雨が降る月曜日

 よりによって月曜日の一時限目から必修科目があるなんて、きっと何かの嫌がらせに違いない、と思う。

 だから決まって月曜日の朝は、大学へ向かう足どりが重くなる。しかも今日は前期レポートの提出日だ。僕はまだレポートを仕上げていない事が、いつも重い足どりに更に鎖で重りを付けている。今日の講義中にサボりながら仕上げる事ができなければ、未提出決定。大学三年生の僕にとって、来年の時間を有効に使うための重要な単位を一つ落す事になる。

 つまり総じて言うと、僕は憂鬱なのだ。


 大学へは私鉄の駅から、東京都の多摩地方を南北に縦断しているモノレールに乗り換える。モノレールに乗っている間に窓ガラスに小さな雨粒が付きはじめた。


 乗換駅から四駅目の南出口は、直ぐに僕の通う大学の通用門となっている。エレベータを上がりコンビニが併設されている駅の改札を出ようとして、僕は足を止める。というよりも止めざるをえなかった。

 外は雨が降り始めていた。しかも、地面を叩く雨音はいつもは山の中にある大学の静かな風景を一変させるのに、十分な音量でアスファルトに叩きつけられていた。

 しばらくの間、僕は呆けたように豪雨と言って差し支えない光景を目の前にして立ち尽くした。

 モノレールに乗っているときは、まだ降り始めで小降りだったのだが。どうやら僕が駅についてから突発的に大降りになったらしい。全くついてない。すべて月曜日の一時限目に授業をする、助教授のせいにしたくなる。

 僕はポケットからライタとまだ半分ほど残っている煙草を取り出し、とりあえず火を点けた。

 とにかく授業には出て、レポートの提出をしなければならない。

 僕は火を点けたばかりの煙草をステンレスの携帯灰皿に押し込み、コンビニで傘を買うことにして再び駅の改札へ向かった。


「柏葉さん、傘持ってないんですか」

 コンビニの入り口手前で僕に声をかけてきたのは、社会思想史ゼミの後輩で川津香だった。彼女は一本後の電車で駅に着いたらしい。少し息を切らしている。

「おはよう、ご覧のとおり」

 僕はショルダバックを使っていたので、何も持っていない両手を若干挙げて、下向きに揺らした。

「あ、偶然ですね、私も持ってないの」

 彼女は両手のひじを曲げて、手を顔の両側に持ってくると大きな瞳をいっぱいに開き、手のひらを閉じて開く運動を数回繰り返した。きっと傘を持っていないというジェスチャだと思うけど、明らかに過剰な気がする。

「急に降りだすから困っちゃいますよね」

 彼女の肩まであるやや茶色がかった髪は、若干だけれど濡れていた。意味不明のロゴが描かれている黄色いパーカにも水滴の跡が見える。後のモノレールで来たから私鉄からの乗り換え時、雨に降られたのだと思った。

「そう、困ったので傘を買うところ」

 僕はコンビニの自動ドアが人を識別できるエリアに近づく。

「あ、私も、私も買います」

 彼女は何故か勢いよく、片手を地面とほぼ垂直になるくらいの角度まで挙げると、僕についてきた。


「今すぐに、ご利用になられますか?」

 外で大雨が降っているのが見えませんか。と機嫌の悪さから店員に悪態をつきそうになるのを堪えて、僕は三百五十円のの透明ビニール傘を買った。

 彼女は、まだジュース売り場の前にいた。待っていてあげるほど親密な訳ではないけど、まあせっかく声をかけてくれたのだから、という僕自身でも訳のわからない理由。そんな理由で、改札口から少し離れた場所で彼女を待っていた。


 一分ほどして、コンビニから出てきた彼女の手にはペットボトルの入ったビニール袋があるだけで、傘を持ってはいなかった。

「あれ、川津さん、傘は買わなかったの」

 そのためにコンビニへ行ったのだから、全く至極当然の疑問だと思う。

「買いませんでした」

「買わなかったって……濡れるよ」

 雨がやむまで待つのかな、とも思ったけど通用門へ向かう僕に彼女はついてくる様子だ。

「わたしですねえ、良いこと思いついたの」

 僕が振り返ると、彼女は僕の二、三歩後ろを、わざと視線を逸らすように横を向いて歩いている。正直なところ、良く分からない娘だと思う。ペットボトルの入った袋は、両手で後ろに持っているみたいだった。

「良いこと」

 僕は屋根が途切れる場所まで来ると傘を広げながら、彼女にたずねてみる。なんだか彼女、小刻みに左右に揺れている気がするんですど。

 傘を広げ終わって僕が外に出ようとすると、小動物のような小走りをして勢い良く、彼女は僕の傘の中に入ってくる。

「ね、良いでしょ、これなら二本いらないもの」

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