第3話 「眩しすぎて隣に立てません!? お忍びデート大作戦」

 私が目の前のハートをジーッと見つめていると、そのハートはプルプルと震えはじめた。


 ……うわ、何か水みたいなものが表面から出てきた!? なんだか少し、気持ち悪い。


 これって、もしかして――汗をかいてる?


「と、言うわけで。お受けすると言う事で良いな? シェリルよ」


「えっと、何の事ですか? すみません、聞いてませんでした」


 困ったわ。目の前の巨大ハートに気を取られて、全然お父様達の会話が記憶に無い……不覚。


「全くお前は……最近どうしてしまったと言うんだ。アシュレイ殿との『婚約』の話だよ」


「こん、や?……嫌です」


「何っ!?」


「えぇっ、何故でしょうかシェリル嬢!?」


 ハート人間(アシュレイ)様が立ち上がりました。それだけでもう普通に怖いです。ますます大きく見えますし。


 さて、なんて断ろうかしら?


 だって、私の目にうつる公爵様は……とても失礼なのは承知なのですが、“人かモンスターか”の『狭間』にいらっしゃるようなので。


 お父様は完全にギラギラハートになっているし、この婚約を進めるつもりなのでしょう。それでも私は嫌です。絶対に。


 少なくともアシュレイ様から今のところ『敵意』は見えない。でも人間なんてどう変わるか分かりません。しかもそれ以前に、このお方と――どうやってこの『巨大ハートさん』と生活しろと……?


 その時、私に知恵の神が降りてきました!


 そうだ、この手があった。嘘もつかず、円満に済む最終奥義。


「すみません……私、公爵様のことをよく知らないの――」


「なるほど、じゃあデートしましょう! お互いを知ればいい。お忍びで街に行きましょう! 折角ならこれから行きましょう!」


 く、食い気味で来た。


 めちゃくちゃハート強いな。この人。いや、この大きさなら納得だけども。


「いや……その、急にって言われても。公爵様はとても良く目立つ(物理的に)と言いますか」


「アシュレイです」


「はい?」


「私の事は『公爵様』ではなく『アシュレイ』と呼んでください。シェリル嬢」


「えっと……アシュレイ様?」


「そうです! 確かに、今日はシェリル嬢との顔合わせだったので、格好いい姿を見て欲しくて……つい、少し派手で目立つ服装で来てしまいました」


「いや、あの……そう言う意味じゃ」


 流石の私も「いいえ、目立っているのは服ではなく貴方様ご自身です」とは言えませんでした。


「では後日、お互いに目立たない格好でお忍びデートをする事にしましょう! とても楽しみです」


「いや、あの、待っ――」


「では、詳しい日程はまた手紙を出しますね! 見送りは結構です、ありがとうございました」


 ええ……この人、全然お話を聞いてない!


 しかもなんか、ルンルンで出て行かれました!


 どうしましょう……完全に断るタイミングを逃してしまったどころか、あの巨大ハートさんと、何故かデートする事になってしまったわ!

 

「シェリル。公爵家からの誘いだ、絶対に断るんじゃないぞ? わかってるな?」


「うっ……はい。お父様」


 釘まで刺されてしまったし、もう……逃げられないのね。


 どうしてこんなことに……!




◇◇◇◇



 昨日、公爵様は帰ったその日に、早速手紙を送ってきた。しかも次の日にデートだそうで。


 あの、後日って……なんですか?


 もしかして、翌日と同じ意味なんでしょうか?


 そう。つまりは今日。私は今、街にいます。


 ……いくらなんでも、早すぎませんか?


 私、まだ心の準備とか出来てないんですが。


 公爵様のお手紙には、こんな事も書かれていた。


『親愛なるシェリル嬢。私は当日、どう見ても庶民にしか見えない服装で行きます。絶対に見付けられないでしょう。なので待ち合わせ場所についたら、私から声をかけますね! 驚いた貴方の顔を見るのが楽しみです。PS.勿論デートが一番楽しみですが アシュレイ』


 いやまぁ、確かに。普通なら街に溶け込めるんでしょうとも。でも、残念ながら――


「いや、めちゃくちゃ目立ってます……!」


 居ました。待ち合わせ場所に辿り着く少し前から見えました。絶対にあれです。間違いありません。


 何かでっかいハートがいます!


 しかもやっぱりキラキラと光ってます!


 これ……帰っちゃダメですか?


「あ! シェリル……んん、シェリー!」


 なんであの人、この少し離れた距離から私が来たことが分かるんですか……! 


 助けてください……こ、怖いです、エルテナ様ー!


 ブンブンと手を振る大きなハートが、私に近付いてくる。遠近法って……なんですかね?


 うわ。どんどん大きくなりますね?


「良かった。ね? 私が必ず見付けると言ったでしょう?」


「いえ……多分私が早かったですよ。公爵様、めちゃくちゃ目立ってましたもん(物理的に)。とても輝いていらっしゃったので、すぐに分かりました」


「えぇっ、シェリーは私が(格好いいから)輝いて見えたんですか!?」


「はい。公爵様、めちゃくちゃ輝いてました。冗談じゃありません、本当です」


「そ、それは嬉しいですが」


 嬉しいんですか!?


 いま公爵様、輝いて見えたのが嬉しいって言いましたか!?


 いや違う。多分私達、大きくすれ違っちゃってるわ。とても悲しいことに。


「ところでシェリー、今日は折角のお忍びデートなんです。是非私の事はアッシュと」


「……分かりました。アッシュ様」


「様はいりませんが……ありがとうございます。では行きましょうか!」


――ブォン!


 ひぃ! とても大きなハートが、輝きながら勢い良く回転してる!


 しかも――なんだか重い、当たったら死ぬ音がしてたわ!


 私の予想通り、このハート……めちゃくちゃ重いです!


 これ、私とアシュレイ様の身長的に当たらないとは言え、隣を歩くの本当に怖すぎるんですが!


 アシュレイ様が屈んだり躓こう物なら、今日が私の命日になっちゃう!


 仕方なく私は、少しずつ距離を離すことにした。


 私がじわじわと距離を取っている事に、すぐに気が付いたアシュレイ様でしたが、「緊張して話せないので」と言うと、引き下がってくれました。



◇◇◇◇ 



 人通りの少し多い街を、私とアシュレイ様は……一応横並びではありますが、少し離れて歩いています。



シェリル(3m先)


「あの……まだ、近いですね」


アシュレイ様(涙目)


「えぇ!? これで近いなら、私はどこにいれば……?」


「本当にすみません、もう少し離れていただけますか?」


「えっ……わ、分かりました」


(8m先)


「あの、シェリーーーーーー! これ、私の声聞こえてますかーーーー!?」


「えーー? なんですかーーーー?」


 大きなハートが、何かを叫んでいるけれど、何を言ってるのか……わかりません。


 今更気が付いたけれど、これ……もしかして凄く目立ってるからしら?


「おい。あいつら何やってんだ? 最近の若者の流行りか何かか?」


「なぁに。あれ? おかしいわよ」


「新しい遊びかしらね? 彼、凄くイケメンなのに……勿体ないわ」


「ままー。何か変なひ――」


「こら! 見ちゃいけません!」


 あぁ! 街の人の声が聞こえてきた。めちゃくちゃ恥ずかしい……やっぱり、怖くても隣を歩く事にします。



◇◇◇◇



 私が近くに行くと、アシュレイ様のハートが水色になっていて、なんだかプルプル震えていた。


 いや……なんですかこれ。もしかして、しょんぼりしてます!?


 わ、私が遠くに行ったから……?


 新しいタイプのハートに戸惑っていると、アシュレイ様が口を開いた。


「あの、さっきの……デートどころか、他人かすら怪しい距離ですよね……結局何も出来てないし。シェリーは私のこと、そんなにお嫌いなんですか?」


 しょんぼりだったわ! 多分『傷付いてる・悲しい』のブルーなんですね! 


 えぇ、どうしましょう!?


 慌てて私は返す。


「いや、嫌いじゃなくて……ただ、アッシュ様がその、あまりにも眩しすぎて(物理的に)、光り輝いて見えるので(物理的に)、あと、とても大きいから(物r)ドキドキしてしまって……隣を歩くのが怖くなっちゃいました。傷付けてしまって、ごめんなさい」


「え! 私があまりにも(格好いいから)眩しくて、ドキドキして隣を歩けない……!? つまり、それって私のこと……?」


「え、うわっ!? 眩しっ!  なんで!?」


 その瞬間、初めましての時以上の発光が私を襲う。恐らく、絶対に違う意味で捉えられてる気がしますけど「公爵様はずっと物理的に光ってます」なんてどう説明すれば良いんですか!


「嬉しいですシェリー。じゃあ次は、シェリーがドキドキして離れても会話出来るように、糸電話を作って持ってきます! それならまたデート出来ますよね!」


 ……何を言ってるの、この人は?


 そんなの、めちゃくちゃ目立つ上に通行人の方が誰も通れませんよ?


「いや、それ……お忍びにならないんじゃ……?」


「あ! そうでした……じゃあやっぱりシェリーには、私と居ることに少しずつ慣れて貰うしかありません。慣れるためにも、またデートしましょうね!」


 いやもう……どこから突っ込めば良いのか分からない。あぁ神様、女神様、親愛なるエルテナ様。誰でも良いので、本当に助けてください!


 さっきまでブルーだったハートは、まるで嘘だったかのように、ピカピカと鮮やかに輝いていた。

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