第一章 銀河最強兵器と平凡な高校生の邂逅

1-1.夜空からの来訪者

 東京多摩地区西部、狭山丘陵に広がる住宅地にあるごく普通の二階建て一軒家、そのバルコニーで今、大空悠斗おおぞら ゆうとは、星空を見上げていた。

 四月の初め、新学期を一週間後に控えた春休みの夜。悠斗は四年前、中学の入学祝に買ってもらった安物の天体望遠鏡をいじりながら、春の大三角を観測していた。昨日まで続いた雨がやみ、天体観測には最高の快晴だ。


「あれが、アルクトゥルスだよな、多分……。スピカはどこだ?」


 中学の頃はただ星空を眺めるだけで、星座とか星の名前だとかは気にしてなかったが、高校で天文部に入ったことで、いろいろと考えながら星を見るようになっていた。もっとも、物覚えがいいほうではないので、結局最後はただ無心で星々を眺めて、綺麗だな、で終わることがほとんどだ。


「あっ、今日は月も綺麗だなぁ」


 煌々と輝く月は、その明るさでいくつかの星を隠してしまうが、悠斗にとってはそんなことどうでもよかった。綺麗なものは綺麗なのだから。それに今日は空気が澄んでいるのか、その月の光に負けず春の星たちが空に勢いよく瞬いていた。

 肉眼ではただの光の点にしか見えない星々が、望遠鏡を覗けば、ほんの少しだけその姿を大きく見せてくれる。悠斗はそこに広がる無限の宇宙にいつも心を奪われていた。日常の些細な悩みなんて、この広大な宇宙の前ではちっぽけなものに思えてくるから不思議だ。


「さて、次は――何だっけ? デネブじゃなくて、デネ…デネボラだったけ?」


 そう呟きながら、悠斗は接眼レンズから目を離し、肉眼で夜空を見上げた、その時――


 すうっ――――


 夜空を切り裂くように、一筋の光が流れた。


「あっ、流れ星!」


 夜空を観察していれば、よくあること。そう珍しくはないが、やはり何だかワクワクする。

 悠斗は何か願い事を――と反射的に考えたが、一方で、まあ、その願い事を言う間など無いだろうな、などと思った。ところが――


「……ん?」


 その流れ星は少し様子が違っていた。普通、流れ星は大気圏で燃え尽きながら、一直線に地表へ向かって落ちてくるはずだ。それもほとんどが一瞬で消えてしまう。

 しかし、今見ている光は、明らかに途中でその軌道を変えたように見えた。輝きも消えない。これなら願い事を三度言えたかも――なんて事を頭の片隅で思いながら、悠斗はそのおかしな流れ星に目を凝らした。


「……流れ星じゃないのか? 飛行機? いや、ドローンか?」


 その光はまるで、何か意思を持っているかのように軌道を変え、速度も落としながら地表へと降りてくる。そして、一瞬、ふわりと宙に浮かんだように見えた。


「……は? 何なんだ?」


 まるで、着陸地点を探しているようだ。が――


「あ、落ちた!」


 まるで力尽きたように、垂直に落下していく。


「あっちは――森の方だな……」


 悠斗の家の裏に広がる、自然公園の方にその飛行体は落ちていった。そこは自然公園の名前のごとく天然の森の広がる場所だ。この時間なら、まあ人はいないだろう。


 どうするか……

 流れ星じゃないのは確かだ。じゃあ、なんだ? ドローンか? いや、こんな夜中に? じゃあ何? まさか――


「UFO……。いやいや、そんなまさか、でも――」


 あの奇妙な動き。間違いなく未確認飛行物体。


 悠斗は胸の中に、むくむくと好奇心が湧き上がってくるのを抑えられなかった。ひょっとしたら、何か凄いものが見られるかもしれない。いや、それよりも、何か危険なものが落ちたのかもしれない。どちらにしても、この目で確かめずにはいられなかった。


「ちょっと見に行ってみようかなぁ……」


 悠斗は呟くと、部屋に駆け込み身支度を整えた。とは言っても、着ていたジャージの上着を外用のジャンバーに着替えただけだ。後はスマホと懐中電灯をポケットに突っ込み、自転車の鍵を手に取る。そして、部屋を出るとそっと階段を下り、玄関の扉を静かに開けた。親に見つかれば止められるのは必至だ。


「……よし、大丈夫だな」


 誰も反応してないことを確かめ、外に出ると、愛用のマウンテンバイクに跨る。


 ギシ……


 とペダルが軋む音でも親に悟られるのではないかとビクッとしながら、夜の住宅街に出る。目指すは、あの奇妙な光が消えた、裏の森。まだ肌寒い夜風が、高鳴る悠斗の心臓を少しだけ落ち着かせてくれた。



 この時の悠斗は、まだ知らなかった。この夜の出来事が、彼の平凡な日常を根底から覆すことになるなんて――

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