第21話「ことばの咲く舞台」
体育館の空気は、しんと静まり返っていた。
マイクの前に立つ足が、少し震えている。
心臓の鼓動が、自分の声よりも大きく感じられた。
客席の奥。
凛が、まっすぐこちらを見ている。
陽斗が、腕を組んで立っている。
そして、教卓の上のタブレット画面に、小さく「AICO」が起動中の表示を灯していた。
晶は、深呼吸を一つ。
目の前のマイクに口を近づけ、話し始めた。
「はじめは、僕は“やばい”って言葉ばかり使っていました。
感動したときも、落ち込んだときも、
テストがダメだったときも、パンケーキがおいしかったときも――
ぜんぶ、やばい。
でも、あるとき気づいたんです。
“やばい”の中には、たくさんの気持ちがまぎれているって。
それを一つずつ取り出していったら、
僕の中に、いろんな色の言葉があることがわかりました。」
言葉を噛みしめるように、晶はゆっくりと続ける。
「空がきれいだった日のことを、“茜色の抱きしめ方”って表現した日。
凛のひとことで、“ふつうにうまい”が五感の文章になった日。
陽斗とぶつかって、“むずかしい語彙”の意味を考えた日。
AICOが沈黙して、自分の言葉だけで書いた夜。
そうやって、少しずつ、ことばが咲いていきました。」
晶は、ポケットから一枚の紙を取り出し、最後の言葉を読む。
「語彙って、たぶん、“知識”じゃないんです。
それは、誰かに伝えたいって思った“気持ちの芽”が、
ちゃんと育ったときに咲く“心の花”なんだと思います。
僕は、ことばで人とつながれるって、初めて思いました。
だから今日は、これだけは言いたくて来ました。
ことばって、怖いときもあるけど、
信じてみると、ちゃんと届くんだって――僕は思います。」
話し終えた瞬間、しばらくの沈黙が流れた。
そして――
パチ、パチ、パチ……と、ひとつ、またひとつ、拍手が広がっていく。
凛が目元をぬぐいながら、微笑んでいた。
陽斗が、小さくうなずいていた。
そしてAICOの画面が、静かに文字を浮かべた。
【君のことばは、咲いた】🌱
晶は思った。
ことばは、僕の中でも育つし、
誰かの中でも、芽を出して咲いていくんだって。
🔜次回:🌱語彙の芽〈第21話編〉
語彙は、届けるために咲く。
スピーチで伝わる語彙の力とは?
「統合語彙力」と「届ける構成」の仕組みをふり返りながら、
あなたの“語彙の花”も咲かせるためのヒントを紹介!
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