第12話

7月18日

『共依存』

あゝ恨みがましい、恨みがましい!

どんなに良くしたって感謝なんてされやしない。

それが分かっているのなら何故離れないかと、貴方は言ふが事態はそう単純ではない。

あの人を愛してゐるのだから!

身勝手で自己中心で被害妄想の酷いあの人を愛してゐるのだから!


『アリスのドレス』

娘のピアノの発表会が無事に終わり建物の隣にあったファストフード店に娘を連れて行った。

「ドレス脱ぎたくない」

と娘。


どうせこんな事になるだろうと私はピナフォアを持ってきていた。ピナフォア—つまり汚れよけのエプロンだが、それをつけた娘は

「アリスみたい」

と喜んだ。


『笠』

じいちゃん家に昔の菅笠? が置いてある。

「すげー…時代劇でしか見たことない」

「何言ってるんだ現役だぞ」

そう言ってじいちゃんは笠をかぶった。

「ワークマンで買ってきたやつだ!」

なぜかドヤ顔のじいちゃん。


…え? マジで売ってんの?


7月19日

『網戸』

カブトムシがくっついてる!

これはきっと息子が大喜びするに違いない。

私は網戸をそっと開け捕まえる。

昔は虫が苦手だったけれどそうも言ってられない。

「わぁ本当にカブトムシ!」

虫かごを見てキラキラの目の息子。


「待って部屋には持ってかないで!」

一緒に寝るのはやめて…


『月夜の空き瓶』

夜の海は怪物の様だ。

黒々とした波と海鳴りの音が昼とは全く違う顔を見せる。遥か彼方でボーっと言う汽笛の音がする。

夜行船の姿は見えない。

海辺を歩いていて足元に何かが当たる。

波に流されてきた異国の瓶だ。

よく見ようと持ち上げて月の光で照らす。

月が瓶の中に入り夜を閉じ込めた。


『古時計』

「動かないだろそれ」

「多分ね…」

蔵の中で埃をかぶった古時計を見つけた。

随分と古びた振り子時計はおそらく100年以上前のものだろう。

埃を丁寧に拭き取る。

蔵の修理をする為、中の物を全部出したのだ。


私は刺さっていたネジを巻いた。

時計の針が動き出す。


…コチ…コチ…コチ


『兄様』

兄様兄様、聞いてくださいな!

わたくし東京の女学校に参りますのほら素敵なリボンでしょう。

兄様兄様、聞いてくださいな!

空襲が御座いましたの、でも皆様無事ですわ。

兄様兄様、聞いてくださいな!

戦争が終わりましたの。

それなのに、

兄様兄様どうしてお亡くなりになってしまったの


7月20日

『包み紙』

ビー玉みたいなキャンディを口に放り込む。

包み紙を無造作に机の上に置くと娘がやってきて

「ちょうだい」

と言った。

俺はキャンディを娘に渡す。

キャンディを頬張った娘はご機嫌で机の包み紙を全部持っていった。


もしかして欲しかったのはそっち?

工作にでも使うのだろうか…

#文披31題


7月21日

『海水浴』

「海水浴に行こう」

「え っ!?今から」

「そりゃ、今からじゃないと暑くて熱中症になっちゃうだろ」

少し傾きかけた太陽とうっすらと空に浮かぶ月を見ながら、海に飛び込む。

はしゃぐ彼の姿が夕焼けの太陽に照らされてキラキラと輝いて見えた。

夏の海水浴の思い出。

#文披31題


『ラムネ瓶の中のビー玉』

息子が空になったラムネ瓶に手を突っ込んでいる。

「だめだよ指が抜けなくなっちゃう」

カランカラン、とラムネ瓶を振る息子。

「中のビー玉が欲しいんでしょ」

「うん」

「100均で買ってあげるから」

「本当?やったー」

そういえば私もラムネ瓶の中のビー玉が欲しくって同じ事したな。


『虹の根元』

夏の疲れがたまっていてうつらうつらと昼寝をしてしまった午後の昼下がり。夕立は気温を下げて心地よさを運んできてくれる。

ふと目を開くと縁側の向こうに広がるのは向いの茶畑から生えた虹であった。

「…きれい」

虹の根元には幸福が埋まっているという。

幸福はすぐ目の前にあるのかもしれない。


『父の時計』

修理に出していた父の形見の腕時計が帰ってきた。

それはとても古い職人の手作りで修理してくれた店はどうやら父とその腕時計を知っているらしかった。

「お父様もこの時計を修理に持っていらしたのですよ」

もしかすればこの時計は祖父の物なのかもしれない。


…時計の針がコチコチ動く


『夜行列車』

家出した娘を迎えに行った。

ずっと昔、夜行列車に乗って家を飛び出した私がそこにいた。

あの頃の閉塞感。

どこにも行けない何にもなれないまま死んでいく様な感じ。夜行列車に乗って逃げ出したあの日の私がそこにいた。


娘の隣を歩いて帰る夜の道。

何も言わずただ黙ってあの日の母と重なる私。


7月22日

『賑やかな家』

人がいなくなった家はガランと寂しかった。

寂しかった家は人を招くことにした。

人が一人一人増えてゆく。人が人を呼んで どんどん増えていく。家はとても賑やかになった。

もう家は寂しくなくなった。

そして家は近所の人間から『ゴーストハウス』と呼ばれた。

#文披31題


『さみしい』

さみしいさみしい

大勢の人の中で一人ぼっち。

たくさん人が話している中で自分から話すのはとても苦手。よくあること、と言えばそうかもしれないけれどとても心が重苦しい。


だけど…1人でいる時は、

一人なのに一人じゃない

たった一人なのにさみしくない

私の心と私はいる。

#文披31題


『旅立ち』

空っぽの鞄に荷物を詰めていく。

この家とも今日でお別れ。

この町ともこの家とも私と関わった人達とも皆お別れ。はち切れそうに膨らんだ鞄はそれでも両手で抱えられるほどしかない。

私にとって必要だったものは本当にあったのだろうか。


ガタン…ゴトン

電車にゆられて遠く離れて行く街を眺める。


7月23日

『探偵』

「糸電話?」

キッチンから紙コップを息子が持って行ったので何かと思えば糸電話を作っていた様だ。

「違うよそれは無線機なの!」

「無線機?」

「そうだよ。こうやってバレないようにこっそり後をつけて連絡するの」

あぁ探偵ごっこか…

そういえば昨日アニメで探偵ものやってたな。

#文披31題


『灯台』

船の看板の上から眺める海は黒々としていた。

遠くにポツンと明かりが灯る。

寂れた港町の灯台の明かりだ。

それは道しるべ であり1つの座標である。


私の心の中の様だと想った。

先の見えない不安の中で、ふと見上げればたった一つの座標がポツンと灯る。

私の人生に小さな明かりが灯る。


『親子でハイキング』

亀の親子がハイキングに出かけた。

お弁当を持ってゆっくりと歩いて行く。

「パパ本当にここがハイキングの場所なの?」

「地図ではここのはずだよ」

「真っ平らになっちゃってるよ」

「いいや皆でお弁当食べよ」

山に着くまでに10年かかってしまい山は住宅地になっていた。


『海の記憶』

潮騒の音がする。

この町からは海なんてずっとずっと遠いのに、潮騒の音がする。

遠い昔、この辺りは海の底だったらしく様々な貝殻や魚類などの化石が出土する。

土が海の記憶を持っているのかもしれない。

人間もまた海からやってきたのだ。

心地よく懐かしい潮騒の音がする。




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