第6話 神様、魔王と出会う?

 穏やかな村の生活にも、変化の兆しは訪れる。


 王女セリアが去ってから数日。俺ことメジェド様は、再びのんびり村の見回りをしていた。空をふよふよと浮かびながら、作物の育ち具合を見たり、村の子どもたちとしりとり(布 → ふんどし → しらたき → キメラ → らっきょう)をしたりしていた。


「まったく……この異世界、平和でいいなぁ……」


 そう呟いたときだった。


 ――空気が、変わった。


 


◇ ◇ ◇


 北の森。その奥深くに、**“黒い渦”**が現れていた。


 地を這う瘴気、ねじれた魔力、空間そのものを捻じ曲げる存在感。そこから、何かがこちらの世界へ滲み出してきていた。


 俺は反射的に村の空へ飛び、森の方向へ目を向ける。


「……あれは、ポータル?」


 かつてのゲーム知識が脳裏に浮かぶ。空間転移、異界の門――あれは間違いなく、向こう側に“敵”がいる兆候だ。


 そして。


 渦の中心から、黒いフードを纏った者が一人、森に降り立った。


 


◇ ◇ ◇


 その夜。


 村人のひとりが、森の入口で倒れていた。幸い命に別状はなかったが、昏睡状態にあり、目覚めない。


「魔物にやられた形跡はない……ただ、魔力に焼かれたような痕があるわ」


 村の薬師がそう言い、エルナは不安げに俺を見る。


「精霊様……何か、来てるの?」


「来てるな。たぶん、“敵”が」


 俺はふわりと村の上空に舞い上がると、全方位に魔力を放ち、気配を探る。


 ――すると、北の森から魔力が返ってきた。


 まるで「見つけてごらん」と言わんばかりに、こちらを挑発するような波動。


「……こいつ、分かってやってるな」


 


◇ ◇ ◇


 翌朝、俺はひとり、北の森へ向かった。


 森は霧に包まれ、空気は重く冷たい。鳥の声もなく、木々さえも沈黙していた。


 しばらく進むと、開けた場所に出た。そこに――いた。


「やっと来たか、神よ」


 声を発したのは、フードを外した黒髪の男だった。肌は病的に白く、目は深い闇のような赤。


「貴様……誰だ?」


「名乗るほどの者ではない。“魔王の使徒”とでも呼ぶがいい」


 魔王。


 出た、ついにテンプレ中のテンプレ。だが、この魔力の質は本物だ。俺と同じか、それ以上の密度を持っている。


 使徒はふっと笑った。


「王国は気付いていない。だが我々は、感じ取っている。“この世界に、異質な神が現れた”とな」


「……俺のことか?」


「そう。だが、お前は穏やかすぎる。まるで――この世界に馴染もうとするかのようだ」


 その言葉に、俺は言い返せなかった。


 たしかにその通りだ。元はただの一般人。異世界でのんびり暮らすために、力を使っているだけ。世界征服とか、興味はない。


 しかし――


「それが許せない者もいる。魔王様もその一人だ。神は神らしく、絶対でなければならない。お前のように、人と共に生きようなどと――くだらん」


 使徒は手を掲げた。瞬間、黒い雷が空に奔る。


「お前には“選択”をしてもらう。世界を“神として支配する”か、“人間と共に滅びる”か!」


「どっちもイヤだ! 俺は“のんびり布神様”でいたいんだよ!」


 叫ぶと同時に、俺は魔力を爆発させた。


 地が震え、空気が光る。魔王の使徒は驚き、数歩後退する。


「その力……やはり、ただの精霊ではない……!」


「当たり前だ、こっちは現代知識もある布神だぞ!」


 魔力の衝突が、森の空間を揺らす。大地に亀裂が走り、木々が倒れる。


 だが、使徒は不敵に笑った。


「今日はここまでだ。だが、次に会う時……お前に“選択の余地”はない」


 そう言って、彼は再び黒い渦を開き、消えた。


 


◇ ◇ ◇


 森から戻ると、エルナがぽかんと俺を見ていた。


「……すごい音がしたけど、大丈夫だったの!?」


「まあな。ちょっとした“魔王の使徒”とのお話し合いだ」


「それ、“ちょっと”じゃないでしょ!」


 エルナは涙目で怒ってきた。うん、ごめん。


「でも、戻ってきてくれてよかった。……本当に」


 その声が少し震えていたのを、俺は見なかったふりをした。


 魔王の存在。異世界の“闇”。


 だが、俺はこの村を守りたい。のんびりとした、静かな日々を。


「いいさ、どんなやつが来ようと、この布様がぜんぶはねのけてやるよ」


 俺の中で、ゆるゆるな覚悟が、少しだけ――固まった気がした。

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