2-6.天文部
始業式後の喧騒がまだ残る中、悠斗は教室のある南棟から北棟を抜け、校舎裏、体育館の横に建つ部室棟へと入った。
一見すると三階建てのワンルールマンションの様な造りの部室棟の階段を上り、天文部の部室がある三階まで登る。三階に着くとまっすぐ伸びる外廊下を進み、ちょうど真ん中で立ち止まった。「天文部」と手書きされたプレートを見ながら、ドアのノブに手を伸ばす。そして扉を開けようとして、手が止まった。中から何やら言い争うような声が聞こえてきたからだ。
「だから! このままじゃマジで廃部なんだって! 何か手を打たないと!」
「何か手って言ってもなあ、
よく知る二人の声。来ていたようだ先輩たちも。そこで悠斗はそっとドアを開け、声をかけた。
「おはようございます、先輩方」
「お、悠斗! 来たか!」
「よお、大空」
先に来ていた二人が応える。
一人は、天文部部長の
もう一人は、副部長の
部室の中は、相変わらず雑然としていた。四方を囲む壁には、黄ばんだ星図ポスターや、部員たちが撮ったであろう少しピントの甘い天体写真が雑多に貼られている。窓際には、カバーがかけられたやや旧式の反射望遠鏡が鎮座し、机の上には天文雑誌のバックナンバーや、何の部品か分からないガラクタのようなものが散らばっていた。床には段ボール箱がいくつか積まれており、全体的に整理整頓とは無縁だが、不思議と落ち着く空間だ。
そんな部屋の中央で、二人の先輩がパイプ椅子に座って向かい合っていた。
「ちょうど良かったわ、悠斗! あんたも座りなさい!」
黒瀬は悠斗を見ると、ぱっと顔を輝かせ、隣の空いていたパイプ椅子を叩いた。
「どうしたんですか? 何か揉めてたみたいですけど」
悠斗が椅子に座りながら尋ねる。
「揉めてたんじゃないわよ、作戦会議よ、作戦会議!」
黒瀬は勢いよく立ち上がると、仁王立ちになって宣言した。
「ご存知の通り、我が天文部は現在部員三名! 私と敦史、そして悠斗、あんただけ! 学校の規定では、部の存続には最低五名が必要……つまり、このままでは廃部確定よ!」
「……まあ、そうですよね」
悠斗もそれは分かっていた。部員不足は、悠斗が入部した当初からの懸案事項だった。
「だから! 明日よ、明日!」
黒瀬はびしっと指をさす。
「明日の入学式が終わった直後、ピカピカの一年生たちが集まる体育館に乗り込み、直接勧誘を仕掛けるわ!」
「え……でも、黒瀬先輩、入学式後の直接勧誘って、そんなのいいんですか?」
「いいわけないだろ、那奈が勝手に言ってるだけだ。入学式当日は、部活動は全面禁止の規則だからな」
只野がいつものことだとばかりに呆れる。
「そう、ですよね……」
悠斗が不安そうに黒瀬へと顔を向けた。
すると黒瀬は、にやりと不敵な笑みを浮かべ、
「規則? そんなものは破るためにあるのよ! やったもん勝ち! スピードが命! 他の部に先んじて、有望な新入生を根こそぎゲットするのよ!!」
胸を張って力強く言い切る。
その様子に、只野は深いため息をつきながら首を左右に振った。
「規則は守るためにあるんだよ、那奈。また怒られるぞ、生活指導部に」
「うるさいわね、敦史! ちょっと怒られるくらいで部が存続するなら安いもんでしょ!」
黒瀬は全く意に介さない。その破天荒さは相変わらずだ。
(困った人だな……)
悠斗は内心呆れつつも、部の存続がかかっているとなると、無下にもできない。この個性的な先輩たちと、ゆるいながらも続けてきた部活がなくなるのは、やはり寂しい気がした。
「というわけで、悠斗」
黒瀬は再び悠斗に向き直る。
「あんたにも手伝ってもらうわよ。ちょっと考えがあるから、明日の朝、入学式が始まるころ、この部室に来なさい。いいわね?」
有無を言わさぬ口調。その瞳には「拒否権はない」と書いてあった。
「は、はあ……分かりました」
結局、悠斗は頷くしかなかった。今日は色々あったので、明日は穏やかにゆっくりと過ごしたいと思っていたが、仕方ない。
「よし! じゃあ、明日に向けて悠斗は帰っていいわよ。敦史は残ってね。ちょっとやることあるから」
「やること…、仕方ないか……」
やる気満々の黒瀬に対し、出来れば帰りたといった感じの只野。そんな二人の先輩を眺め、悠斗は小さくため息をついた。
(なんだかんだで、また明日は騒がしい一日になりそうだな……)
そう思いつつ、悠斗は黒瀬の言葉に従って、部室を後にした。
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