第19話

『星空の猫』

幻燈機の明かりがついて辺りはほんの少しだけ明るくなった様でした。


 猫が町を歩きます。

暗いくらい夜の底で仲間を探して歩きます。

友人たちと出会いお互いにおしゃべりをして悲しみは小さな星になって空へと上がってゆきます。

星がキラキラ瞬いて猫の瞳に映ります。

もう何も悲しくありません。


8月29日

『船とカモメ』

海の上を1羽のカモメが飛んで行く。

「お前、仲間とはぐれてしまったのかい」

船の上の看板でどうにも売り物になりそうにない魚を1つ投げてやる。

カモメは死肉を貪る鳥だ。

港には漁が終わるまで何日も帰れない。

カモメはずっとずっと船のそばにいた。

海の上で一人と1羽…


『金魚のスカーフ』

そろそろシーズン的に夏物がセールだ。

ふと見れば淡い水色の金魚の柄のスカーフが目に飛び込んできた。

家に帰って鏡の前でスカーフをつける。

金魚の鮮やかな赤と水の波紋が心を和ませてくれる。

心の中はほんの少しだけ涼やかな気持ちになった。


まだまだ残暑は厳しい。


『ボカロの鼻歌』

ボーカロイドが壊れてしまった。

人型ボーカロイドが発売されすっかり一般化している。毎日毎日歌や挨拶を楽しんでいたのになぁ…

今は歌がなくなってまるで鼻歌みたいなメロディだけだ。

♪〜〜♪〜♪♪〜


…これはこれで可愛いので修理しようか迷ってしまう。


『夏の終わり』

家に帰ってくると冷蔵庫を速攻開ける。

サイダーをグラスに注いで氷をたっぷり。カランと氷の音がする。

夏はもうすぐ終わり。

だけれど涼しくなるのはまだまだ先だ。

枯れた庭の向日葵が物悲しい。


夏休みは今週いっぱいでおしまい。

…まだ片付いてない宿題の山を見てため息をつく。


『赤富士』

夜明けの鳥の声がする。

夏の終わり朝焼けの光が富士山を包み込む。

ごらん赤富士だ。

朝日が昇るまでほんのわずかな時間。

もう少しでこの色は見えなくなってしまう。

まぶたの裏に浮かぶ色はフィルムの様に焼き付いて、鳥の声と共にこの美しい光景を何度でも再生させてくれる。


8月30日

『嘘と現実』

冗談すら言えなくなった世界。

現実の世界はどんどん怪しくなってゆく。

戯曲や物語の世界を楽しむ事ができるのは世界が平和だからだろう。日々世界の情勢は変化する。

「嘘だっ」

辛くて悲しいことがそう言えるほど、

世界が優しくて美しければいいのに。


『ススキ野』

赤い半月が宵の空に浮いてゐた。

ススキの穂が銀色に光る。

こんな夜には妖怪たちが集まりて宴を始めると言ふ。

亡くした者たちに会いたくて私は1人ススキ野へと行った。静寂に虫の声があたり一面に響いた。


…だが会うことはできず。

ただ私は泣いた。

静かに静かな秋の夜に。


『夜の空の小さな風船』

小さな風船がぽつりと夜空をただよっていました。

風船は昼間の結婚式の時にお祝いで空に放たれたのでした。ある風船は屋根に引っかかってパチリとわれました。海に落ちて海月になった風船もいます。

風船はただ一人さびしく思いました。月明かりで中のガスが光ります。

風船は小さな星になりました。


8月31日

『ピアノの魔法』

駅前のストリートピアノでたまにとても素晴らしい曲を弾いている老人がいる。

その音を聞いていたら心がどんどん明るくなっていく みたいだ。1つずつ音が弾けてふわりふわりと心が浮いてゆく。

灰色の心が一つずつ色づきカラフルに変わっていく。

ありがとう拍手の雨。

パチパチパチパチ…


『エレベーターに乗って』

子供の頃から百貨店のエレベーターに乗るのが好きだ。大理石の床もガラス張りの内部もそこから見える都市の風景も。

子供の頃エレベーターに乗って空を飛んでいるような気分だった。足元にが広がって青空の間を抜けて行く。

大人になった今、夜の百貨店のエレベーターは足元に星が広がっているようだ。


『世界のスイッチ』

停止した世界で様々な歪みを修正して回る。

神というのは自分が創ってしまった世界に責任を持たなきゃいけないし思い通りになるわけじゃない。おまけに作った人間達は好き勝手言いたい放題。

それでも僕はこの世界を愛していた。

スイッチを入れると新しい世界が動き出す。

ため息と感嘆がもれた…


『並木道にて』

晴れ渡った空に、紅葉した葉っぱが輝いていた。

いつもと違う散歩道を歩いていけば何か違う素晴らしい出会いに巡り合えるかもしれない。

ふと向こうから自分を呼ぶ声。

顔上げて前を見れば、同級生が手を振った。

懐かしさと喜びと、これから始まる物語に胸が高鳴る気晴れの空。


9月1日

『9月1日の朝』

今日から新学期。

「学校行きたくない」

と言ってぐずぐず泣き出してしまった息子をなだめる。楽しい夏休みが終わっちゃったもんね。

でも昨日友達に会えるって嬉しそうにしてたからきっと大丈夫、息子を抱きしめて送り出す。

母だって寂しい。

だって毎日いる時間が減っちゃうんだもの。


『Xのおすすめポスト』

待って待って!

どこに行っちゃったの?

さっきの素敵なポストもっともっと見ていたかったのに。頑張ってスクロールするもどこに行ったのかさっぱりわからない…

そうだ検索すれば出てくるかな!

でも、なんて検索すればいいんだろう?

出会いは一期一会なんて言うけど…こんな刹那じゃ切ないよ。


『真夜中のサーカス』

真夜中のサーカスは歓声に満ち溢れてゐた。

片足の空中ブランコ乗りに玉乗りのクマ飛んだり跳ねたりとびっきり陽気なピエロ。

見るもの皆が陽気に笑う。

だからきっと知るよしもあるまい。

昼間の空中ブランク乗りの努力を、自分を人間だと思っていたクマの悲しみを、ピエロにしかなれなかった男を。


9月2日

『家路』

明るい月明かりが宵闇を照らしていた。

心を覆う重い悲しみはゆっくりと溶けてゆく。

電灯の灯りがポツポツと道を照らして私の行く先を教えてくれる。

うまくいかなかった今日。たった一人の家路。

「ただいま」

誰からの返事も返ってこない。

ミャア

…あぁ、お前がいてくれたか。


『夜空のゼリー』

「いただきます」

今日のおやつはゼリーだ。

中に星型のゼリーが入っているの を深い青色のゼリーで固めてまるで夜空みたい。

キラキラしてて綺麗だな!

つるんと飲み干せば 喉の中を流れ星が流れてゆく。

願い事を思い浮かべて…

「ごちそうさまでした」


『喫茶店』

カランカラン…

「いらっしゃいませ」

マスターの優しい声がして今日もお客がやってくる。レモネードを飲み喫茶店の本をめくるとふと昔を思い出した。

そうだ檸檬だ。

学生時代好きだった小説がその中にのっていた。

忘れた心だったり記憶だったり何かを取り戻して皆喫茶店を後にする。


今日もまた…


『選択』

「吸血鬼の血を飲んで吸血鬼になるのと人魚の肉を食べるのどっちがいい?」

「え?何その二択?」

「君を不老不死にしようと思うんだけど!」

「ちょっと待って!冗談だよね?」

「僕と永遠の時を生きてもらう!それで材料を用意しないと」

「…君の血を飲ませる訳じゃないわけね?」


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