薬師リーリィの受難
ʚ傷心なうɞ
第一章 受難
Part1
「くははっ、まさかお前が……私にそんな言葉を吐くとはなぁ?」
紫雲が空を満たし、地上には魔物が闊歩する世界。そこにある魔王城の中で、薬師はその城主と相対していた。
派手に飾った冠と装束。自分がこの世界の頂点であるとでも言いたげに、やや高めの位置に設置された玉座。
薬師は、その全部が憎かった。
「……全部本当のことだ。だって、私はあの世界で全部見たんだ!あの世界は……お前が思ってるような所じゃない!」
薬師は、そう吐き捨てた。
同時に、それを確かめるように記憶を遡り始めた。
『ランド』
魔物が蔓延り、冒険者が正式な職業として認められるこの世界における、有数の都市。
街の中心部には様々な店が立ち並び、武具や防具、酒場など、冒険者が活動する上で欠かせない機能が揃っている。そのため、世の冒険者の大多数がこの街を拠点に活動していた。
ただ、そんな街と言えど、過疎気味な地域は存在する。特にここら辺はそれが顕著だ。ランドの郊外に位置するここは、街並みだけ見れば、中心部と大差は無さそうに思える。ただ、そのほとんどがハリボテだった。
数年前に開発が進められ、当初の構想では、人の流れが活発な商店街のようになる予定だったのだが……
見れば、人の流れはかなりまばらだった。時折街の外に出るために出歩く冒険者はいるものの、それも極小数だ。なぜなら、大半の冒険者は街の正面の門を通るから。それに、そっちからの方が、様々なダンジョンへのアクセスが良い。
とまあ、そんなこんなで人気の少ないこの地域だったが、一応かの大都市ランドの郊外。決して人や店が0という訳では無い。価格がばかに安い宿屋が並ぶため、実力の無さが故に金が無い冒険者には人気なのである。
(ふあ〜ぁ……眠ぅ……)
そうあくびをした少女〈リーリィ〉も、そんな冒険者からの支持を元に、ここでポーション屋を営んでいた。柔らかな陽光が窓から入り込み、昼の眠気を誘う。
しかし今は営業中だからと、ひとまずカウンターの上で新聞を眺めるリーリィ。中心部で冒険者を狙った強盗が多発してるだとか、新しいダンジョンが見つかっただとか。まあ特に面白みのない内容だった。
そんなこんなで小一時間新聞を眺めていた彼女だったが、外見が少々変だった。
くすんだ色のフードを深々とかぶり、手には黒の手袋を。それだけでも不審者ではあるのだが、それ以上に、彼女の異質感を増大させている要因があった。
顔面の鉄仮面。
獣型の魔物を模したその仮面は、見る者全てに威圧感を与え、今にも殺されてしまうかというほどの恐怖を感じさせた。
ただ、彼女だってこれを好きで着けている訳では無い。これが無ければ皆――
その時、ガラス戸を引く音が鳴った。
「お、いらっしゃい。今日はどうする?」
新聞を閉じ、久しぶりの客の方に目を向ける。ほぼほぼ普段着のような軽装と、少しばかり持ち手が損傷している鉄の剣。冒険者になって1年そこらの新人であろう人間だった。
「治癒のレベルⅢ2つと、霧散1つ」
「あいよ〜……」
注文を受けると、リーリィはカウンターの裏で作業を始めた。この店では多種多様なポーションを扱っており、先程注文を受けた『治癒』は、最も一般的な治療効果を持つポーション。『霧散』は、周囲の魔物から感知されなくなる効果を付与する、やや特殊なポーションだ。
(レベルⅢ2つキター!これでようやくあの調合書を……うへへ)
いくつかのポーションには、レベルが存在する。I〜Ⅲまで、数字が増えるほど効果や持続時間が高まっていく。当然、金額で言えばレベルの高い方が上である。だからこそ、レベルⅢが2つ売れたというだけで、リーリィのテンションは高まっていた。
醸造台に魔法で火をつけ、素材棚から薬草といくらかの粉末を取り出す。そのまま数分待つと、徐々に液体の色が変わり出した。2つは翡翠色に、もう1つは無色透明だった。
「はい、まいど〜」
それらを冒険者に手渡し金を受け取ると、再び新聞に向き直った。
これが彼女の日常だ。
1時間に一人来るかどうかの客の相手をしつつ、暇な時間はずっと新聞。ただ、彼女自身、この生活に不満は無かった。生きる為の最低限の金は稼げ、先のようにたまに臨時ボーナスが入ることもある。それに、ヤバい奴もなかなか来ない。一度だけ強盗が来たことはあったが。
だがまあ、とにかく平穏だった。そして、彼女はその平穏が大好きであった。
そして、そのまま何も起こらず夜を迎えた。
(10…9…8…)
壁に掛けられた時計を眺め、22時の訪れを待ちわびる。
(3…2…1…!)
長針が12に重なると同時、扉のロックを捻っ……捻っ…あれっ?
時計だけを見ていたリーリィは、空を切る右手に違和感を覚えた。そこにロックの感触があるはずなのに。あるのは冷たい夜の空気のみ。
ああ、またあいつか……
「はあっ……はあっ……セーフですよね?」
「ほぼアウトだよ?」
扉の前で手をつく少女、〈シーナ〉を見やり、呆れ混じりにそう言う。彼女もやはり、新人冒険者の1人であった。やや露出の多い布装備と、両腰に携えた短刀。そこから見るに、細かく動き回って魔物を翻弄し、その隙に弱点に短刀をねじこむ。そんなスタイルの冒険者だった。しかし、こういった冒険者は、装備の薄さに比例して負傷も増えやすくなってしまう。
そのため、彼女の腕や腹には、いくつもの細かな裂傷が刻まれていた。
「んで、今日もいつもの?」
「そうです!お願いしますっ!」
どうせ帰らんだろうと諦めてシーナの入店を許す。再びため息をついてカウンターの裏に向かい、あくびをしながら醸造台に火を付ける。素材棚から取り出したのは、昼と同じ薬草と、1つの小石。深い黒に染まったそれを放り込むと、瓶はコトコトと沸き立ち始めた。徐々に小石は溶けだし、やがて全てを黒に染めた。
「しかし……よおこんなマイナーポーション使うねぇ……」
瓶の様子を眺めつつ、独り言のようにそう呟く。彼女が今作っているのは、『凶激』。
飲むことで、圧倒的な攻撃性とそれに見合った力を獲得する反面、異常なまでの体力消費と、一歩間違えたら自滅に繋がるというリスクのあるポーション。
今まで、これを買った後に再びこの店を訪れた客はいなかった。彼女以外は。
「私クソ雑魚ですから……こうでもしないと戦えないんですよ」
カウンターの上に肘をつき、未だに息の荒いシーナ。
「これ飲んで耐える体力あるなら、普通に戦えそうなもんだがね……とりあえず、次は早く来てくれよ?」
「山の頂上のダンジョンからドラゴンの死体運んでくる辛さが分かりますか?ここのギルド、街の中心部に1個しか無いんですよ?こんなデカイ癖に!!!」
日々の恨みを早口で吐き出すシーナ。
「わーったわーった。ほら、ポーション出来たよ」
それを無理やり制し、黒と翡翠のポーションをシーナに手渡した。それと引き換えに金を受け取り、リーリィは扉の方へ歩く。
「ほら、さっさと帰れ。私の睡眠時間が消えちまう」
顎で外を示しつつ、リーリィは冷たくシーナにそう呼びかけた。
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