騎士アダム

吉井旭

第1話 邂逅


 夜のコンビニは、いつだってすこしだけ孤独だった。

 薄明かりの店内でピッというレジ音が鳴り響くたび、朔田昴(さくた すばる)は淡々と作業をこなしていた。


 「もうこんな時間か、そろそろ上がりだし、ゴミ捨て行くか……」


 昴は二十四歳。バイトを掛け持ちしながら、なんとなく日々を過ごしている。

 子どもの頃に観た特撮の影響か、「誰かを助けるような人になりたい」と思い続けていたが、そんな場面は一度も訪れなかった。


 だからせめて、いい人でいようと決めていた。

 バイト先では愛想よく、お年寄りには荷物を運び、道で泣いている子どもにはハンカチを渡す。

 それだけの毎日だった。

 ――今日までは。


 

 ゴミ出しを終え、裏口のシャッターを下ろそうとしたその時、視界の端に人影が倒れているのが見えた。

 「あ、あの!……大丈夫ですか? 救急車……」

 そう言いかけた昴に、男は手のひらほどの黒い金属片を押し当ててきた。


 それはペンダントのような形に、見たこともない文様が刻まれた奇妙な装置。

 「……あとは、頼む……」

 その言葉を最後に、男はこと切れた。


 混乱する昴の耳に、奇妙な沈黙が広がっていく。

 気づけば、都市の騒音が途絶えていた。──いや、何かが、近づいてくる音がする。


 裏路地の闇から現れた“それ”は、人型をしていた。だが人間ではなかった。

 獣のような骨格に、黒曜石のような装甲。

 背には禍々しい剣か槍のようなものを背負い、仮面のような顔で昴を見下ろす。


 低い声で聴いたことのない言語を話している。直後、爪のような手が振り上げられる。


 恐怖で体がすくむ。──だがその時、脳内に声が響いた。


 『緊急だからな! ──今回だけ助けてやる!』


 誰の声かわからない。だが体が勝手に動いた。

 とっさに腕を前に出す。

 ガンッ!!

 鋭い爪を弾く音とともに、目の前に黒い盾が出現していた。


 「な……にこれ……」


 盾は昴の腕に密着していた。重さを感じないのに、頼もしい。

 そして左手に──今度は剣が現れる。


 それが何かもわからないまま、ただ本能に従って昴は動いた。


 叫びとともに、盾で敵の攻撃を受け流し、

 黒い剣を突き立てる。


 異形の体を貫いた刃が、骨のような何かを砕く感触を返してきた。

 敵は呻き、崩れ落ち、こちらに倒れ掛かってくる。


 昴はその場に膝をついた。

 敵の体は昴の足元で動かなくなり、うつ伏せのまま、地面に横たわったままだった。


 「……終わったのか……?」


 剣も、盾も、気づけばすでに消えていた。

 そして、身を包んでいた黒い装甲も──元のペンダントに戻るように、静かにその姿を解いていく。


 生身の体に戻った昴は、そこで限界を迎えた。

 全身の力が抜け、ゆっくりと倒れ込む。


 仰向けに倒れた視界の隅に、“敵”の体がはっきりと残っている。

 重苦しい沈黙の中、異物が現実に残されたことだけが、妙にくっきりと意識に焼きついた。


 「……なにが……起きたんだよ、これ……」


 意識が遠のいていくなかで、かすかに見えた。


 ──路地の奥。

 黒いスーツを纏った数人の影が、こちらを指さし走ってくる。


 その姿が誰なのかを確かめるより先に、昴の視界は完全に闇に飲まれた。


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