白妙雪花咲姫 異邦戦記譚 〜「神は全知全能にしてただ一人」の異国の地で、失った信仰と神体とを取り戻す。そのためなら女勇者でもアイドルでも何だってやってやる 〜

第4話 戦女神

　ローウェンは玄関（エントランス）のドアを乱暴に開けた。彼女の言った通り、そこには雁首揃えて、ガラの悪い荒くれ者共が立ち並んでいた。各々が、物騒な獲物を携えている。

　見たところ、スラム街に根城を構える、ゴロツキ集団といったところか。

「やあやあ皆様方、大勢でコンバンワ。生憎だけど、パーティーの会場間違えてない？」

　忌々しそうに軽口を飛ばすローウェン。

「いーや。ここで合ってるさ、なあ、お前ら」

　ヒヒ、と下卑た笑いが起こる。

「なんでもお前、いい剣を手に入れたそうじゃねえか。どんなもんか、ちょっくら見てみたいと思ってだな」

「減るもんじゃ無し、見物させてくれよ。なあ？」

　やはり目的はあの宝剣だったか。町中で開けっぴろげに見せびらかした上に、簡易的な鑑定をした上でのお墨付きまで出たのがまずかった。好事家の中には、高値をつける者がいるのかもしれない。

「残念ながら一般人の展覧は許可しておりません。どうしてもって言うなら、金をとりますけど？」

　ピクッと、リーダー格の男の眉が捩（よじ）れた。ペッと唾を地面に吐き捨てると、完全に威圧の態度を見せてきた。

「兄ちゃんよ。バカにされるのは好きじゃねえ。——痛い目見たくなかったら、大人しく例の剣を持ってこい」

「何でだよ。金払って手に入れた、俺の剣だぞ。嫌だね」

「じゃあ、『やっぱり持ってきます』って言いたくなるまで、痛めつけることになるな。それは、賢い判断とは言えねえ」

「それ、ひょっとして脅しのつもり？　俺、それなりには名の通ったハンターのつもりでいたんだけどなあ一応……この町では、だけど」

「自惚れんじゃねえよ。お前、ちょっと前まで中堅ハンターの赤銅鳳級（ブロンズクラス）だったらしいじゃねえか。何の手柄で昇級したか知らねえが、要は昇級したての、経験の薄い若造ってこったろうが」

「その程度の腕で、この人数を相手にできるかよ」

　その一連の科白（セリフ）に、ローウェンはため息をついた。赤銅鳳級（ブロンズクラス）も銀狼級（シルバークラス）も、世間では随分と甘く見られているらしい。もっとも、その方が相手の油断を誘えるので、都合がいいと言えばそうなのだが。

　それにしてもこの自信。もしかしたらただのゴロツキではなく、傭兵崩れか何かなのかもしれない。

「肩書きだけで人を判断しない方がいいよ。——ああ、それと」

　ドコッ！　ドコッ！　ドンッ！　ガタタタッ…

　館の中で、何かを叩きつけるような音が鳴り響いた。ならず者たちに動揺が走る。

「何だ！？　中に誰かいるのか！？」

「おたくらの本命は、あっちだろう？　渡せと言われても俺が断固拒否することを見越して、陽動のあんたらが正面で押し問答や小競り合いをやってる間に、数人が館に忍び込んで家探し。悪知恵が働くねえ」

「バカな！　てめえ完全に一人だったじゃねえか！　中のヤツってのはどっから湧いた！！」

「クソッ……！！　この屋敷に近づく人間は誰もいないって話は一体何だったんだよ！」

　ギリ、と歯噛みするならず者たち。それと同時に、館の中の物音がピタリと止む。

　しん……と静まり返る中、からん、ころん、と独特の靴音と、何かを引きずる音が近づいて着たかと思うと――。

「ぐわーっ！！」

　悲鳴といっしょに、館に忍び込んでいた男が勢いよく飛び出してきた。男は地面に体を叩きつけられながら吹き飛ばされ、ならず者達の足元に、逆さ埋めのような体勢で伸びてしまった。

「なっ……何だ？　何があった！」

「ふう……。下衆め」

　宝剣から出てきた美女が、退屈を絵にかいたような面持ちで、玄関口から姿を現す。右手には鞘に収まったままの宝剣を。左手は、もう一人のならず者の襟首を掴み引きずりながら。

　にわかに、ならず者達の顔色が畏怖に染まった。

「すげ。もう片付けちゃったの？　本当に大丈夫か半信半疑だったけど……」

「侮り給（たも）うな。剣を抜くまでもなし」

「あ、もしかして気を使ってくれた？」

「刃を徒（いたづら）に血で汚すは、私（わたくし）も、汝も本意（ほい）ではありますまい。……高い値で買（こ）われたのでしょう？」

　相変わらず古風なしゃべり方で、にこりと柔和な笑みを浮かべる。まさか200エーネの捨て値で取引されたと知ったら、どんな顔をされるだろうか。ローウェンは複雑そうに笑み返した。

　最初、ローウェンは彼女に「館に隠れているように」と言いつけていた。だが、陽動策を看破した彼女は、敢えて輩の侵入を許し、鉢合わせたその場で打ち倒す策を提案した。

　もちろんこれは、彼女がある程度の手練れでなくては成立しない作戦なのだが、彼女の只者ではない佇まいと、凛とした自信に溢れる口調に押され、半ば強引に承諾させられてしまったのだった。

　だが、彼女の強さは、想像を遥かに超えていた。

「あ！　あの剣！！　あの女の持ってる剣が例のやつですよ！」

「へえ……。まさかそっちの方から持ってきてくれるたあな。おい姉ちゃん、今すぐその剣を俺らに渡しな。そうすれば、二人をボコったことは水に流してやる。どうだ？」

「断ります」

　毅然に、きっぱりと、即答だった。そのあまりの速さに、ならず者達は「なっ……」と漏らしたあとに、絶句した。

「そなた達のような輩に、触れられとうありませぬ。この剣は已（すで）にロウエンのものであり、私自身（わたくしじしん）でもあります故」

　汚らわしいものを見る目で溜息を吐く。

「おい女、舐めた口で、訳わかんねえこと言ってんじゃねえぞ。頭湧いてんのか？」

「どうやら交渉決裂みてえだな……」

「交渉？　交渉とは、持主に然るべき額や対価を差し出し、それでもって談合するという平和的な解決法でしょう？　鐚一文（びたいちもん）も出さず、端より脅して奪うか、殴られて奪わるるかを選べとは……。実に分かり易き悪党よな」

　ふうー……と、再度大きく溜息を吐く。

「悪党に振る刃は戦にあらず。ただ――」

　彼女は宝剣を鞘よりゆっくりと、見せつけるようにして威嚇し、三分処ほどで完全に抜き去った。

「ただ、破邪顕正の仕置きなるべし」