第16話 マイノリティ
居残る世を女子に任せ、夏生と春近は家路につくことになった。今日は好きなバンドの特集を組んだという雑誌を購入したいという春近のために、駅前の大型書店で立ち寄ることにした。
「じゃあ、レジ行ってくる!」
目当ての雑誌を手に、ほくほく顔の春近がレジの列に並びに行く。
「俺、ここら辺で待ってるから。」
そう言って別れ、夏生は話題の本を特集した書棚のコーナーに向かった。
適当に目に付いた本を手に取って、パラパラとページをめくる。何冊かを読み流し、ふと視線が合った平積みされた表紙には有名な俳優の横顔が写されていた。それはエッセイで、自身の半生を綴ったものだった。
たしかその俳優は、自らの性思考を同性愛だとカミングアウトして話題になっていた。
「…。」
「おまたせー。何、見てんの?」
本を手に取りかけて、背後から春近に声をかけられる。夏生の心臓が大きく跳ねた。
「別に、」
「あ、その俳優知ってる。本出してたんだ。」
横に立った春近が、その本の表紙をめくり始める。
「ふーん。自伝ってヤツ?」
「…そうだな。」
自分のことを書かれているわけではないのに、妙に居心地が悪かった。
「この人、同性愛者だったんだ。」
その話題に該当するページを開いたのだろう、春近は何でもなく言う。
「今ってさ、多様性っていうのかな。こういうの話せる機会があっていいよな。」
パタンと表紙を閉じて、本を元あったところに春近は戻す。そして「行こうぜ」と言って書店の出入り口に向かって歩き出した。夏生も慌てて、その背中を追う。
「マイノリティって言うけど意外とさー、多いのかも知れないよね。」
追いついた夏生に、春近は言葉を続けた。
「…同性愛者が?」
「ていうか、それ以外にも人間の性って不思議だ。」
春近は駅前で交差する人の流れに思いを馳せているのか、僅かに目を細めた。
「何だろ、子孫を残さなきゃって本能に勝る愛ってすげーって思う。」
行き交う人々の数だけ、愛する形があるのだと春近は言った。
「…ふーん。」
夏生は自らのことが認められて気がして、胸の奥にじわりと優しい温度が広がるのを感じた。だからだろうか、いつもならしない冒険をした。
「チカは、男に告白されたらどうする?」
夏生の問いに春近は目をぱちぱちと瞬かせ、そして。
「俺?俺は無理だなあ。」
春近は頬を人指し指でかきながら答える。
「…そっか。」
鉛を飲み込んだかのように、胸が苦しくなった。
わかっていたことなのに。知っていたはずなのに。
「うんー。好きなヤツ、いるしさ。」
そっと春近の横顔を見ると、その頬は朱に染まっていた。それは夕日の色ではないのだろう。前を見る視線の色には、きらりと光る金色が滲んでいた。
ー…好きな人がいるから、その好意に応えられない。
春近の言葉は軽いようで、誠実な面を孕んでいる。彼は同性愛者だから告白を断るのではなく、人として振るのだ。
その意味が夏生の心を軽くした。
「お前、良い奴だよな…。」
「お。今更、気付いたか?」
夏生の言葉に春近は胸を張って、ご満悦だ。
「いいこ、いいこ。」
すぐにからかいたくなって、夏生は春近の頭を大型犬にするようにわしゃわしゃと撫でた。
「子ども扱い!?」
春近は望む反応を返して、そして笑ってくれる。彼の隣が居心地の良い理由の一つだった。
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