十戒が崩されし時、そこに神の存在は成立する。

燎花粉

プロローグ


 自販機に百円を投入し、缶コーヒーを購入する。

 寒さに悴む指先でプルタブを開けると、コーヒーの熱さに身体を慣らすようにちびちびと口をつけて喉の奥へ流し込む。

 身体が徐々に暖まっていき、同時にホッと安堵を漏らす。

 少し落ち着いたタイミングで、ポケットから携帯を取り出し――もう一度、あのメールを確認する。


 やはり夢ではなかったと若干の落胆。

 嘆息と共に吐き出された水蒸気が白い若干の霧となり、やがて空気と同化して消えていく。

「行くか。」

 ただひとりでに呟いて、けじめをつけるように歩き出す。

 歩いて、歩いて、一定のリズムで足を踏み出して――それを繰り返す。

 何故かその度に高まっていく焦燥感を、歩きながら飲むコーヒーの苦さで中和する。


 更に焦燥感から意識を遠ざけるために、今までの出来事を回想する。


 ――本に挟まれた栞、あるいは学園祭で起こった事件。

 名探偵と仇敵の邂逅、十戒ロジックを崩す神の存在と遺産。

 アルファベット17番目に関するとある事件。

 仇敵との再なる邂逅に、とある兄妹の真実。


 そう文字に起こせば数行だが、それらは紛れもない数週間の冬の出来事として己の脳裏に焼き付いている。

 そう思い起こしている内に、目的の場所へとだどり着く。


 ふぅとため息をつき、息を整えた上で、図書室の扉を開く。

 ガラガラと音を立てて開く扉の向こうには、予想外にも人の姿は無く、そして若干の困惑を漏らす。


「――あ、もう来てたんだ。今ちょうど、購買のカフェオレを買ってきたところなんだよ。二人で飲みながら話さない?」

 その困惑に更に追い打ちをかけるようにして、彼女は俺に向かって言葉を紡ぐ。

 そして彼女は身体が触れるほどに近づき――自分の耳元で囁く。

「――――――」

 妖しく、だが冷淡とした口調で告げる彼女の言葉が、耳の奥にねっとりと絡みついて離れなかった。

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