011. 風
「そういえば私の髪整えてくれたのってベント君だよね。ありがとう」
「いや、そもそも俺の為に髪を切らせたみたいだったしこれくらいはね。違和感とかないか?」
俺たちは今、王都に向かって春真っ盛りの長閑な平原を歩いている途中だった。
フェルは先程吹いた少し強めの風に揺られた髪を抑えていたからそれで思い出したのだろう
「全然全く!いつもは伸びて来たと思ったら腰くらいでばっさり切ってたから勝手に揃ってたんだけど、今回は頸で切ったから一回で切れなくてね。こんな綺麗に切って貰えるなら最初から頼んでおけばよかったよ」
「それなら、次からは俺が切るよ」
「ふふ、そうだねぇ」
フェルの声に何か含みがある様に感じて顔を見れば、彼女は子供の成長を喜ぶ親みたいな表情をしていた。
「……何でそんな顔になってるんだよ」
「気にしなくて良いよ〜。そうだ、それで整えた時に落ちた私の髪って残ってる?」
「あぁ、忘れてたけど取ってある。今出すからちょっと待ってくれ」
フェルが髪を魔法の触媒に使うのは見ていたから一応残しておいたが、如何やら残しといて良かった様だ。
単に話題を逸らされただけの気もするが、渡す物を忘れていたのは変わらないのでそのまま背嚢を漁り目的の物を取り出す。
「はいこれ。取り残しなく取ってある」
「ありがと〜。さて、それじゃこれもチョチョっと加工しちゃうから少し待っててね」
「もう魔力は大丈夫なのか?」
フェルは首肯で回答を示すと杖の時と同じ様に此方から視線を外し掌の物に意識を集中させ、それを見て俺も前回と同じくらい距離を取る。
そして此れも前回と同様に俺が適切な距離まで離れると掌の上にあった物はそっと宙に浮く。
今回は特に歌わないようでそのまま素材が変化していく。
それは離れた場所からだと仔細に見えないサイズまで小さくなりフェルの掌へ戻る。
「完成?」
「うーん、物としてはこれで良いんだけどこれを如何するか悩んでてね。ベント君は指輪とイヤリングならどっちがいい?」
フェルの側に移動し変化後の物を見せて貰うと、単に素材へ変換しただけというような小粒の石になっていた。
ここから装飾品に加工するなら少しサイズが小さくなるだろうし、そうなるとイヤリングにするには少し大きさが足りない気がする。
「俺は指輪かな」
「それなら指輪にしようか。すぐ完成させちゃうからもうちょっと待ってね」
フェルはそういうと空間に腕を入れガサゴソと何かを探し始める。
多分空間魔法で保存している物を手探りで探しているのだろうが、今まで予備動作なしで物を出していた姿しか見た事がなかったからそんな使い方も出来るとは知らなかった。
目的のものはすぐ見つかった様で、抜いた手には金属が握られていた。
フェルは持っていた石の方を宙に放り投げるとチュンッと音が何度か鳴り、掌に落ちて来た時には4つの双四角錐の形に切り出されていた。
そのまま切り出した石を1つ見物していたかと思うと、反対の手に乗せてあった金属塊から程よい量の金属が別れ、形が流れる様に変わっていきリングと台座が出来上がる。
最後に表面を綺麗に整え台座に石を嵌める。
「完成か」
「うん、完成。此れもベント君にあげるね」
「いいのか?」
「勿論。その為に作ったんだから貰ってもらわないと悲しいなぁ」
「そういう事なら、ありがとう」
フェルから指輪を受け取り、右手の中指に嵌める。
銀のリングに、日の光を反射し輝く十字に拵えられた翡翠色の石。
シンプルなデザインでとても綺麗だ
「その指輪、一昨日造った杖程じゃないけどそこら辺で売ってる杖よりは性能がいいからちょっとした魔法を使うのに便利だよ」
「そうなのか?て事はこの石は魔法石だったのか。このサイズの石でもやっぱり透明度が高い方が性能が高いんだな」
「うーん、それがそういう訳でもないんだなぁ。それじゃ、今日は魔法の講義の前に杖の仕組みから教えようか」
「よろしく頼む。どれ、それならサッサと出発するか」
少し長めに止まってしまっていたが、まだ日は高い。この平原は日が落ちてから野営の準備をしても全然間に合うらしいから、日が暮れる迄暫く練習出来そうだ。
俺は漸く魔法が使えるかもしれないとワクワクしながら歩みを再開する。
「さて、先ずは杖についてから説明しようか。私たち魔法使いが杖と呼ぶ場合、それは魔法発動の補助道具全てを指すんだ。だからベント君にあげたその指輪も、私が着けてるこの髪飾りも、全部杖って事。では、何を以って杖と呼ぶのかって話になるんだけど、何だと思う?」
「魔法石が付いているか否か、だな」
「残念、50点!」
目の前を歩きながら講義してくれていたフェルが、予想通りという笑顔で振り返る。
「魔法石が付いているかで杖になるか決まるなら、魔法石単体は杖と呼ぶのかな?」
「……確かに」
「という訳で、魔法石が付いてるだけでは杖とは呼ばないんだよね」
つまり、俺が今まで杖と言って使っていたのは魔法使い的には魔法石が付いた木の棒だったという事か。
「それならば何を以って杖とするのか。それは杖に魔法回路が刻まれているかどうかなんだ。」
「魔法回路?」
「魔法回路って云うのは、魔法石が持つ魔力回路と人が持つ魔力回路を繋ぐ為の道みたいなものだよ。あ、魔力回路は分かる?」
「いや、初耳だ」
「魔力回路っていうのは魔力が流れる川みたいなもので、その量が多い程高度な魔法が使えると言われてる。また魔力回路は人によって千差万別で、同じ魔力回路を持つ人はいないとまで言われていて、魔法石にも同じ事が言えるんだ。そして、魔法石が持つ魔力回路は人のそれとは比べものにならない程複雑で高度な回路でね。魔法石と人、違う魔力回路を持つモノ同士を繋ぎ1つの魔力回路とする事で、本来は人が扱えない魔法を使えるようにするのが杖なんだ」
つまり、人はそれぞれ魔力回路を持っているがそれだけだと回路が足りなくて魔法が使えないから、人よりも優秀な魔力回路を持つ魔法石を使いたいけど、そのままだと使えないから間を繋ぐものが欲しい。
だから、それらを兼ね備えたものが杖と呼ばれるという事か。
「あぁ、だから俺は魔法が使えなかったのか」
「そういう事、って言いたいんだけど実は君微妙に魔法使えてたんだよね」
「俺、微妙でも魔法使えてたんだ……。まぁ、魔法石の回路と繋がらないと高度な魔法が使えないってだけで簡単な魔法なら使えるのか」
「まぁそういう事だね。そして、君に渡した2本の杖は既に君専用に回路を刻んである。指輪は魔法石の魔力回路から君専用の回路だ。元々使えていたんだから、これを使えばすぐにでも魔法を使えるようになる筈だよ。という訳で早速指輪に魔力を通してみようか」
フェルに促され指輪に魔力を通してみると、俺が今まで使っていたものとは比にならない程滑らかに魔力が通る。
「良いね、そのまま魔力を増やしてみて」
言われた通り魔力を増やしていくと周囲の風が渦巻き始める。
「うん、それが魔法だよ。君は風魔法の適正が高いんだね」
フェルの声が、どこか遠くで響いている
「ベント君?大丈夫かい?」
風が強くなっていく
「ベント君、一旦魔力を止めようか」
俺は、この風を知っている
遠い昔、忘れた過去から吹いてくる懐かしい風
この風は、あの時の――
――パァンッ!
「ベント!目を覚ましなさい!」
頬に走った痛みで、意識が戻る。
それと同時に周囲で暴れていた風が何事もなかったかのように霧散し消えていく。
後には吹き荒れた風に弄ばれ見る影もなく荒れ果てた創だらけの大地だけが残っていた。
「これは、俺が……」
「ごめん、私が油断した所為でこんな事になってしまって……怪我はない?」
「あ、あぁ、大丈夫。それよりも、これは如何いう事なんだ?俺はどうしてこんな、」
「初めて魔力を使う子は、稀に自分の魔力に呑まれて暴走する事があるんだ。君は魔力を使えていたから問題はないと思っていたけど、どうやらちゃんと魔力回路が開いていなかったみたいだね。教導する立場でありながらこんな事になってしまって本当にごめんなさい」
フェルに頭を下げられる。
だけどこれは、如何しようもなかった事だろう。幸い周りには俺たち以外誰も居らず、俺たち2人にも怪我はなさそうだ。
「俺は大丈夫だから、頭を上げてくれ。強いて言えば誰にも師事せずに無理に魔力を使っていた俺が悪いんだから、フェルは気にするな」
「それは関係ない!私が気を付けていれば起こらなかった事なんだから悪いのは私なの!」
「なら、2人揃って悪かったって事でこの話は終わりだな。それじゃ気を取り直して進もうか」
例えフェルが気を付けていたら防げたとして、それならばそもそも俺ももっと慎重になっていれば違和感を感じた瞬間に止まる事も出来たのだ。
ならばフェルだけ責めるのは間違ってる。
……後は単純に身近な人のそんな顔はもう見たくない
「ほら、サッサと行くぞ。まだ罪悪感を感じてるならそうだなぁ、これからはさっきみたいにベントって呼び捨てにしてくれ」
「全く君は……分かったよ、ベント」
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