第2話:学級委員選挙
「では、今日のHRでは、学級委員を決めます。誰か立候補はいますか?
…いないようですね。では推薦で2名以上候補を挙げてください」
担任の言葉が静かに響いた瞬間、教室の空気がわずかに揺れる。
(誰がやる?男子?女子?)
誰もが顔を見合わせ、微妙な沈黙が生まれる中、ふいに声があがった。
「舞依ちゃんとか、よくない?」
「成績トップでしょ?見た目も完璧だし、委員長っぽい!」
男子と女子数人の声が重なり、教室の中で舞依の名前が飛び交う。
舞依は顔を少しだけ上げ、微かな戸惑いを滲ませた。
(また、そうなるのね……)
しかし、次の瞬間――別の声が響く。
「じゃあもう一人は…琴音ちゃんとか!」
「賛成〜!琴音ちゃんなら楽しそう!」
「うんうん、場も和むし絶対いい!」
琴音は前髪を指先で遊ばせながら、わずかに目を瞬かせる。
「え〜わたしぃ?できるかな〜♡」
その声は、驚きを含みつつも、どこか満更でもない響きを持っていた。
――こうして、候補は舞依と琴音そして男子一人。
舞依は、小さく息を整えながら口を開く。
「…私でよろしければ、僭越ながらやらせていただきます。」
琴音も続く。
「じゃあ、私もがんばる〜♡」
男子生徒は、落ち着いた声で「よろしくお願いいたします。」と一礼する。
担任が、穏やかに告げた。
「では、投票に移ります。無記名でお願いします。」
その瞬間、舞依は静かに息を飲み込む。
(…わたしは、本当は誰かをまとめるタイプじゃない。でも、“ちゃんとしてる人”って、いつも委員長にされる)
(琴音……変わったな。昔はあんなに静かで、目立たない子だったのに。)
中学時代の琴音は、教室の片隅で本を読んでいるような存在だった。
クラスの賑やかな話題には入らず、先生の質問にも必要最低限しか答えない。
それが――高校に入ると、まるで別人のように変わった。
軽やかな笑顔、小悪魔のような仕草。
陽キャ男子とも気さくにおしゃべりし、
教室の中心にいることが当たり前になっていた。
舞依は、その変化をただ見ていることしかできなかった。
対する琴音もまた、舞依への複雑な感情を抱えていた。
指先で机の縁をなぞりながら、わずかに息を止める。
(ここで勝てば、舞依に“勝てた”ことになる。)
(あの子は静かにしているだけで評価される。
でも私は、必死に変わって、ようやくここまできたのに。)
琴音が、背筋を伸ばし直す。
まるで自分自身に、「ここで負けるわけにはいかない」と言い聞かせるように。
唇の内側をそっと押し当てるように噛む。
そして、視線を教室の隅へと流した後、わずかに目を伏せる。
「票数は、舞依さん16票、琴音さん15票、男子さん9票
……1票差で、舞依さんが委員長、琴音さんが副委員長に決まりました」
静かな拍手が広がる。
それは、歓声ではなく、形式的なもの。
舞依は微かにお辞儀し、
「……よろしくお願いいたします」
とだけ言った。
その瞬間、琴音は柔らかく笑う。
「さっすが、舞依ちゃん♡ 頼りにしてるね〜」
その声は軽やかで明るい。
けれど、舞依には、その笑顔はどこか舞台メイクのように感じられた。
飾られた表情――緻密に作られた演技のような、違和感。
(今の笑顔、目が笑ってなかった。“本当の笑顔”じゃなかった気がする。)
放課後、最後のチャイムが鳴ったあとも、舞依は教室に残っていた。
机の上には、配られたばかりの資料が広げられている。
今週の予定、各委員の決め方、ホームルームの進行案――
やることは山積みだった。
「舞依さん、琴音さん、ちょっといいかな」
担任の先生が、柔らかく声をかけた。
舞依と琴音は、どちらからともなく自然と横並びになった。
「今週中に、クラスの委員決めと日直表の作成をお願いしたいんだ。
わからないことがあれば、いつでも相談してね」
先生は穏やかな微笑みを浮かべ、教室を後にした。
舞依は、資料を一枚ずつめくりながら、小さく息を吐く。
(今週中に…?)
任された責任が嫌なわけではなかった。
でも、期日が短いというプレッシャーが、胸にズッシリと重くのしかかる。
そのとき、隣にいた琴音が、にこっと笑って言った。
「ねぇ、舞依ちゃん。分担しよ?わたし、日直表の作成やるから、舞依ちゃんは委員の決め方をまとめて♡」
舞依は、思わず琴音を見た。
茶化しているようでいて、その目は意外とまっすぐだった。
「……いいの?でも、資料まとめるの今週中よ。一人じゃ大変じゃない?」
琴音が、ウインクしながら、ニッコリ微笑んで言う。
「もちろんっ。委員長と副委員長なんだから、支え合わなきゃねっ♪でも修正はお願いね♡」
「……ありがとう。」
舞依は、ちょっぴり微笑んだ。
琴音は、嬉しそうに、資料の一部を手に取る。
静かな教室。
2人の他は、もう誰もいない。
西日が差し込む窓の向こうでは、春の風が木々を揺らしていた。
淡いオレンジ色の光が、二人の影をゆっくり伸ばしていく。
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