第33話:セミファイナル B組「NEU TRICK」演奏を終えて
天馬はゆっくりとマイクを下ろし、ステージの静寂を見つめながら、
いつになく饒舌に語った。
「……このノイズは、予想外やったばってん──それでも、綺麗やった。
制御ば外れた瞬間、音が……人になった気がしたっちゃ。」
「揺らぎは、バグやなか。……感情の、証やった。」
その声は、冷たいロジックではなく、天馬自身の“鼓動”が発した音だった。
それは、NEU TRICKというシステムが初めて“干渉”を受け入れた瞬間だった。
音は止まった。
しかし場内には、心拍のような震えだけが残っていた。
空間は、まるで“音の残像”に包まれていた。
NEU TRICKがマイクを置いた瞬間、客席を包んだのは――拍手ではなく、沈黙。
それは拒絶でも、理解でもない。
ただ、処理中だった。
一部の観客は、目を見開いたままステージを凝視していた。
ある者は、拳を握りしめたまま動けずにいた。
ある者は、涙の意味を探していた。
あまりに精密で、あまりに強烈な演奏。
“すごかった”とも“理解できなかった”とも違う。
それは、感情という名のノイズが、観客の“システム”に干渉した証。
技術系軽音部の高校生グループの会話。
「……あれ、音楽って呼んでいいのかな。デジタル音の響きって感じだった。」
「でも、最後のあれ……ノイズ、あえて?」
「うん。“感情の実装”を観た気がした。しかも、アドリブで。」
「制御外の演奏って、あんなに美しいんやね……」
彼らは、音楽を“構造”として捉えていた自分たちの認識が揺らいだことに気づいていた。
“ノイズ=エラー”ではなく、“ノイズ=感情”という新しい定義が、彼らの中に芽生え始めていた。
文化系女子たちの囁き
「ギター、最後に泣いてたよね?」
「照明も、あったかかった……“微熱”ってああいうこと?」
「NEU TRICKって、冷たい演者だと思ってた……でも、違った。」
「……あれ、たぶん“誰か”の記憶やった。」
彼女たちは、演出の中に“人間の痕跡”を見つけてしまった。
それは、無機質な美の中に潜む、誰かの“揺らぎ”だった。
音響スタッフ(控室近く)
控室近く、音響スタッフがモニターを見ながら呟く。
「最後、天馬くんの声に0.3秒だけリズム遅れた。あれ、わざと?」
「いや……わざとじゃないと思う。ただ、あれが良かった。」
「……あの“遅れ”が、感情やったんかもしれんね。」
彼らは、制御のズレが“音楽の魂”になる瞬間を目撃していた。
やがて、客席の一人が控えめに手を叩く。
最初は誰も続かない。
しかしその音が、分析の空気を破り、感情への移行を促した。
拍手は大きくはない。
だが、それは理解ではなく――共振の証だった。
それは“評価”ではなく、“応答”。
それは“納得”ではなく、“共鳴”。
それは“拍手”ではなく、“心拍”だった。
LayerZero控室。
NEU TRICKのステージが終わった後も、空気は動かなかった。
だが、その沈黙の奥には、「何かが始まった」という予感が確かにあった。
LayerZeroのメンバーたちは無言のまま、ステージから戻るNEU TRICKを見つめていた。
それぞれの内面に、説明できない感情が湧いていた。
それは“対抗心”ではなく、“共振”だった。
瑞穂は目を閉じ、天馬と同じ言葉を発した。
「この音のズレは、想定外だった。……それでも、綺麗だった。」
その言葉は、“制御外の美”を肯定する最初の一歩だった。
悠真は、璃玖のギターが最後に“叫んだ”瞬間を思い返す。
「感情が入る余地のない計算された楽譜の中に、人の感情が入りこんでいた……。」
理論の隙間に、魂が差し込まれたことを感じ取っていた。
理央は、渚のドラムに潜んでいた“踊りたい衝動”に気づく。
「……あのリズム。俺の心臓の鼓動とシンクロしていた。」
機械の中に、人間の鼓動が宿っていたことに驚いていた。
千紘は、蒼の光に混ざった“微熱”を忘れられない。
「完璧な光に、一瞬だけ“人の気配”が混ざった……。」
冷たい演出の中に、誰かの迷いが灯っていたことに気づいていた。
拓人は、灯が映像に込めた“感情ログ”を思い出す。
「……過去の感情って、成長の演出だったんだな。」
記憶はノイズじゃない。進化の痕跡だ。
琴音は、NEU TRICKの全てを見届けた後、控室に戻る。
その瞳には、恐れと希望が混ざっていた。
「……見られることへの耐性が、“歌になる”なんて。天馬さん、あなたも揺れてたよね。」
彼女はようやく理解する。歌に込めるべきもの――それは“制御できない共鳴”、観客との呼吸だった。
NEU TRICKの精密なステージ。
その中に仕込まれていた“許されたノイズ”。
それを正面から受けたLayerZeroは、対抗ではなく、美意識の再定義を始める。
演奏開始30分前、瑞穂はメンバーに告げた。
「私たちは、“制御できる感情”を演奏に込める。
NEU TRICKが排したものを、私たちは使う。」
その言葉は命令ではない。
演者の魂を“自由ごと”ステージに向かわせる合図だった。
悠真はギターを背負い、呟く。
「理論の中に感情があるなら……その感情だけで音を作ってみせる。」
歪みはノイズじゃない。心の反射だ。
「ギターは、想いを“揺らぎ”に変える道具。次は、その揺らぎを演奏する。」
理央は拳を握る。
「NEU TRICKの中に踊るリズムがあった。なら、俺は最初から踊らせる。」
心拍数、足音、息づかい――
「人間だから、揺れるんだ。揺れていいんだ。」
千紘は鍵盤の前で思う。
「明るすぎず、暗すぎず。人が迷った時に鳴るコード。」
迷いを、響きに変える。
拓人はベースを抱えながら口にする。
「映像にあった“記憶”。俺も低音に入れてみるか。……揺れる低音って、案外強い。」
記憶は、音の根っこになる。
琴音は静かに笑った。
「感情がノイズなら、私はそのノイズを歌う。」
ハーモニーは整えるものじゃない――共鳴させるものだ。
この瞬間、LayerZeroは“演奏”ではなく、“呼吸”を始めた。
NEU TRICKが残した沈黙に、揺らぎの第一音で応える準備が整った。
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