3-7.天城玲於奈
進む悠斗の目に、植え込みからチラリと覗くスマホの姿が見えた。そのレンズに向かって睨みつけると、慌てたようにスマホが植え込みの奥へと姿を消す。どうやらそこから何者かが隠し撮りをしているのは間違いないようだ。
「そこに誰かいるの?」
いつになく強い調子で悠斗が誰何の声をあげる。すると、植え込みの植物がざわりと揺れた。だが、誰も姿を見せない。
悠斗は更に近づき、その向こうを覗き込む。
「――玲於奈、何してるの?」
あくまでも冷静な調子で声をかけるが、そこには驚きや疑問、苛立ちの色が混じっていた。
「え、ああ…、悠斗。何よ、そんな怖い顔して?」
平静を保とうとしている玲於奈だが、動揺の色を隠し切れていない様子だ。普段の堂々とした玲於奈からは考えられない反応に、悠斗はさらに首を傾げた。
「僕のこと、撮っていたの、そのスマホで?」
「え、いや――」
玲於奈が曖昧な顔をしながら、手に持ったスマホを不自然に背中に隠していく。
「いやあ…、いい天気だなあって…ほら、風景とか撮影しててさ。今の時代の女子高生ってやつは、SNSとかに上げるために、そういうことをするんだよねぇ…。別にあんたを撮ったりなんてしてないわよ、絶対に!」
絶対を強調するあたりが、逆に怪しすぎた。
(ふむ、バレバレの言い訳だな……。きっと、惚れているお前に見つかり、動揺しているのだろ。うん、青春だな)
ヴァルは未だに玲於奈が悠斗に好意を持ってストーキングしていて説を支持している様だ。だが、悠斗はもちろんそうとは思っていない。
「風景って…さっき完全にこっちにカメラ向けてたよね? しかも、近づくのを見て、慌てて隠した様に見えたけど?」
「ち、違うわよ! なに言ってるのよ、自意識過剰じゃないの! 誰があんななんか――」
玲於奈が、逆切れしたように声を荒げる。その様子に、悠斗は明らかな不信の目を向けた。
「どうしたの、玲於奈、変だよ?」
「なっ――変なのはアンタでしょ!? 何よ、昨日の体力テスト! どういう事? ドーピングでもしたの!!」
「ど、ドーピングって――」
悠斗は言い返そうとしたが、思わず言葉に詰まる。本当のことを言うわけにはいかない――どう誤魔化せばいいのか、よい考えが浮かばなかった。
「悠斗、アンタ最近変よ! あたしに何か隠してるでしょ!」
玲於奈が逆に悠斗を責め立ててくる。その剣幕に圧されて、悠斗はたじろぐが、すぐに自分が何を聞きに来たのか思い出した。
「れ、玲於奈こそ、何を隠してるのさ。その…そのスマホ、見せてよ。本当に僕のこと隠し撮りしてないなら、見せられるでしょ」
玲於奈の迫力に負けじと懸命に声を張り、背中に隠したスマホを見ようと手を伸ばした。
「ちょっと、やめてよ! この、変態。女の子のスマホを見ようなんて、最低!」
「変態って――本当に風景を撮っていたなら、見せてもいいじゃないか」
「嫌よ! ――あっ!」
悠斗の手が玲於奈の手をつかみ、ぐっと引き寄せる。今の悠斗の力強さに、玲於奈が敵うはずもなく、スマホを持った右手が、悠斗の目前に引き寄せられた。スマホの画面が目に入る。しかし――
「痛い!」
「あ、ごめん……」
玲於奈の悲鳴に優しい悠斗は即座に手を放してしまう。直後、玲於奈はパッと悠斗から身を離し、
「ばーか! 悠斗なんか嫌いだ!」
捨て台詞を残し、身をひるがえして走り出した。
「あっ、待って――!」
悠斗もすぐに後を追おうとしたが、それをヴァルが止めた。
(待て、悠斗。追うな)
「え、どうして――?」
(目立ちたくないのだろう、これ以上。ここで玲於奈を追えば、また新たな噂が加わるぞ。隣人と痴話げんかか? 何て感じでな)
「あ…、そうだね……」
(それに、ちょっと気になることもある)
「気になること? 何?」
(いや、あのスマホの画面……)
先程、チラリと見えた玲於奈のスマホの画面。それをヴァルははっきりと見ていた。カメラアプリが立ち上がっていたのは間違いない。ただし、そこに映し出されていたのは、普通の風景映像とは全く違う光景だった。
カメラのレンズがとらえた辺りの風景が、派手な緑や青、赤や黄といった色に染め分けられていたのだ。その様子は、サーモグラフィのような画面で、そこに何やら細かい数値が表示されていた。
その画面の様子に、ヴァルは心当たりがあった。そしてもう一つ。その画面の左上に描かれたエンブレム――
(あれは銀河連邦の……)
「え、なに、ヴァル?」
(いや、何でもない。もう少し、はっきりしてから教える。悠斗、とりあえず今日のところは家に戻ろうか)
「……うん、わかった」
元からそのつもりだったので悠斗は頷いたが、その表情は曇ったまま煮え切らない様子だった。
――玲於奈がいったい何をしていたのか?
その事が心の片隅にこびりついて、もやもやが晴れない。ヴァルは何かを気づいたようだが、教えてくれそうにない。
はぁ~……
平穏な日常が、さらに遠のいていく――そんな予感を感じ、悠斗は大きなため息をついた。
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