第1話: 従った者、無視した者



 ──さて、世界のため、宇宙のため、とは言っても、だ。



 たかが人間一人がやる事など、そう大それた事ではない。


 この宇宙的存在である声の主が用意したセーフティルームと、その外にて……これまた用意されたモンスターを棍棒で殴り殺すだけである。


 モンスター、ガーディアン、怪物、どの言い回しも正解だが……紛らわしいので、今後は『モンスター』で統一しよう。


 そのモンスターを、ひたすら殺す、それだけ。


 それが、彼に与えられた、いや、この宇宙に存在する数多の生命体に与えられた不変の役目である。


 横暴な話と言われたらそれまでだが、それは子供の言い分である。


 なにせ、宇宙が食われて死んでしまえば、この宇宙に生きる全ての生命体もそのまま道連れで死ぬか、あるいは養分として別宇宙へと取り込まれるだけ。


 つまり、戦って協力してこの宇宙を守らなければ、待っているのは絶対の死である。


 そして、宇宙的存在からすれば、戦うのを嫌がって拒否するような生命体を優遇する理由はまったく無い。


 わざわざ命を奪うような事はしない(面倒だし)が、戦う者を邪魔したり、得られる利益を掠め取るような行為をしたりしようものなら、欠片の容赦もしない。


 人間が、体内に入った異物を様々な方法で取り出すのと、同じだ。


 よほどの変人でなければ、その異物を『かわいそうに……』なんて思う事などないように、それは宇宙そのものもまた、同じ事。


 そして、精力的に指示に従って動いてくれる方を贔屓するのもまた、同じであり。


 特に、気のせいだと無視した者たちよりも、これは一大事だと動いてくれた者に目を向けるのもまた、当然のことであった。





 ディスプレイ……壁に表示されているそれを、彼は『ストア』と名付けた。


 理由は、『カスタマイズ』とか『購入』とか色々とあるが、彼の目にはそれがオンラインショップのストアページにも見えたから。


 名前が決まっているならばともかく、決まっていないモノを『ソレ』だとか『アレ』だとか、あるいはカスタマイズとか購入とか。


 そのつどコロコロ頭の中で名称を変えると、変にこんがらがりそうな気がしたからだ。


 で、だ。



「食べ物とか飲み物が格安というのは有り難いな……」



 その『ストア』だが、最初は操作方法に少しばかり手間取ったが、慣れるとオンラインショップのそれと使い方はほとんど同じであった。


 食糧でも武器でも必要な物を、声の主が用意した商品を『ストア』で選び、購入ボタンをタッチするだけ。


 それだけで、ダンボールや木箱などに梱包された状態で彼の傍に出現する。


 冷たい物は冷たいまま、熱い物は熱いまま、新鮮な物は新鮮なまま、まるでたった今できあがったばかりの物を詰めてすぐに持って来たかのように、だ。


 商品のラインナップはもはや数えることすら馬鹿馬鹿しくなるほどに多い。地球に存在するモノは例外なく買えるし、地球外……宇宙人たちの未知の技術で作られた道具だって買える。


 もちろん、それで購入したモノを使って大金を得る事にばかり目を向け、肝心のモンスター退治をおろそかにしていると、とんでもないペナルティが課せられるが……まあ、それは横に置いといて。


 それらの商品だが、一般的な通貨では買えない。


 モンスターを倒した時、あるいは、この宇宙を維持するために貢献した分、それか、倒すために行動している時。


 つまりは、ちゃんとモンスターを倒すために行動していると、その分だけ評価してくれて専用の通貨が支給される、というわけだ。


 直接倒さなくても、倒すために身体を鍛えるとか、倒すために武器を吟味するとか、量こそ些細なモノだが、ちゃんと評価して支給してくれる、というわけだ。


 この通貨の名は、特に決まっていない。まあ、何でもよい、便宜上『コイン』と名付けている。


 この『コイン』は、『ストア』でしか使えない。要は、電子マネーみたいなもので、コインという実物があるわけではない。


 で、この『コイン』を使って、様々な物品を購入し、それで食糧やら武器やらその他諸々を買うわけだが……ここでまあ、重要になってくるのが、『カスタマイズ』である。



 ──簡潔に言うと、『カスタマイズ』はその名の通り、使用者自身をカスタマイズする、というものである。



 それは、身体能力などを向上させる、物理的に腕を増やすといったモノから、サイコキネシス能力を得るといった非物理的なモノ、果ては魔法を使えるようにする……というモノまで、基本的にできない事は何もない。


 これがまあ、今後の事を考えれば非常に重要である。避けては通れない、必須事項といっても過言ではないぐらいに。


 何故ならば、だ。


 今はまだ、チュートリアル的なアレで声の主がモンスターの強さをこちらに合わせてくれているが、それも永遠ではない。


 そして、人間の強さには限界がある。


 人間の基準で考えたら、ヘビー級ボクサーはとてつもない脅威だろう。だが、モンスターと比べたら、下から数えた方が早い。


 例えるなら、100万位の内、99万9997位ぐらい。


 歴史に名を残すようなヘビー級ボクサーですら、その順位を1上げられたら奇跡的というぐらいで……え、重火器? 


 残念ながら、どうやらダンジョン内では重火器はおろか、戦術核ですら無効化されるらしい。


 まあ、傷口に入り込んだ異物を排除してほしいのに、傷口へ雑に消毒液をぶっかけて、スプーンで周辺の肉ごと異物をえぐり取られる……なんてのは、御免こうむるといった感じか。


 いずれは、『カスタマイズ』で肉体を強化するなり改造するなり変化させるなりしてパワーアップさせないと、いくら武器を強くしたところで必ず詰んでしまう時がくる……というわけだ。


 なので、食料その他諸々で最低限の生活環境を整えた後は、速やかに自分自身を『カスタマイズ』する必要がある……のだが。



「……どうしよう?」



 そこで困ってくるのが、『どのようにカスタマイズをするか?』である。


 最初のうちは、そこまで悩む必要はなかった。


 体力だとか、回復力だとか、筋力だとか、とにかく足りないモノだらけだったから、どれを上げても特に問題は生じなかった。


 まあ、効率性を考えたら悩むべきところなのだろうが、そんなの悩む暇があるならとにかく1体でもモンスターを倒してストアで装備なり身体能力なりを改善させた方が良かった。


 なので、装備が整った後は、とりあえずステータス(彼自身のスペックを表にしたモノ、なんとストアで確認できる)に表示された各種の数値。


 それを一通りバランスよく上げていく。地道だが、それが一番怪我もし難いし不測の事態にもなりにくい……という方法を取ったわけだが……そこで、問題が生じた。


 それは──いわゆる、成長限界というやつだ。


 どうやら、種としての限界というものがあるらしく、『ヒューマン』という種で限界に達したので、そこから先へ進むには、種族を変更する必要があるらしい。


 これがまあ、非常に悩む。


 なにせ、要は人間を辞めるということ。


 『ハイヒューマン』を始めとして、『エルフ』や『ビーストマン』というのもあるらしいが……正直なところ、問題はそこだ。


 なにせ、戻す事はできない。そのうえ、どんな姿になるのかが分からない。


 あくまでも、『○○に種族変更なさいますか? (消費コイン)』という感じで表示されるだけで、実際に彼が想像するような姿になるかどうかの確証が無いのだ。



『ハイヒューマン』……たぶん、名前からして人間の上位種……なんだろうけど、実際の姿はどうなるのだろうか。


『エルフ』……サブカルチャーなどでその姿は想像できるが、かといって、本当にそういう姿になるかは不明。


『ビーストマン』……獣耳が生える程度なのか、二本足で動けるようになった獣か……これも、どうなるかは不明。



 なんで不明なのかって、これらのイメージは全て、人間が勝手に作ったイメージ的な存在であり、実物を見た者は1人としていないのだ。


 もしかしたら、四足歩行で人肉を食らう目玉が7つ付いているような獣を、宇宙では『エルフ』と呼んでいるのかもしれない。


 もしかしたら、アメーバ状で中心部に心臓やら脳やらがプカプカ浮かんでいる生命体を『ハイヒューマン』と呼ばれているのかもしれないし、ビーストマンもそう。


 ステータスまでは、まだいい。あくまでも人間のままだし、身体の動きが良くなっていく実感があったから。


 しかし、人間を止めるとなると、どうしても及び腰になる。それは、彼とて例外ではなかった。



 ──Q.ならば、変更して気に食わなかったら、また人間に種族を変更すれば良いのでは? 

 ──A.変更できるだけのコインを稼げる種族だったならば、ね(憤怒)



 これがまあ、人間のように自ら動ける姿になれたなら良いのだが、植物のようにその場に根を張って待ち構えるタイプなどになれば、どうなるか。


 おそらく、いや、間違いなく、今よりも時間が掛かるだろうし、最悪は戻れない可能性だってある。


 そうでなくとも、元の姿に戻るまでの精神状態を考えたら……考えるだけでも恐ろしい。アメーバ状の身体になったら、自殺する者すら出てくるだろう。


 天涯孤独であり、このまま何もしなくても警察へ……な状況だった彼ですら、どうしたものかと手を止めてしまうぐらいだ。


 彼ほどまでとはいかなくとも、未練を持った人がそれを選べるかと言えば……まあ、選べないだろうなあ、と彼は思っていた。



(……宇宙からすると、そもそも姿形というのがどうでもいいことなんだろうなあ)



 そう思えば、色々と納得できる部分はある。



(……せめて、『ストア』を通じて相談できたらいいんだけど……この『ストア』、そういう機能はないっぽいんだよなあ)



 と、同時に、何時までもここで立ち止まっているわけにもいかないよなあ……という焦燥感もある。


 なんとなくだが、分かる。


 声の主であるこの宇宙そのものは、率先して協力してくれる者を贔屓する。今は比較的己も優遇してもらっているが、それがこの先もそれが続く保証はまったくない。



「……な、ナムサン!!」



 だから、彼は……考えれば考えるほどにドツボにハマるだけだと判断し、運に全てを任せることにした。



 ……具体的には、うん。



 脳裏にフワッと浮かんだ数字分だけ数を数え、その間はひたすら『ストア』のページスクロールを行い……ぽん、と指を置いた場所の種族を選んだ。


 もちろん、その時は目を瞑ったままである。


 そして、できるかぎりそれを見ないよう注意しつつ、カスタマイズボタンをタップした──その、瞬間。


 フッ、と。


 己の意識が遠のいた──膝をついて、そのまま前のめりに倒れようとした身体を、反射的に手をついて支え──ギョッと、彼は身体をビクつかせた。



「──な、なんだこれ?」



 何故ならば、その腕は……直前まで見慣れていた、『カスタマイズ』で強化された筋肉隆々の腕ではなく、細くて白い……そう、まるで年若い女の子のような腕。


 しかも、その腕は1本だけではない。


 腕が、己の右腕が、3本ある。3本の、女子の腕にしか見えない己の腕を床について、己の身体を支えていた。


 そして、それは左側も同じ。


 左腕が、3本。つまり、今の彼の腕は左右で2本ではなく、左右で6本という……明らかに身体が変わっていた。



「──っ!? こ、声が?」



 思わず零した声も、直前の己とはまったく異なる、歳若く……可愛らしいとしか思えない声色になっていて。



「か、鏡、鏡だ……えっ!?」



 他にも、違和感は有って……いったいどうなっているのか。


 不安を押し殺しながらも、彼は部屋の片隅に置いてある姿見へと、引っかけている毛布を外して……そうして、思わずギクリと硬直した。


 何故ならば……明らかに、以前の己の姿ではなくなっていたから。


 先ほど見た通り、腕が6本。だが、それだけではない。


 黒だったはずの髪色は金髪に。長さも、メンズ系の短髪カットだったのが、今は腰の辺りまで伸びていて、背丈も縮んでいる。


 顔立ちも、明らかに以前と違う。具体的には、美少女顔だ。


 シミ一つ無い肌に、静かに閉じられた瞼。スーッと形良く伸びる鼻は高過ぎず低すぎず、芸術性すら感じさせるラインにある。


 そして、首から下……そこに、男の象徴は無い。肉付きは薄くうっすらあばら骨が確認できるぐらい痩せているが、女の証が代わりにある。


 そう、男ではなくなっていた。


 直前まで着ていた服が無くなっているとか、目を瞑っているのに何故か前が見えているとか、女体である己の感覚にまったく違和感を覚えていないとか、そんなのは些細な話。


 女っぽいのではなく、それでも女の身体になっていた。


 それも、女性ではなく、女の子と呼んで差し支えのないぐらいに若い。しかも、背中には翼が生えている。


 そうなのだ、なんと、背中に翼が……まるで天使を思わせるような白い翼が生えていた。


 増えた腕と同じく、まるで生まれた頃からあったかのように違和感がない。それこそ、翼の先端をゆらゆらと揺らすことすら造作もなかった。


 元が自分だったとは、己自身が欠片も思えないぐらいに、街中で見掛けたら思わず視線が吸い寄せられる……良い意味でも悪い意味でも、そういう姿になっていた。



「…………」



 想像していたのは違う現実に、呆然とするしかない彼……いや、これからは彼女と表すのが正しいのかもしれない……そんな彼女を他所に、だ。




『──時は来たれり、これより戦いが始まる──』




 最初の時より一度としてアナウンスが無かった、『声の主』からの……チュートリアルが終わるのだという合図が部屋に響いた。


 そう、ついに、この世界、この宇宙がわざわざ与えてくれていた猶予の時は終わりを告げた。


 彼は……いや、彼女はまだ、幸運なのだろう。


 何故ならば、彼女はこの部屋で己の身体能力を底上げしたり、武器を用意したり、種族すらもカスタマイズして、準備を行っていた。


 それに比べてこの声を無視して日常生活を送っていた者たちは悲惨だろう。


 なにせ、猶予時間はもうない。


 いきなり、彼ら彼女らは戦わなければならない。


 けれども、彼ら彼女らは選んでしまった。声に従わないという選択を選び取った以上、その結果を受け入れなければならない。


 だが、それはそれとして。



「……え、この細い身体でどうしろと?」



 彼は……いや、彼女は、姿見に素っ裸の己を晒しながら……本当の、本当の本当の本当に、それ以外の言葉が頭から出て来なかったのであった。




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