崩壊
▽▽▽
ざああ、と木々の揺れる音。
急に風が強くなった。
夜の公園のベンチにわたしと瑠衣は座っている。
「ねえ瑠衣」
「なんですか?」
わたしは隣にいる友人に問いかける。
「瑠衣はどうしてさっきまでドローンの姿だったの?」
「私にもよくわかりません。この世界に着いた時にはそうなっていて。ただ、二式くんのお父さんからは言われていたことがあります」
「何を?」
「未来さんの意識に急に強い刺激を与えるべきではないと」
「刺激?」
「今この仮想世界は未来さんの精神をAIが具現化することで成り立っています。未来さんの精神が不安定になれば、この世界そのものが崩壊する可能性があります」
「それで?」
「未来さんを目覚めさせるためには、未来さん自身に自分が眠っていることを自覚させる必要がありました。だけど未来さんが交通事故に遭い、寝たきりで生死の狭間を彷徨っていることを知れば、そのショックでこの場所が不安定になるかもしれない。だから私はすぐには真実を告げないために素性を隠して未来さんに近づきました。その意識が働いて結果ドローンの姿になったのかもしれません」
「なるほどね。ブ~~~ン」
わたしは瑠衣がドローンだった時のセルフプロペラ音を口真似した。
「からかわないでください。あれでも必死だったんです」
「ちょっと先の未来型AI、ルーチン・ポーク・スタイルです」
「未来さん!」
瑠衣は怒ったような恥ずかしそうな顔になる。その反応が面白いんだ。
わたしは笑った。声を上げて。
こんなに思い切り笑ったのは久しぶりな気がする。
わたしを見る瑠衣も次第に笑い出す。
ずっと眠ったままだったら、こうやって笑うこともできない。
風が吹いた。落ち葉をさらっていく。
空気が変わったような気がした。嵐の前のような匂いがする。
「瑠衣」
「はい」
わたしはベンチから立ち上がった。瑠衣も空気の変化に気づいたようだ。
「なんか天気が荒れそうな気がする」
「勘の良い未来さんがそう言うなら、きっとそうでしょう」
「今わたしの心は穏やかなのに、どうして?」
「わかりません」
風がさらに強くなった。風に煽られ木々の枝がしなる。
「瑠衣。わたしたちはどうやったらこの場所から出られるの?」
「頃合いを見て二式くんのお父さんが装置を使って現実に意識を戻してくれるはずです」
「でも、大丈夫なの?」
瑠衣の顔は不安げだった。瑠衣もどうしたらいいかわからないのだろう。
「瑠衣、行こう」
「どこへですか?」
「安全な場所に」
「わかりました」
わたしたちは急ぎ足で公園から出た。
「未来さん! あれを見てください!」
もはや声を張り上げなければ聞こえないほどに風が吹き荒れている。
わたしは瑠衣が指差したほうを見た。
「えっ、嘘?」
その方角に、とてつもなく巨大な竜巻が発生していた。高層ビルよりさらに高さのある竜巻が。
渦巻くが風が全てを薙ぎ倒し、巻き上げ、破壊している。街が形を失っていく。
雨が降ってきた。
違和感を感じてわたしは自分の手を見た。
「なにこれ」
黒ずんでいる。
雨が黒い。
「未来さん、逃げましょう!」
「うん」
わたしたちは道路を竜巻の反対方向へ走り出した。
信号機が折れて地面に落下している。
自動車が風で回転しながら転がっていった。
突然目の前のアスファルトの地面が陥没した。
「危ない!」
わたしは瑠衣の手を取った。
難を逃れる。
「瑠衣。わたしの手、絶対離さないで」
「わかりました」
何が起きているのかわからない。とにかく逃げなければ。
突風に、どしゃ降りの黒い雨。
巨大な竜巻。
崩壊していく街。
「瑠衣。わたしたち絶対に生きるよ」
そんな中でも、わたしの内には揺るぎない意志があった。
「生きて、わたしたちの青春を送るんだ」
この気持ちは、すぐ傍にいる友人が与えてくれたもの。
絶対に手放さない。
前方の地面が崩落した。
足場が無くなっていく。
黒い空がわたしたちを中心にして渦巻くように回っている。
「瑠衣。わたしを信じて」
瑠衣はわたしの言葉に応えるように、手を強く握り返してきた。
この世界がわたしの意識を反映したものであるなら、わたしが負けなければ絶対に負けない。
わたしは瑠衣と一緒に現実へ帰るんだ。
光よ差して。
嵐の中で。
わたしは願った。
「こっち」
すぐ背後から声が聞こえた。
わたしは戸惑いながら後ろを振り返った。
いつの間にか出現している木製のドアの隙間から、二式哲が顔を覗かせていた。
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