第1話「照れてるんだな!」

朝。

カーテン越しに、やわらかな光が差し込む。

窓の外ではスズメたちがちゅんちゅん鳴いていて、空気は少しだけひんやりしている。


ぼくは、丸くなったまま鼻をふんす、と鳴らした。

陽の光が、ふわふわの腹毛をそっと撫でていく。

それが心地よくて、ついもう一度、ふんす、と鳴いた。


カサリ、と音がした。


「……起きろ。メシはそこにある」


無愛想な声と、カリカリが皿に落ちる音。

このふたつが、ぼくの一日を始める合図だ。


振り返ると、今日も例のごとく、仏頂面のおやじが立っている。


「……それ食ったら、今日こそ出てけよ」


まったく、毎朝お決まりのセリフよく飽きないもんだ。

でも、ぼくは知っているんだ。おやじの、その不器用なやさしさを。


だって、今朝のカリカリは、ぼくの大好きな“魚味”。

しかも皿は、昨日よりちょっと温めてある。

こういう細かいところが、にくいんだよなぁ……おやじ!


「……何ジロジロ見てやがる」


ほら、やっぱり照れてる。

ぼくは、ひとつあくびをしてから、お腹を見せてゴロンと転がった。


そして――

「必殺・かまってポーズ」発動!


手足をくにっと曲げて、ぷるぷるのお腹を強調。

これでおやじはイチコロ、のはず!


「ったく……暇な猫だぜ」


くふふ、わかってるよ、おやじ。

その口元、さっきからちょっとにやけてるもん。


……でも、そのにやけた顔も、ほんの一瞬だけだった。


「時間だな」


ぼそりとつぶやくおやじの声。

時計の針が、ぴたりと朝8時を指していた。


ぼくがもう一度転がろうとした、そのとき。


カタリ。

玄関の鍵が、外から回された音。


おやじが立ち上がり、壁にかけたコートに手を伸ばす。

そのポケットの奥から、黒い小型のレコーダーと、折りたたまれた紙の束がのぞいた。


「……マル猫。押し入れに入ってろ」


その声は、いつものぼくを構うときの調子とは違った。

だから、ぼくも何も言わず、ふわっと立ち上がって奥の部屋へと歩き出す。


押し入れの中に潜り込むと、隙間からおやじの姿が見えた。


来たのは、薄汚れたコートの、目の鋭い男だった。

おやじは声も出さず、男の差し出した封筒を受け取る。


「……これが、"奴"の情報か?」


低く、殺気の混じった声。

男はこくりと頷き、そそくさと玄関の影に消えていった。

その背中を見送ると、おやじは一瞬だけ目を閉じた。

その手には、いつも大切にしている銃と、小さなUSBメモリ。


「……待ってろ。必ず終わらせる」


それは、ぼくには向けられていない声だった。


でも、ぼくは知ってるんだ。

おやじは、絶対に、約束を破らない。


ぼくは丸くなって、目を細めた。

おやじの背中がちょっとだけ揺れたのは――気のせい、かな。


……でもさ。

ほんと、照れちゃって素直じゃないんだから。



~つづく~

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