第9話 惹かれたあった者同士




「ふう……存外早う終わりましたね」



 ならず者たちの後処理も終わり、ローウェンと雪花はダイニングで寛いでいた。


 白妙雪花咲姫シロタエノユキハナノサクヒメ―—もとい、雪花はカップの中のスープに口をつけながら、一息ついた。


 カップの持ち手に小さな指を絡ませ、底に手をつき、時折「あつ……」と声を漏らす。声まで幼くなってしまっているが、言葉遣いは古風なままである。まるで大人を真似て背伸びし、尊大に振る舞う子供を見ているようだが、なかなかどうして、様になっているとも感じる。



「お口に合うかな?」


ついぞ味わうたことのない味なれど、美味。堪能しております」



 そいつはよかった、とローウェンはダイニングの椅子に、雪花の対面の位置で座る。にこり、微笑で返す雪花。


 彼女の少女時代の姿と言われればまさしく最適解といったところだが、目の前にいるのは、身体こそ幼く縮んではいるが、あの凛然とした美女たる白妙雪花咲姫シロタエノユキハナサクヒメその人(神?)なのだ。



「そいつを飲んで、今日はもう休んだほうがいい。色んなことがありすぎた」


「……いえ、そうも申してはおられぬのです。汝……いえ、あなたには、私への問いが、山の如くあるはず」


「そりゃ確かに山みたいにあるけど、それは明日でも……」


「否、私の方からも、く伝えておきたくて。どうか、何なりと」



 上品さと愛らしさが混ざった仕草でカップを傾ける雪花の姿を眺めながら、ローウェンは切り出した。



「……それじゃあ最初に……。子供の姿になっちゃったのは、これは一体全体、どういう理屈で?」


「一言で申しますなら神霊……否、魂の力の不足ゆえ」

 


 コトン、とカップをテーブルの上に置く。そして姿勢を正す。



「ロウエン。今の私は、あなたの魂に巣食う蟲も同じ存在」


「巣食う? ……寄生虫みたいに?」


「まさしく。あなたの魂に縋り付き、それでようやく、現世に顕現能うております。故に、あなたの魂に負担をかけぬよう、この姿に。顕現するために削げるものは全て削いだ、その結果なのです」



 うーむ、とローウェンは天井を見ながら唸った。つまりは、省エネモード、と言うことなのだろうか。 



「仮に、大人の姿になったとしたら?」


「刹那の一刻ひとときであれば、初めてあなたとまみえた折の我が姿に還ることもできましょう。……されど仮に、その状態を保ち続けんと欲せば、ロウエンの魂を全てくらい尽くしてしまいます」


「おおっと。そいつは怖い。……魂の力を借りるって、そういうことだったのか。想像してたのと、ちょっと違うというか……」



 ローウェンとしては、その「魂の力」とやらを、自分の体内から少し切り取って貸りるという認識でいたのだが、まさか、「寄生」という形で、消滅を辛うじて踏みとどまっているとは。さすがにこの告白には、少々面食らった。



「迷惑と思わるるも是非もなしと、重々承知しておりまする。生き意地汚き事甚だなるにして、にさもしき女と思わるるのも……」



 ぎゅ、と拳を握りしめ、俯く。その様を見たローウェンは、即、反論した。



「あー、やめやめ。そんな卑屈にならないでよ。誰だって、命に係わる間際なら、助けぐらい求めるって。藁にもすがろうとするって」


「されど……」


「少なくとも、今のあんたは俺の剣だろう? だから、助けてって言うなら、持ち主たる俺が何とかするのは当然だろう?」



 何とも奇妙な会話に、自分で言っていて「おや?」となるローウェン。

 なんていうか、あー。うん。ローウェンは言葉に詰まったあと、雪花の目を見つめて言った。



「俺、宝剣あんたに一目惚れした身なんだ。だから、あんたを今後も可能な限り助けるよ。惚れた弱みさ」


「……一目……惚、れ?」


「おっと、この物言いは、礼儀知らずだった?」


「い、いえ……そのようなことは。急に斯様な事を言われ、少し驚いたと申しますか……。あの、あなたが心惹かれしは、あくまで剣の方……で?」


「そうだよ?」



 にべもなく即答するローウェン。

 少し、落胆したように声のトーンを下げる雪花。



「……一応、賛辞として受け取り申します……」



 顕現した女神の姿はローウェンにとって、一言で言えば、分不相応。

 釣り合いの天秤とやらがあったとする。それに彼女が飛び乗ったらば、その勢いで月まで吹き飛ばされる。

 元の姿の彼女はそれほどの格の高い美女だった。口説けと言われても、途轍も無い気後れが邪魔をし、とても食指が伸びない。

 かといって、今の姿は可愛らしくはあるが、少女趣味に他ならない。理性と社会通念とが否応なしに待ったをかける。

 そもそも彼女に釣り合う者、特に異性とあらば、同じく超常の存在たる神くらいであろう。



「そういえば武器屋で『薄気味悪い』って評が立ってたのは、あれはあんたが『弾いた』奴らの評ってこと?」


「あ……。然り。私と波長が合い、尚且つ、私を持つに相応しい器量のある者をと……。そういう『氣』を放って、選別しておりました」


「封印されたままでも、そういう小技は使えるんだね」


「ええ。ですが、ロウエン。あなたが私を見つけ、手に取ってくれた」



 再び微笑を浮かべる。



「俺ねえ……。俺を選んだ基準。何なワケ? どこにでもいるような、30手前の冴えない荒事商売の男寡おとこやもめだよ?」


よわいなら、ロウエンの歳など、私にとっては赤子も同然なれば」


「……ですよね。ちなみに、実際は御年おんとしおいくら歳?」


女子おなごに訊くことに有らざることでしょう。斯様かような事は」



 そりゃそうかあ、と二人で笑い合う。



「確かに、相応しきと言える者は幾人かおりました。然れども……あなたを選んだ理由……しいて申すなら……」



 雪花は少し黙った後



顔貌かお……?」


 

 そうポツリとだけ言って、視線を泳がせた。

 それは間違いなく賛辞のはずだったが、ローウェンはまさかの回答に絶句した。



顔貌かおって……。あんた、顔の好き嫌いで持ち主をフルイにかけたのかよ。神様がそんなんでいいわけ?」


「……別に良いではござりませぬか。私は確かに神。されど同時に、その……女たる身でもあります。どうせ帯同して頂けるなら、強く顔貌のいい殿方か、強く見目麗しい女性にょしょうがと願っても宜しいではありませぬか……。あなたの国の神が如何に崇高且つ公明正大かは存じませぬが、我らに其れを強うるのは如何なものかと」 



 雪花は少し口を尖らせながら、拗ねたようにブツブツと答えた。



「……いや、逆に気に入ったよ。そりゃ神様だって、贔屓したくなる顔とかあるよな。そういう俗っぽいところが逆に親しみやすくていい。……形はどうあれ、互いに惹かれあった者同士で結ばれた縁なんだから、必要以上に悪びれる必要なんて無いってことで。さ、話を進めよう」


「惹かれあった者同士……」



 ふふっ…と雪花はまんざらでもなさそうな笑み浮かべていた。



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