3. 二次会の扉の向こうで

 カラオケの二次会が始まった頃、翔真のスマホが震えた。

 幹事からのメッセージだった。


『さっきはごめんな。悠人には絶対二次会の場所バレないようにするから、もし大丈夫なら来て』


 なにもかもどうでもいいような投げやりな気持ちになりながらも、翔真はカラオケに向かうことにした。


 しかし、走り回った疲れがどっと押し寄せ、誰とも話す気になれなかった。

 翔真は別の個室を取り、しばらくそこで休むことにする。


(……岬に会いたかっただけなのに、何やってんだろ……)

 カラオケの喧騒を遠くに聞きながら、ぼんやりと天井を見つめる。


 ──もう二度と地元に戻らない。

 そう心に決めた、そのとき。


 

 ガチャ。


 突然、部屋の扉が開いた。

 悠人か結子が来たのかと身構える翔真。


 しかし、そこに立っていたのは――


「数年ぶりに会えたのに……相変わらずモテモテですねぇ?」


 岬だった。


 手にはドリンクを持ち、ほんのりと頬を赤らめている。

 アルコールのせいか、それとも別の感情なのか、表情はどこか皮肉めいていた。


「岬……」


(──やっと、会えた)

 その事実に、心が震えた。


 会いたかった相手が目の前にいるのに、どう言葉をかければいいのかわからない。

 翔真が体を起こそうとすると、岬は軽く手を伸ばして静止する。


「水飲む?」

 問いかける声はどこか冷たかった。

「あ、うん……」


 返事を待たず、岬は自分のグラスから氷を一つ口に含んだ。

 そのまま翔真の肩を押し、再びソファへと沈める。

 顔が近づき、唇が触れる距離まで迫る。


 岬は氷を含んだまま、小さく「ん」と声を漏らした。


(……誰だ、こいつにこんな馬鹿なことを教えたのは)


 苛立ちと、どうしようもない虚無感が同時に押し寄せる。

 酔っているとはいえ、こんなことできるやつじゃない。

 俺の知らない誰かが教えたのだと思うと、急に頭の奥底が冷えた。


 けれど、抗う気にはなれなかった。

 仰向けのまま、静かに口を開く。


 岬がそっと氷を滑り込ませながら、唇を重ねる。

 冷たい感触が、ゆっくりと二人の体温に溶かされていく。


(……エッロ)


 そんな場違いな言葉が頭をよぎる。


 氷が完全に溶けるまでの間、二人はただ、その温度を確かめ合うように口を合わせた。

 やがて、翔真は喉を鳴らし、ゆっくりと溶けた氷を飲み込む。


「なんで……全然帰ってこないし、連絡もないし……なんで……」


 自分の顔を見られたくないかのように、岬は視線を逸らし、声を震わせながら呟く。

 それでも、もう一度氷を口に含み、翔真の腕を掴んだ。


 翔真は、静かに息を吐く。

「……ごめん」


 それ以外、言葉が出てこなかった。


 岬がどれほど待っていたのか、どれほど傷ついていたのか、いつも自分のことばかりで分かっていなかった。


(それでも、そばにいられるのは今だけだ……)


 翔真はそっと手を伸ばし、岬の首を引き寄せる。


 二人はそのまま、ソファの上で静かに抱きしめ合った。

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