第3話

5月17日

『遺骨』

抱きしめて

   抱きしめて

 抱きしめて

手を離さないで。


…彼女を重い女と俺は言った。

間違いだったのかもしれない。彼女はあまりにも軽い。小さな骨のかけらになった彼女を箸でそっと持ち上げる。


5月18日

『夜明けの歌』

朝から鳥が鳴いている。

あの美しい声の鳥は何だろう。

夜明けの黎明を告げる鳥たちのさえずり。

緩やかに今日という日が始まる。


朝から死ぬほど体がだるい。

起きなくてもいいか…きっと私がいなくても、世界は美しく回っているに違いない。

お願いあともう少しだけ休ませて。


『鎮魂香』

人間が初めに忘れる記憶は声だという。亡くなった大切な人の記憶が自分の声で再生されるから 記憶はどんどん上書きされて大切なその人の声を忘れてしまう。

だけど私は一番初めに忘れる記憶は匂いだと思う。

ハスの花の匂いがする。

2人で歩いたあの池のほとりに咲いていた。

あの人が好きだった香り。


5月19日

『いつものお客』

朝のラッシュアワー

やってくるお客さんは、無愛想な人もいれば「ありがとう」と言ってくれる人もいる。

みんな一様に忙しそう。

おや、いつもの常連客がやってきたようだ。


「美味しい?それ新商品だよ」

「クルル?」

そう言ってハトが私を見上げる。

いつもの変わらない朝。


『夜行性人類』

哺乳類は元々夜行性の動物だったらしいが人間もその名残を残しているのかもしれない。

朝が眠い、死ぬほど眠い、目を開けたまま気絶しそうだ。

春眠暁を覚えず…いや五月病なのかもしれない。

そのくせ夜は目が冴えてお酒を飲んでスマホ片手にいつまでも寝るのが嫌だ。

…あぁ、朝が辛い。


『今夜の晩御飯は…』

冷蔵庫を開けると野菜室をキャベツが占領していた。

「どうしたのこれ?」

「畑で取れたヤツお袋が」

義理の両親は歩いて5分で行けるところに住んでいる。ありがたいが急遽予定変更だ!

ホットプレートにお好み焼きのジュージュー焼く音。

「いい匂い‼」

子供達が目を輝かしている。


5月20日

『都市の動物たち』

ゴミ捨て場が荒らされている。

「イタチだな」

ゴミ捨てに来た隣のおじさんが言う。

都市に住み着き順応する動物はかなり多い。

—烏にイタチにタヌキ—


家に帰って昨日の夫のLINEの写真を見る。

『ごめん遅くなる』

飲み会の写真にはクマができ尻尾が隠せない半化けの狸おやじ達。


『呼吸』

呼吸の仕方を忘れてしまった。

息苦しい。溺れて行く水の底で空を見上げる。

光の筋がいくつも見える。

水面はキラキラと輝いている。

肺が潰れて、このままでは溺死してしまいそうだ。

あぁ私も魚ならば良かった。

…人間でなければよかった。

都市は海の底。


『出来る事リスト』

車のバンパーを擦ってしまった。

すごく悲しい!車の塗装スプレーを取り寄せた。

下塗りカラー仕上げ3本も必要!思わぬ出費。

休日に時間をかけて修復。少し塗りムラができてしまった。コンパウンドで磨いて洗車にワックス。

「これでよし!」

自分の出来る事リストに車の塗装をプラスした。


5月21日

『順応』

暑熱順化—そんな言葉がTVでやたらと言われるようになった。まだ夜に毛布が手放せないのに昼間は暑くて半袖だ。気候に追いつけない体。

思えば人類は単細胞生物だった頃から環境に適応し生きてきた。


「もうすぐ初夏か…」

私はスポーツ飲料を飲み干した。

今年も夏がやってくる。


『菖蒲湯…かもしれない』

5月5日は子供の日

菖蒲湯に入るため庭の隅に生えている葉っぱを刈り取る。果たしてこれがアヤメなのか菖蒲なのかカキツバタ なのか正直わからない。図鑑で調べたけど、どれも同じに見えた。

柏餅は買った小さい鯉のぼりも飾ってある。

何かわからない葉っぱの入ったお風呂はそれでもいい匂いがした。


『ラムネ瓶と5月の空』

5月の末日、空の色は淡い炭酸水の様

ラムネの瓶をカランと振る。

騒ぐ学生の声が聞こえる…あぁそうだ今は中間テストだからもう学校からの帰りなんだ。

さて仕事に戻らないと…汗を拭う。

もう帰りか、学生はいいな

そう思って自分の学生の頃を思い出しテスト勉強でそれどころではなかったと思い出す。


5月22日

『子守歌』

「それ何の歌?」

「ツキノウタ」

かつて父とした同じやり取りを我が子とする。

子供の頃、父が歌ってくれた子守歌だ。

一体誰が作った曲なのか調べてみたけどわからなかった。その曲を作ったのが父だ時がついたのは遺品を整理していた時だ。

作曲をしていたなんて知らなかった。

父の歌を我が子に歌う


『秘密の行楽』

境内に入ると不思議な世界が広がっていた。

薔薇とぼんぼり と紫陽花。湿った雨の匂いにバラの香り祈りを込めたお線香の匂い。

―花曼荼羅―

今日は仕事がお休み、家族には秘密の行楽。

いつも頑張ってるんだからこっそり楽しんでもいいよね。

日傘をさして境内のベンチに座りコーヒーを1杯飲み干した。


5月23日

『善悪論』

悪意というのは善良そうな顔をしてやってくる。いかにも自分は無害ですよと言わんばかりに正しく美しい顔してやってくる。そして気がついた時には相手を絡め取って喰いつくしてしまう。

さてどうしたものか…

目の前の人間は善良な存在なのか善良さの仮面をかぶった悪意なのか。


『ドライブの風景』

山は薄い緑から深緑と変わった。桜の花ツツジのピンクその次は藤の紫。今、山に咲いている白い花は何だろう?あれは卯の花だろうか?

車で走りながら木々の間に所々白い花が見える。

花見をする時間なんてない、今年のお花見もできなかった。だけど花を愛でる気持ちだけは忘れたくない。


『弔い酒』

私はお酒が飲めないって言ってるのに…

夫は私の前に盃を差し出す。

彼は寡黙な性格で私ともあまり会話がなかったが今はよく話すようになったと思う。

「お前が作ってくれた餃子が食べたい。ちゃんと言えばよかった…お前が好きだった」

もっと早く聞きたかったな…

死んでしまうその前に


5月24日

『朝に見る夢』

お布団にくるまれ二度寝する

まどろみの中で夢と夢想が入り混じる。


小鳥の声に目が覚めて朝のお散歩、道端に咲く花を楽しんで素敵な音楽を聞きながらコーヒーを一杯

なんて素敵なモーニングタイム。


混濁した意識の中で夢見る

…あぁ今日は2回も楽しい朝の時間を過ごす。

「おはよう」


『飲み過ぎ』

ODをしたいわけではない。

今日は薬の箱を1箱空っぽにしてしまった。

朝から痛みが止まらなくて、痛くて痛くてたまらないから30分ごとに2錠ずつ追加して気がつけば1箱24錠全部なくなっていた。

痛い痛い…痛い。

痛いのは体だろうか心だろうか。


『私の相互様へ』

ふわふわとした彼女の事を私はよく知らない。

彼女の好きなことを知っている彼女の苦手なことを知っている彼女の不安を優しさを知っている。だけど私は彼女のことを知らないどんな顔をしているのかどんな声をしているのか…どんな名前なのか。

SNS上でだけ彼女の存在を認識している。

彼女を知りたい

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