2-11.深夜の奇行
昼間の騒動が嘘のように、大空家は深夜の静寂に包まれていた。家族は皆、深い眠りについている。悠斗の部屋でも、ベッドからは規則正しい寝息が聞こえていた。だが、その寝息の主の肉体は、再び本人の意思とは関係なく動き出していた。
むくり、と音もなく悠斗の体が起き上がる。その動きは、寝ぼけた人間のそれとは明らかに違う、滑らかさと目的意識が宿っていた。目は閉じたまま、口からは規則正しい寝息が漏れている。にも関わらず、その体は正確にベッドから降り立ち――突然カッと目を見開いた。
そう、ヴァルによる深夜の学習タイムだ。いつもののごとく、そのまま机に向かいタブレットを取り出す、かと思われたが、今日は違った。
軽く手足を動かし、その動きを確かめると、バルコニーに続く窓へと静かに歩み寄り、鍵を開け、ガラス戸を開けた。春の夜はまだ空気が冷たい。ひんやりとした夜気が室内に流れ込む中、バルコニー用のサンダルを履くと、その先の手すりに手をかけた。首を左右に振り、周囲に人の気配がないことを確認してから、ぴょんと跳び上がり、手すりの上に立つ。更にその手すりを蹴って、屋根の上へと跳び乗った。
「……よし、イケそうだな」
悠斗――いや、ヴァルが呟く。
直後にその体が滑るようにして屋根の上を動いていく。そして、ジャンプ! 隣の家の屋根へ。
月明かりだけが頼りの暗闇の中、ヴァルは悠斗の体を操り、驚くべき俊敏さで屋根から屋根へと跳び移っていった。まるで影のようなその動きは、地上から見上げる者がいたとしても、闇に紛れて気づくことはないだろう。その行く先は――学校だ。毎朝、悠斗が通うその道のりを、屋根の上という特異なルートをとって進んでいく。
程なくして、夜の静寂に包まれた瑞穂高校へと到着する。人気のない校内の暗闇を駆け抜け、向かったのは体育館裏から続く雑木林。昼間、ベジターたちの襲撃を受けたあの場所だ。
「この辺だったな……」
ヴァルは周囲を確認して呟くと、脳内で静かに命令を発した。
(目覚めよ、我が手駒たち。俺様のもとに来い!)
その命に応じるように、地面がわずかに蠢き、緑色の異形たち四体が再び地表へと姿を現した。昼間と変わらぬ、キャベツ頭の不気味な姿。彼らはヴァルの命令を待って、その場で静止している。
「よーし、いいか、この辺りにる小動物どもを、生きたまま捕獲してこい。傷つけるな。人間に見つからないように、素早く、静かに行けよ!」
命令を受けたベジターたちは、蜘蛛の子を散らすように、音もなく夜の闇へと散っていく。それを見送り、ヴァルは悠斗の体を木の幹にを寄りかからせ、目を閉じて、静かに待った。その口元からは、また、微かな寝息が漏れている。ヴァルが悠斗へと主導権を返したため立ったまま眠っている状態だ。
静かな林の中に響く、悠斗の規則的な呼気の音。見る者がいれば、なんとシュールな風景だと驚くか、ホラーな状態だと恐怖し逃げていくかもしれないが、幸いこの場所は住宅街から離れているのでこの時間に人に見られることはないだろう。
しばらくすると、ベジターたちが次々と戻ってきた。その手には、捕獲された小動物たちが抱えられている。怯えて身を固くする野良猫、小さな体で必死にもがくネズミ、羽をばたつかせるハトやカラス。ベジターたちは、それらを主人の前へと差し出した。
「よし、戻ったか。――うむ、よかろう。では、やるか」
再び悠斗の体の主導権を取り戻したヴァルが、ベジターが連れてきた動物たちに次々と触れていく。そうして、自らの体組織をそれらに送り込んだ。動物たちの体内に入り込んだヴァルの組織は神経系に寄生し、その体を乗っ取る。
動物たちは皆、ピクリと体を震わせた後、おとなしくなり、その瞳に奇妙な光を宿した。それで、目前に従うベジターたちと同様に、支配の完了だ。
「よし、次だ。ベジターたちよ、また同じように、動物たちを連れてこい!」
その命令で、緑の小鬼たちは再び暗闇へと消えた。
「お前らは――散れ! 元の場所に戻れ」
新たに支配下に置いた動物たちは、この言葉で各々夜の闇へと消えていく。だが、その意識はヴァルとリンクしており、必要なときに思い通りに操れる。その五感の情報もデータとして送られるので、目となり耳となり鼻となってくれる。
「あと二、三十匹ほどはイケるか……。いや、悠斗の脳の負担を考えると、半分程度が限界か……。もう少し力が戻り、悠斗の強化が進んで、この星に馴染めば――」
動物だけでなく、植物や昆虫も操れるはず――ヴァルはそう心の中で呟いた。ベジターに関してはよく知っていたので、瞬時にして乗っ取ることが出来たが、この地球上の生物はそうはいかない。悠斗の肉体に寄生したことで、哺乳類の構造には馴れ、それに近い生物は操る事ができるが、それ以外の生物はまだ未知だ。
だが、地球の環境に慣れ、自身の力が戻れば、昼間に悠斗に宣言した通り、地球上の全ての生物を支配下に置くことも不可能ではない。この力こそ、銀河最強の兵器たる所以だった。
銀河シンジケートがヴァルヴァディオを捕獲するため宇宙空間に追い詰めたのも、他に生物がいない場所だからだ。生物が溢れる環境では、ヴァルはまさに無敵。惑星丸ごとがヴァルヴァディオの味方と化すのだった。
しばらくして、再びベジターたちが小動物を連れて戻ってくる。それを同じように支配下に置き、更に数度繰り返した。
しなやかに塀を越え闇を駆けるネコ。排水溝から地の世界を走るネズミ。鳥たちは夜空へと飛び立ち、それぞれの巣に帰る。そんな動物たちのリンクをヴァルは一通り確かめ、学校周辺の監視網が出来上がったことに満足すると、目前に残ったベジターたちを引き連れ、校庭へと向かった。
月明かりに照らされたグラウンドは、まるで異世界の闘技場のよう。その闘技場で、試合ならぬ訓練が始まった。
ヴァルは、悠斗の体を操り、ベジターたちを相手に実戦形式の戦闘訓練を開始したのだ。ベジターたちは命令に従い、様々な角度から悠斗に襲いかかる。ヴァルは、悠斗の肉体を使い、それらを華麗にいなし、反撃し、時には投げ飛ばし、時には急所を的確に突いていく。
それは、睡眠学習というにはあまりにもアクロバティックで、そして不気味な光景だった。眠っている悠斗の体は、ヴァルの意のままに超人的な動きを見せる。空中回転、高速の連撃、回避不能とも思える攻撃を紙一重でかわす動き。昼間、悠斗自身の恐怖心によって妨げられた動きを、今は存分に体に叩き込んでいるのだ。いざという時に、悠斗の意識がどうであれ、体が自動的に最適解を導き出せるようにするためにだ。
シュッ、バキッ、ゴッ!
暗い校庭に、肉体を打つ鈍い音と、風を切る鋭い音が響き渡る。眠っているはずの高校生の体が、まるで熟練の暗殺者のように、緑色の異形たちを次々と打ち倒していく。その光景は、現実離れし、まるでアニメの中の戦闘シーンのようであった。
夜明けまで、あと数時間。
最強の宇宙生物による、秘密の特訓は続く。全ては、自分を、そして寄生主である悠斗を守るためだ。それに今の戦闘が主でない生活――ドラマやアニメで見た学園生活や青春というやつに興味を持っていた。悠斗を通じてこれから体験できることを楽しみにしているのだ。ならそれを邪魔する奴は排除しなければならない。
敵はいる。間違いなく身近に。次の襲撃に備え、万全の準備を――ヴァルは、悠斗の肉体に戦闘の動きを叩き込んでいった……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます