第26話 おじさん転生者は蕎麦屋で一杯ひっかけたい

「お姉ちゃんくらいの歳だと分からなかもしれないけどね。オジサンは色んなとこで飲むのにそれぞれの楽しみ方を求めるのよ。異世界で食を再現するやつは多い。でも店を再現するやつってのは意外と少ない。それで噂を聞いてね。回転すし屋を再現した店があると」


今回の依頼はまたコンセプト系だね。牛丼の時も実質はお店の再現だったけど、あれはレシピに特化してたよね。


確かに回転すしの時はサイドメニューも含めてお寿司と同じくらい回転すしらしさを追求したから。その話を聞いての依頼みたい。


「いいかい?酒を飲みたいなら居酒屋とかバーとか、それこそココみたいな小料理屋みたいなとこも勿論いい。でも焼き肉屋には焼き肉屋の飲み方があるし。

 ラーメン屋だってラーメンを食べたい時もあればちょい飲みに使いたい時で楽しみ方が変わる。それなのにだ。やれラーメンだうどんだと再現されることはあっても。

 その時の気分によって使い分ける感じが無いのがちょっと寂しいんだよな。で、今回は蕎麦前って言ってな。蕎麦屋での一杯を楽しみたいってわけ」


蕎麦前ってのはお蕎麦屋さんでお酒を飲むことの古い言い方?粋な言い方って言った方がいいのかな?


お蕎麦屋さんでおつまみ的なものを頼みながら締めにお蕎麦を食べるっていう。江戸時代から続く流儀の一つだね。


って全部このオジサン転生者から教わったんだけどね。これは研究と言うか取材が必要になるかもしれないかな。


「じゃ、そういうことで。頼んだよ。当日は俺と同世代の仲間と一緒に来るからさ」


そう言っておじさん転生者さんは自分の世界に帰って行った。自分で異世界感移動が出来るからこれは上手くいけば新しい常連さんになってもらえるかもね。


でも一個大きな問題があるんだよね。私がお酒を飲まない、ということ。だからお酒を飲む人の気持ちがイマイチ分からないんだよね。


お酒と料理の相性については勉強してるけどね。実際にどこまで合うかは周りの意見を参考にしてるところが大きいんだよね。


「クロエさん、今回はお酒メインのご依頼なのです?それならソルの出番なのです。いくらでも飲むですよ?」


ソルは私と同い年なんだけど。この世界の感覚が強い分、すでにお酒を楽しんでいるんだよね。飲みすぎても魔法があるこの世界では。


普通の人は流石に無理だけどソルくらいに魔法に精通していれば、それはもう二日酔いとかそういうの気にしないでいくらでもお酒が飲めるという。


お酒好きの人にとっては最高の世界らしいんだよね。


貴族の皆さんも同じである。そうじゃなきゃパーティーが連続してる時とか辛そうだよね。それも含めて貴族の才能なのかもしれないけどさ。


でも魔法で解決できるならそれはそうしちゃうよね。


「あら、蕎麦前とはずいぶんと洒落た依頼ね。お酒の嗜み方としては一つの形よね。私お協力してあげるわよ? 最近あまり日本酒飲んでなかったし。この機会に楽しもうかしら?」


もう一人、お酒に関しての強い味方が来てくれたよ。女将さんもお酒は好きみたいなんだ。私もこの機会に少し飲んでみようかな?


エマもローザも、周りの令嬢たちも少しは飲めますって言う人の方が多かったしね。


お蕎麦も勿論だけど、お酒の楽しみ方的なことも、勉強していこっと。





「いいですかクロエさん? ほどほど、ほどほどです。具体的には1杯飲んだら即、コレを飲むです。必ずです」


なんかめっちゃソルに心配されてるんだけど?昨日はあのあと少しお酒飲んだんだよ。結構美味しかったよ。


っていうかウチにあったお酒がいいお酒だったんだと思う。因みにエールは美味しくなかった。ビールもそんなにだったかな。


でもビールは料理と一緒に食べた時には幅が広いって言うか合わないものが少ないかなーとは思った。


日本酒は美味しいと思ったよ。と、色々飲んだ記憶はあるんだけど、ところどころ記憶は抜けてる感じ?はっきりとはしてないんだけどね。


溜息をついてる女将さんとなんか焦ってるソルの姿がやけに記憶に残ってるね。新しいお酒を飲む時の記憶は鮮明だったから味は覚えてるし。ま、いっか。


不思議現象だよね。これがお酒は怖いってことなのかな?不思議現象に遭遇するよ、的な。


凄く心配してくれるソルがくれたのは酔い覚ましポーション。日本にあったような栄養ドリンクみたいなやつだけど本当にすっきりと酔いが覚めるという優れもの。


それを大量に渡してくれた。カバンのなかがポーションだらけになっちゃった。


「いいですね?一杯ずつです。お父様にご迷惑を掛けたらだめなのですよ」


そう、今日はお父さんと一緒にいろんなお店を回る予定なんだよ。親子でのお出かけは久し振りだね。ソルは気を利かせてくれて今日はお留守番です。


お店はお休みだからね。お酒の飲み方のことで相談したらお父さんが連れてってくれる場所があるって言うから。


そんなわけで今日は親子水入らずでパーラ散策だよ。


「貴族とは言え男爵ともなると殆んど平民と変わらないからね。特にこの王都では平民も豊かだしね。と言う訳でお父さん、男爵生活も一年を過ぎてすっかり市井にも詳しくなってるよ。今日はクロエい平民としてのお酒の楽しみ方を教えてあげよう。クロエもいい加減お酒を覚えていいと思ってたんだよお父さんは」


お父さんのテンションが高いね。伯爵家のころから比較的フランクな人であったと、以前の記憶が教えてくれてるけど。


転生後しばらくは本当に大変な時期が続いたからあんまり明るいお父さんは見れなかったんだよね。


でも少しずつお仕事も出来るようになって今はなんだっけ、王宮の台所の仕入れの管理とかだったかな。の一部をやってるらしい。


元伯爵は使い辛いと敬遠されてたらしいけど。元がフランクな性格だったのと、降爵後の謙虚な姿勢が認められてきているらしい。


「元伯爵だからと言っていつまでも夢を見ていても仕方がないからね。まず地に足を付けないと。クロエには迷惑かけてすまないと思ってるけどね。

 それに平民の生活を知るためや新しい人脈造りのために色々とお店も回ったりしたんだ。今日はその成果を少しでも返せればと思うよ」


「大丈夫だよお父さん。私は今の生活を気に入ってるし。お金は少しかかるかもしれないけどさ、お兄様と可愛い甥っ子のためにも家は存続して欲しいと思てるんだ。

 お父さんも頑張ってくれてるのは知ってるし、私も出来ることは協力していくからさ、それに今日は私が知らない部分のフォロー、嬉しいよ」


「クロエは本当にいい子になってくれてうれしいよ。父さんも母さんも貴族としては楽観的過ぎて、そのせいでこんなことにもなっちゃったんだけど。

 クロエが明るくいてくれることは私たちにとって救いだよ。さあ、あまりこの話をしているとお互いに寂しくなるからね。楽しい時間を過ごそう」


お父さんに連れられてきたこのお店はなんていうか若い子が入るような雰囲気じゃなくて。一人ならまず来れないようなとこだったよ。


別に柄が悪いとかそういうんじゃないけどさ、何となく雰囲気ってあるじゃん?私は仕事柄いろんなお店に行くけどソルと一緒が多いからさ。


そりゃソルだって若いし女子二人で入らないようなとこにいけばトラブルもたまにはあるけど、ソルはめちゃくちゃ強いからね、安心感が違う。


それとは別方向ではあるけれど、お父さんと一緒ってのはなんとなくそこはかとない安心感を感じて。お店の中に入っていくことが出来たよ。


「ビール二つと枝豆、ポテトサラダ。あとはハムカツも貰おうかな」


そこはカウンターだけで椅子もない、立ち飲みスタイルのお店。お父さんは慣れた様子でさっと注文すると、すぐにビールと枝豆とポテサラが出てくる。


早い! これは私も見習わないとかも。なんならお父さんを確認した瞬間に枝豆を用意していたような、いつも頼んでるのかな?


「立ち飲みはさっと頼んでくいッと飲んで。それでサラッと帰るんだ。仕事帰りにちょこっとだけ飲みたい時とかは便利だよ。

 今日は二人だったから3品頼んだけど、1~2品だけってことも多いしね。2~3杯楽しむこも出来るし、クロエみたいな若い子は入りにくいかもしれないけど、おじさんにとっては使いやすい店なんだよ」


なるほど。自分にはない感覚だけど、こういう感じも楽しむのが大人の感覚なのかな?男の人特有なのかもしれないけど。


どちらにしてもこの感覚はオジサン転生者にも通じるところがあるかもしれないね。


枝豆も冷凍じゃない。しっかり豆の味が感じられて。ほんのりした甘さにバッチリ効いた塩っ気がビールに合うよね。


お酒を知り始めた私にだって分かるこの相性は本当に凄いね。豆を食べる。ほっこり甘い。塩ゆでの塩味が舌に残る。そこにビール。


口の中に僅かな苦みとホップの香り。それが喉元を過ぎる炭酸の爽やかさと合わさって。お店で延々と枝豆とビールを楽しむお客さんがいるのも納得だね。


ポテトサラダもしっかり手作り。マッシュされたポテトはやや粗目で、少ししゃっきりした食感も残ってる。胡椒のスパイシーさがお酒とぴったし。きゅうりの瑞々しさがワンポイントだね。


「ここのハムカツは美味しいぞクロエ。これはな、そのまま食べれるんだ。食べてみなさい」


「うん、立ち飲みだとそのまま食べられるものの方が良さそうだもんね。これはどんな工夫なんだろ?

 あ、これ中に卵? タルタルソースだ! そっか、それでそのまま食べて美味しい感じなんだね。ハムとタルタルソースも合ってるよ。揚げ物にタルタルソースは当然合うし、ビールにも合うね」


「そうだね。それに立ち飲み屋ではワインとかもあるけどビールをさっと飲むケースも多い。焼酎なんかもあるがね。主力のビールとの相性で言えばこのハムカツは、父さんの一押しだよ」


うん、これは美味しいしお店のコンセプトともぴったしだと思う。蕎麦屋のイメージにハムカツはないけど、コロッケ蕎麦とかもあるしワンチャンいけるのかな?


まぁ実際に何を出すか、ってことより今日は雰囲気を感じることが大事だからね。


それに。


伯爵家だったとすれば家族二人で外出なんてありえないもんね。特にこういう庶民的なお店に入るなんて難しいと思う。例えお忍びでも。


私的にはこうしてお父さんと話しながら外を出歩ける今の生活は好きだよ。


こういう時間も。私にとっては大事な時間なんだよっ。

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