と鉢合わせた。

「あ、どっか行くとこ?」

「うん。ヘアゴムを取りに教室まで。」

苦笑する世を見下ろして、ふむ、と夏生は頷く。

「確かに結んどかないと、邪魔になるよな。」

「そうなの。編み込みは自分でできないから、ただのポニーテールになるけど。」

朝は母親に結ってもらったんだ、と世は言う。

「自分で出来る子もいるんだけど、私、不器用なんだよねー。」

「…俺、編み込みなら結えるけど。」

夏生のまさかの申し出に、世は目を瞬かせる。

「そうなの?」

「うん。妹がいるから、よく手伝わされる。」

「じゃあ、じゃあ編み込みにしてくれる?」

「いいよ。卓球の試合までまだ時間あるから、今から教室に行こっか。」

思いがけずうまいこと話がまとまり、二人は連れ立って教室に向かって廊下を歩き出した。

校舎は静かで、その分、体育館やグランド。多目的教室に人気が集中していた。時々、賑やかな歓声や勝敗を決めるホイッスルの甲高い音が聞こえてくる。

二年三組の札が掛かる教室に着くと、世は自分のポーチからヘアゴムを取り出した。前の席に座る夏生に手渡して、世は彼に背中を向けて椅子に座った。

「痛かったら、言って。」

夏生が世の髪の毛に触れる。世の髪の毛は細く、柔らかかった。まるで子猫のようだと夏生は思う。

「…。」

夏生の優しい手つきに、世の背筋がぞくり粟立つようだった。好きな人に髪の毛を触れられるという行為が、こんなにも蜜に相手の存在を感じるものだとは思わなかった。時々、ピクリと肩が震えてしまう。

「くすぐったい?」

まさか意識しているとも言えずに、世は夏生の言葉に甘えて頷いた。

「…少し。」

「ごめん。痛いかよりは我慢して。」

教室の窓から光が差して、世の琥珀色の髪を淡い金色に染める。明るくなった髪の毛の一房、一房を夏生の長く無骨な指が梳く。

世はシャンプーの銘柄の香りを記憶で確認したり、汗臭くないかな、などと内心で心配した。

「俯かないで。前を向いていて。」

いつの間にか下を見ていた世は、夏生の指摘に見据えるように前を向く。白い太陽の光に染まる教室の空気に、キラキラと輝く埃が舞っていた。

なんて美しい、私の青春。

この光景を、一生忘れないだろうと世は確信を以て思った。

二年三組は全校で4位という成績を残し、球技大会は幕を下ろした。微妙だね、などと言い合いながらも、クラスメイトたちは互いの健闘をたたえ合った。


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