第14話 「リアム視点~桃色の光・前編~」

 愛が知りたかった――今まで味わった事が無かったから。


 愛されるって……どんな気持ちになるんだろうか?


 僕も、知りたい。




◇◇◇◇




 僕が2歳の時の事、母に連れられて辿り着いた場所は――隣国の立派なお屋敷だった。


 そこは本当に広くて、豪華で……今まで僕達が住んでいた狭いあばら屋とはあまりにも大違いだった。とてもワクワクしたのを覚えている。


 身寄りのなかった母は、隣国の繁華街で踊り子をしながら、たった一人で生きていた。


 母一人だけなら……それなりに生きていける収入だったと思う。でも僕を身籠り、働けなくなった母は貧しい生活を余儀なくされた。


 まともなご飯も食べれておらず、たった一人で僕を生んだ母は産後の肥立ちがとても悪くて……体を壊してしまった。


 そんなある日、母は偶然にも――僕の父が隣国にいると知ってしまった。きっと、悪気は無かったんだと思う。生きるために必死になっていただけ。


 相手が公爵様だなんて……ましてや既に奥様と子供がいる立場だなんて、知らなかったんだと思う。


 それが全ての始まりだった。






◇◇◇◇





「このっ……悪魔! 汚らわしい、早く出ていきなさい!」


「……っ! う、うわぁあぁあん!」


 バチンと頬に当たる扇子。鋭い痛みが走る。でもどんなに泣き叫んだって……誰も助けてはくれなかった。全ては僕達が悪いのだと、周りの目が言っている。


 屋敷に来てから、もう随分と経った。


 公爵家の人間達は、僕の真っ赤な目を見てこの家の子供だと認めざるを得なかった。初めて見た父親も、兄も……僕と同じ真っ赤な目をしていたから。


 その瞳が“深紅の宝石眼”と呼ばれる公爵家の証だと知ったのは、かなり後になってからだった。


 だって、瞳以外は――あまりにも違い過ぎたから。


 僕と母の髪色は、この国では珍しい黒色だった。それを見た奥様はよく僕の事を“悪魔の子供”だと罵った。屋敷の使用人達も、皆……僕の事を異物を見るような目で冷たく睨むだけだった。


 僕だって今すぐにでも出て行きたかった。


 でも母さんが倒れてしまったから……我慢するしかない。


 母さんにも会わせて貰えず、ただ毎日……罵詈雑言と体罰を浴びせられる日々。僕の心も身体も――いつしかボロボロになっていった。


 人の口に戸は立てられぬようで、どこかから漏れた僕の存在……公爵夫妻は社交の場に僕も連れて行くしかなくなった。


 でもお屋敷ですら受け入れて貰えない僕が、外の人達に温かく迎えて貰える訳が無かった。ただ、痛みと心の傷が増えるだけ。突き飛ばされることも、罵られることも、石を投げられることも……全部が僕の“日常”でしかない。


 ボロボロになって帰ってくる僕を見て、屋敷の人間は眉をしかめ「また洗濯の手間を増やして」と吐き捨てた。


「ごめんなさい」


 僕はいつも、謝っていた。


 本当は『何』が悪いのかも分からず。ただ、謝っていた。


 ……僕が生まれたから?


 このお屋敷に来てしまったから?


 そのせいで皆に迷惑をかけてしまっているからなの?


 何も、分からなかった。


 もう随分……お母さんにも会えてない。


 会いたいよお母さん、今すぐ迎えに来てよ。もうこんな所は嫌だ。


 皆して僕の事を『悪魔』とか『紛い物』とか『愚図』とか……そうやって呼ぶの。僕は『リアム』なのにね。

 

 名前を呼ばれたい……抱き締めて欲しい。叩くんじゃなくて、優しく頭を撫でて欲しい。それだけで良いから。贅沢なご飯も、上等なお洋服も、全部全部いらないから。


 人の温もりが欲しかった。


 ……いつしか僕は隠れて泣くのが癖になった。


 



◇◇◇◇




 ある日、とうとう耐えられなくなった僕は……こっそり夜中に抜け出してお母さんに会いに行った。


 誰にも見つからないように、でもようやくお母さんに会えるって――ドキドキしながらお部屋に向かった。


 そこは豪華だけれど、とても寂しく、冷たく感じる離れのお家。ちょっとだけ、怖かった。それでもお母さんに会えるってだけで頑張れた。僕の顔を見たら……お母さんはきっと喜んでくれる。そしたら早く元気になって、一緒にこのお家から出られるはずだから。


 背伸びしながら、ドアノブに手を伸ばしていた時だった。中から聞こえる、久しぶりのお母さんの声。


「私が、私があの子さえ……リアムさえ生まなければ! そうすれば――」


「!」


 その続きが聞きたくなくて……僕はしゃがんで耳を塞いだ。そのまま、部屋までずっと泣きながら耳を塞いで走った。


 お母さんも……僕の事が嫌いなの?


 全部……僕が悪い子だから?


 もう、嫌だ。


 どうして僕は……皆に嫌われているの?


 苦しくて、悲しくて、息が出来ないよ……ねぇ、誰か助けて。


 光なんて、どこにもなかった。


 その日から一度も、お母さんには会っていない。





◇◇◇◇




 その日も、いつもと同じ“日常”を過ごしている時だった――ボンヤリとした僕の視界に、キラキラと光るピンク色が飛び込む。


「もー! 弱いものいじめなんてカッコ悪いわよ!」


 僕と同じくらいの背丈の、女の子だった。


 小さな両手を広げ、背中で僕を庇うように立つその姿は――太陽に照らされて……あまりにも眩しくて、良く見えなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る