第11話 絶対神の支配
「……無理? 信仰を集めることが、できない……?」
こくり、とローウェンは無言で首肯する。
「あ、あの、それは……如何なる理由で?」
「あんた、この地には競合するような神はいなさそう、ってさっき言ったよな?」
「然り! されど……正直、不自然にすら思うておりました。町、港にも、海にも……この地には神の気配がない……息吹一つ感じられぬのです」
「……ところがねえ、いるんだよ。競合することすら許されないほどの、文字通りの絶対神が」
「なっ……。絶対、神……?」
そのような単語、聞いたことも無い……とでも言わんばかりの表情で、絶句する雪花。
「し、して、その神の名前は?」
「さあ?」
一瞬、完全なる沈黙が場を支配した。
「さあ? ……とは。絶対の神の名を知らぬと? そのような……」
言い切る前に、ローウェンが口をはさんだ。
「戒律に曰く。みだりに神の名をとなえるべからず。敢えて神の名を言うなら、『神』、かな。神は唯一にして絶対。だったら名前なんてわざわざ呼ぶ必要ないよね? この国で神と言ったら、それは神のことなんだよ。言ってること、わかる?」
「い、意味が……。現に神が、あなたの眼前に居るではありませぬか! 私だって神です!」
バッ、と。
ローウェンが、視界の雪花の口に蓋をするかのように、「おっと」と右手を突き出す。
「俺の前だからいいけど、この国で迂闊に神を名乗らないでくれよ?」
「なっ……」
「さもないと、首が飛んじゃうよ。法でそう決まってる」
この国で自身を神と騙り、まやかしの教えを流布する者は『異端者』として極刑に処されることになっている。ローウェンは淡々と事実を伝えた。
雪花の声が、震えているのがわかる。絶望からなのか、怒りからなのか。はたまた、その両方か。
「そ、そんな……そんな横暴な! 確かに神としてこの場に在りながら、この国では、神を名乗ることも許されぬと!? 『騙る』とは? 『異端者』とは? 如何なる了見ですか! 私は、存在することすら許されないと申すのですか!?」
胸に手を吸えながら、見せたことも無いほど感情的になる。
やっぱり、そういう反応になるよねと、ローウェンは瞳を閉じ、ううむ、と唸った。
「……聖ミュリエール教」
「えっ……?」
「この国を支配している、神の教えだよ。万物の創造主にして全知全能の唯一神。その神の教えを直接聴き、それを編纂したうえで、最初の伝道師になった女性にして、最期は天へと還ったと伝えられる聖女・聖ミュリエール。その名を採って、そう呼ばれている」
「聖ミュリエェル教……。それほどまでに大きな教えなのですか……?」
「大きいどころか。このセンタグランドを含む、大陸のほとんどの国が国教として採用してる。トータルで見た信仰の強さなら、悪いけど東那の神様が束になっても太刀打ちできないほど強大だ。しかも新しい神様を根付かせようと思っても、教会がそれを排除しにくるときた」
ついに雪花からの反応が無くなった。
「最近は、この国に住む人種も多種多様になってきたから、異教徒が聖ミュリエール教以外の宗教を信仰すること自体は、基本は黙認ってことになってるけど――昔の異端審問全盛期の頃の異端者・異教徒狩り、迫害は、密告制度と相まって、そりゃあもう凄まじかったらしいよ。今でもその名残は残っていて、新しい神を担いで新興宗教を起こし布教を行った者は、極刑。信者にも重い罰が課せられる。悪いが神としてあんたを売り出すことには、協力できない。何より、あんたの身が危ない」
暫く俯いたあと、雪花は一縷の望みをかけた目で、ローウェンと向き合った。
「……然らば、東那国! 海を渡り、東那国でなら……」
「悪いが、それも無理だ。東那国には俺も是非とも行ってみたいけど、今はダメだ」
雪花はガタっと椅子から立ち上がると、一際大きな声で、即座に訊いてきた。
「
「結論を言うと、今のあんたが、俺の魂に寄生しているような状態だからだ。——あんた、今の状態で、俺と離れて顕現できる限界はどれくらい?」
「……正しきは計りかねまするが、
「甘く見積もっても半径800ミターか。やっぱり駄目だよ」
ローウェンは首を横に振った。
「詳しくは長くなるから話さないけど、今、大陸の人間の東那国の入国には、大幅な制限がかかっているんだ。基本的に、あちらの国からの要請がない場合は、交易の認可を得た商船くらいしか入国できない。それに紛れて入国したところで、密入国扱いだ。国中からマトにされ、布教どころじゃなくなるよ。あっちの国じゃ大陸人は目立ちまくるから、尚更」
「ロウエンが国に入れぬゆえ、
「残念ながら。俺の魂から独立してもらわないことにはね。信仰を得る以外の方法で、あんたの魂の力を回復させる必要がある」
「それには……神体である神器を探すほかありませぬ」
「やっぱり、そこに行き着くか……。気が遠くなる話だな。この大陸にあるのかどうかも分からないし。――他に魂の力を回復させる手段とか無いの?」
「其れは……私こそ聞きたき事に……」
すっかり意気消沈した様子で、雪花は俯いてしまった。
流石に今日はもう遅い。雪花の憔悴もあって、ローウェンは、黙って話を切り上げた。
ベッドに雪花を案内し、ローウェンは出ていこうとドアを開ける。出ていく前にローウェンは、雪花に背を向けながら、告げた。
「必ず、何かしらの方法があると思うんだ。考えてみるから、とりあえずあんたは、ゆっくり休んでてよ」
「ロウエン……」
ローウェンはそれには何も返さず、「おやすみ」と、部屋のドアを閉めた。
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