第24話 夜会「野菜料理」後編
チーズフォンデュの虜になったご令嬢方だったけど。流石に続くと飽きるんだよね。
美味しい物って言うのはパンチのある味が多いからさ。その分飽きが来るのも早いと思うんだ。だからこそ、味変として色々と変化を付けるわけで。
当然、今回も用意してあるよ、それも貴族社会に受けそうなやつをね。
お鍋の中のチーズは少なるにつれ少しずつ足していたけど。ここからは違うチーズを追加していく。
追加するのはゴーダチーズ、癖が少なくてマイルドでコク深いその味は日本人の好みに合う味だよね。加熱して食べるのにも向いているし使いやすいチーズだと思う。
ちょっと違うのはその中に点在する黒い粒。カビじゃないよ?もっともチーズの場合はカビのあるチーズも色々あるけどね。
ブルーチーズとかそう言うの。癖はあるけど好きな人は凄い好きだったりするよね。それに香りも強烈だったり。
これはそれとは違うけど。でも漂う芳醇な香りは圧倒的で。
鍋の中で混ざり合ったチーズはさっきまでも十分に良い香りを漂わせていたけど。今は全く別物の、香りの洪水を引き起こしているかのようで。
「これは森の、香り。屋内、それも自然とはかけ離れた夜会の雰囲気が、ここだけ森の雰囲気に? 薄暗い森のなかい差す一条に光のように鍋から立ち上る。この香りは、トリュフ?」
トリュフチーズだよ。コレを加えることで、贅沢で芳醇な香りが加わることで、チーズフォンデュは様相を変えちゃう。
一気に複雑に、そして高級感がぐっと上がって来る。それがいいことだって訳じゃないよ?ただ今ままでとは変わるってことと。
ここは貴族の夜会。当然にして高級食材に慣れている彼らにとってはある意味で慣れ親しんだ香りで。
逆になじみのなかったチーズフォンデュがなじみのあるものへと変わって。
周りには人が集まってくる。
「私にも一つ貰えるかな?可憐なご令嬢。いや女性が多くて少し敬遠しようかと思ってたんだが、トリュフの香りに誘われてね。好きなんですよ、この香り。さて、付けられた物はなにかな? うん、これは卵だね。可愛いサイズのウズラの卵だが。
卵のコクにチーズのコクがマッチして、そこに加わったトリュフの芳醇な香り。卵とトリュフの相性は素晴らしいね。
ジャガイモも優しい味わいにチーズのコクとトリュフの香りがダイレクトに味わえてこれもまた素晴らしい」
おじさま達も集まって来たね。こうなって来れば順番に給仕していけばと思ったんだけど。ローザ様がいないね。
いつのまにか取り巻きの令嬢は残っているというのにローザ様の姿だけが消えていたんだ。どうしちゃったのかな?
「多分、あっちの方に行ったと思いますわ。クロエが良かったらだけど、一緒に追いかけませんこと?ここはウチの料理人に任せて。ちょっと、気になることがあるんですの」
エマにそう耳打ちされると、私も気になってきちゃうよね。
森の香りを発したチーズフォンデュコーナーは今一番の人だかりとなっているから、ちょっと大変だったけど、エマに言われるがままに、私は移動を開始したよ。
――――――――◇◇―――――――――――――――――
本当は、こんなはずじゃなかったのに。私は、そもそも悪役令嬢なんてやりたくないのに。この半年間、必死でやってきた、つもりだったのに。
なんとか取り巻きの子たちを増やして、レースから脱落しないように必死にやってきたのに。
意図してかはしらないけど、あの子のあの恰好。本当は地味目な和服は糾弾ポイントだったのに。
凄く格好良くたすき掛けして料理に取り掛かり始めて、いなせっていうのかしら?私もちょっと目を奪われちゃったわ。
それに料理だって夜会で令嬢がするようなことではないと糾弾するはずが、チーズフォンデュの見事さに言葉を失ってしまって。
気付いたら周りの子たちの目線はあの子に釘付けで、その目は憧れの感情がこもっていて。
多分、あのクロエという子は、私と同じなんだと思う。私の過去の記憶は、あの子にひどいことをしていた。
その時のクロエが、今のクロエなのかは分からないけど、でも。本当なら、謝らないといけないんだろうな、って思うのよ。
悪役令嬢役の私には、本当は謝っちゃいけないところなんだろうけど、それでも。
ゲーム的なことは抜きにして、そうした方がいいと思うんだよね。少し一人になって落ち着いたわ。あの子と、あとエマ子爵令嬢も、多分――
「大丈夫ですか?なにか考え事がありましたかローザ様。宜しかったらこれでも食べて一度落ち着かれては」
そこまで考えてた私に差し出された手には一つの器。それはこの異世界ではあまり見かけない、いや日本に居た時もそれほど見たことはないけれど。
上品な漆塗りのお椀に飾られた、煮物?だった。何で煮物!?
――――――――◇◇―――――――――――――――――
思いつめた顔で考え事をしていたローザ様は、今はあまり人がいない会場の隅にいたんだけど。
エマに日本の味が必要かもと言われて持ってきたんだ。さっきチーズフォンデュも食べてるからね。少し品は絞ったけど炊き合わせ。これなら食べられるかな。何か考え事してたみたいだし、そういう時はご飯食べれば大体解決するんだよ。
「ま、まぁ取り敢えず頂きますわ。これは煮物みたいですけど色はあまり黒っぽくないというか、お出汁の色かしら?うす黄金色の汁が張られて里芋とオクラと、高野豆腐。シンプルだけど上品で美しいわね。
高野豆腐って口に含むとたっぷりと吸ったお出しの味が口の中に広がるわ。これは昆布としいたけと、鰹節? ちょっと違うかもだけど、上品な和のお出しの味が懐かしくて。お出しの色からも分かる通り醤油の味は控えめで、その分お出しの味がストレートに伝わるわ。砂糖の甘さもあるけど、どこまでも上品で。
里芋は、ねっとりとした歯触りとお芋の甘味と旨味。土の香りもトリュフとはまた違った感じで、私にとってはこっちの方が懐かしさも感じて落ち着く香りだわ」
炊き合わせはそれぞれの素材を別に炊いていくから素材そのものの味をはっきりと感じてもらうことが出来るよね。高野豆腐はしっかりと煮汁を含ませて。
里芋は程よくねっとり感が出るほどに、そして煮崩れしないほどに。
味は醤油を抑えて上品に仕上げたよ。見た目にきれいだからね。夜会でも十分に出せるレベルだったよ。
「あ、オクラ。これ、好きだったんだ……」
煮過ぎないようにしてシャキっとした歯触りをわずかに残した他の品との対比、それにねばねば感はオクラ独特だけど、決してまとわりつく感じじゃなくて心地よく仕上げて。オクラの濃い味と淡いお出しの風味がイイ感じ、のはず。
「ローザ様、一つお聞きしたいことがあるんですの。この反応で確信いたしましたわ。日本を、知ってらっしゃいますわね?」
「……エマ嬢、クロエ嬢、ちょっと聞いて頂いても宜しくて?」
――やっぱり、ローザ様は転生者だったね。ただし転生歴はまだ浅い。
私は約1年で、エマも大体おんなじ。で、ローザ様はまだ半年に満たないくらい。転生自体が不思議現象だからね。そこはあまり気にしないでおくとして。
「じゃあ、ローザは半年ほど前に前世の記憶を思い出したか転生したか、と思って過ごしていたと。最近になって私が転生者じゃないかと思うようになって今日はソレを確認するために私に近づいた、と。そういうことですの?」
「そうね、このゲームだと悪役令嬢同士の足の引っ張り合いもあったじゃない?それでエマは相当に不思議な立ち回りだったのよ。
ゲームにはない展開。早々に悪役レース降りて安定路線を走ってたじゃない? だから転生者かなって。クロエはその、原作でも早々に脱落するキャラだったからさっきまでその、気付かなかったわ」
衝撃だったよ。私雑魚キャラだったみたい。いや一応モブじゃないから優遇はされてるのかな?分かんないや。
まぁそれはそれとして、私に友達が増えたよ!令嬢友達だよ!転生令嬢しかいないけど。
ローザはまだ転生前の自分?が私を没落させたと気に病んでいるようだけどそれは気にしないよ。だって、私は変に令嬢として生活していくより、今の生活が気にいっているわけだし。
夜会の最初の挨拶もゲーム的には正しい選択肢なんだろうし、知らなかったならしょうがないよ。
私は和みでの仕事、エマも社交よりも家の仕事の手伝いがメインなわけで、あまり普段から絡むことは少ないかもだけど、転生者ならではの悩みとか話せる人がいるのはいいことだよね。
それにこうして話していればローザだって本当はとってもいい子だったよ。そのなんかゲーム的には令嬢たちは色々とあるみたいだけど、本当はもっと平和に生きたいと願う普通の子なんだよ。
それぞれ立場も違うし、性格も得意なことだって違う訳で。それは料理だって一緒で。炊き合わせみたいに、それぞれが自分の特徴を発揮しつつ、時に一緒になって協力し合って高め合うことだって、出来ると思うんだ。
そうして転生者組はあとでまた親交を深めようということになって戻ったんだけど。
「クロエさん。和服もとってもお似合いですね、たまに和服をお召しになる方もいらっしゃいますがクロエさんには特に似合いますわ」
「今度、その着こなしも教えて頂いて宜しいかしら?」
「私は今日のお料理のレシピをいくつかお伺いしたくて……」
ローザの取り巻きだった令嬢たちに何故か人気になってたよ。これは友達が一気に増えちゃうのかな?
彼女たちとは普段からの付き合いは難しいかもだけど、ローザを通してたまには遊んだりするのもいいかもしれないね、
今はお店も忙しいけど落ち着いた時とか、そういう時。それに私がみんなにしてあげられることもあるかもしれないし。
夜会自体はお料理の効果もあって良い感じだったみたいで、向こうを見ればエマのご両親もウチの両親も良い笑顔だったりしているね。
私にとっても色んな人と知り合うことが出来たし、実りある夜会だったよ。
これは、野菜料理と夜会、成功だよねっ!?
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