【BL】オーダーメイド

山西音桜

一着目

「……みたらし団子食べたいな」


 自動車運転の教習合宿を終え、帰りのバスの中で呟いた。

 いくらか間隔をあけて座っている三人しかいない乗客にも、勿論俺からは遠い運転手にも、俺の独り言に気づいた人間はいないようだった。

 みたらし団子が食べたい。焼きたてだとか、醤油から拘ったとかじゃなくていい。中にみたらしが入ってるやつでもなく、スーパーでたまに八十九円程度で売っている、冷えてしまったせいでみたらしがパックの端の形になっているレベルの。

 レンジで温めたら柔らかくなるのもわかってはいるけれど、冷たいままみたらしが固まっているあのチープな感じのみたらし団子にかぶりつきたい。無性に、今。

 スーパーに寄って帰ろうかと考えて、そう言えば今冷蔵庫に何が入っているのだろうと記憶をたどる。

 痛みそうな野菜は全てフライパンにぶち込んで、めんつゆと塩コショウで適当に味付けた野菜炒めは作った。それは確か食べきった。

俺が合宿に行ったが最後、使われることなく消費期限を迎えただろう卵二つは、乾燥わかめとウェイパーで中華スープにした。

中華スープは冷ました後冷蔵庫に入れた。そこまでは思い出せる。

 同居人でもある俺の雇い主が冷蔵庫に何かを買い足している可能性は、残念ながらほぼない。

 鍋に入った中華スープがそのまま鎮座している方があり得る。冷蔵庫に入れたとは言え、傷みやすいこの時期に放置されていたスープは、きっともう駄目になっている。

 みたらし団子と、簡単なカップ麺を二つ程買っていって、あの雇い主を連れ出してスーパーに行こう。

 そんなことを考えていると、バスが止まった。今止まっている停留所の名前だけ確認して、再度窓の外に目を向ける。

 そう遠くはない所に祠があった。狭い道にあまりあって欲しくはない、大きめの車がうっかり当ててしまわないか心配になるような場所にその祠はあった。

 いつもであれば祠なんかは目に入れない。けれど、その時の俺にはその祠から目を離せなかった。

 祠そのもの、と言うよりは開かれた祠の中でとぐろを巻いていた白い蛇から。

 あんなところにいるのだから、蛇があの祠の主なのだろう。

 白い蛇は神の使い、これは現在の職場で学んだことの一つ。何も不思議はないと思うのだが何故だか気になった。

 目を離せずにいると、視線に気づいたのか、それともたまたま目を開いた先に俺が居たのかは不明だが、ともあれ蛇と目が合った。

 目が、合ってしまった。

 神の使いと目を合わせてしまった以上無視はできまい。お前など見ていないと言われればそれまで、動きだしたバスの降車ボタンを押し、次の停留所でバスが止まるのを待った。バス止まると、運転手さんにお礼を言って料金を払い、バスを降りて、走ってきた方向を逆走する。

 祠の前にたどり着くとまずは礼を一つ。そしてしゃがみ、蛇のいる位置に視線を合わせた。


「何か、困ってますか」


 そう尋ねる。

 何を口に出すのが正解かは分からなかったけど、この蛇は困っている気がした。

 目が合った時、困っているけれど誰に助けを求めていいかもわからない、そんな目をしていた。


「我に聞いているか」

「はい、貴方に聞いてます」

「我の声まで聞こえるか」

「はい」


 神の使いである白蛇は恐らく、人に声をかけられたこと等久しくなかったのだろう。

 驚いたような遠く懐かしいような目をする。


「探している、店がある」


 曰く、その店を探している間に力が尽きてしまいそうになったため、この祠で休んでいたのだという。

 力尽きてしまう程遠い場所にあるのか、それとも、この蛇の体力がもうあまりないのか、どちらかは解らなかった。


「何の店ですか?」

「仕立て屋だ。一反木綿いったんもめんが営んでいると聞く」


 おそらく俺は目を見開いていた事だろう、「どうした」と心配そうに蛇が尋ねてくる。

 一反木綿が営む仕立て屋が、もしかしたら全国に何軒かあるのかもしれないけれど、現在この付近で一反木綿が仕立て屋をしている店は一つしかない。

 何の因果か、そこが俺の現在のバイト先である。

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