第27話 漆黒の刃、ドラゴンティアー(後編)

 ヴァニットが悪魔軍を一掃し、戦場に静寂が訪れた。


 ヴェルランディア城の人々は彼女の圧倒的な戦闘力に驚愕しながらも、訪れた平穏に安堵の息を漏らした。

 ブレインは正式に 「ドラゴンティアー」 の称号を与え、ヴェルランディアの騎士たちも戸惑いながらも、彼女を受け入れ始めていた。

 しかし、颯太の胸中は、晴れるどころか 重い悔しさ で満たされていた。


***


 戦いが終わった後、天城颯太 (クロー)は結城柚希 (ハート)を 城の一室のベッド に運んだ。

 彼女は依然として目を覚まさず、静かに眠っている。


 その顔は穏やかで、まるで何事もなかったかのようにさえ見えた。だが、彼女がこの状態になったのは、自分がヴァニットとの戦いに夢中になり、彼女を巻き込んだから だった。

 颯太は静かに毛布を引き上げ、彼女の肩まで掛ける。


「……俺は、柚希を守れなかった。」

 その言葉は 絞り出すような悔しさ に満ちていた。


 目の前で倒れた仲間を救えなかった無力感。戦場の中で、大切な存在を傷つけてしまった後悔。

 颯太は ギリッ と歯を噛み締め、床に拳を叩きつけた。

 その時、部屋の扉が静かに開いた。


 入ってきたのは、ロークス (ウイング)だった。

 彼もまた、傷ついた体を引きずりながら、静かに柚希の顔を見つめていた。


「……ハート。」

 彼の声にも、颯太と同じ 後悔の色 がにじんでいた。


 颯太は立ち上がると、ロークスの前に向き直った。

「ロークス……俺を殴れ。」


 ロークスの目が驚きに揺れる。

「……何?」


「俺が戦いをやめて、光の牙ファングオブライトを止めていたら……。俺のせいで、柚希がこんなことになったんだ!だから……お前が殴ってくれ!」

 颯太は 拳を握りしめ、顔を上げた。


 その叫びに、ウイングは静かに目を閉じた。そして、ゆっくりと口を開く。

「……颯太。なら、俺も殴ってくれ。」


 颯太が驚いたように目を見開く。

「俺も……ハートを止められなかった。俺は光の扉の前で止めようとした。でも、結局ハートを行かせてしまった……敵に邪魔されたからって言い訳はしたくない、俺の力不足だ。」


 颯太とロークス、二人は沈黙したまま向かい合う。


「……お前が、俺を殴れって言うなら……俺もお前を殴るべきなんだ。」

「……。」

「お互い、ハートを守れなかった……その悔しさを、ここでぶつけようぜ。」

 そう言って、ロークスは 拳を構えた。


 颯太もまた、拳を握りしめ、ゆっくりと構える。二人は 互いに向かい合い――。


「……っ!」

「うおおおお!!」

 二人の拳が、互いの頬を撃ち抜いた。


 殴り合いの衝撃で、二人は同時に 後ろへと倒れ込む。しばらくの間、天井を見上げたまま、息を切らしていた。

 やがて――。


「……少し、すっきりしたか?」

 ロークスが微笑みながら、口元の血を拭う。


「……ああ。少し、な」

 颯太もまた、口の端をわずかに上げた。


 二人は、並んで横になったまま、しばらく柚希の寝顔を見つめていた。



「ロークス……あの話、聞かせろよ」

 颯太の声に、ロークスが片目を開ける。


「どの話だ?」


「“やらなきゃいけないことがある”って、強くなった理由……」


「……ああ、そんなこと言ったな」

 ロークスは静かに天井を見上げた。


「俺の父もドラゴンナイツだったんだ。称号はドラゴン・ゲイル。槍の名手で、誇り高い騎士だった」


「……」


「子供の頃の話だ、俺の村がある男に襲撃されてな。父は俺を庇って……俺の目の前で死んだ。だが俺は怖くてただ、見ていることしかできなかった」

 拳を握りしめながら、ロークスは続けた。


「その男の顔は今でも忘れてねぇ。誓ったんだ。必ず、そいつを倒すって。俺の強さは、ずっとそのためのもんだよ」


 クローは静かに頷く。


「……チャラチャラした口先だけの男かと思ってたが、違ったな」


 ウイングは苦笑した。


「俺も……生き残った意味を、信じてみたくなっただけさ。」



***


 バルコニーでは、ヴァニットが夜空を眺めていた。漆黒の鎧に月明かりが反射し、静かに風が吹き抜ける。

 颯太は彼女の背中を見つめながら、無言で歩み寄った。


「……来たのか。」

 ヴァニットは颯太の気配を察し、軽く振り返る。颯太は 疲れた表情のまま、彼女の隣に立った。


「……お前、なんでこんなところに突っ立ってんだ?」


 ヴァニットは 少し間を置いて 答える。

「……別に。ただ、考えてただけ。」


「何を?」


「……。」

 ヴァニットは答えず、夜空を見上げるだけだった。

 颯太は 彼女の沈黙を破るように、真正面から問いかけた。


「ヴァニット、お前は…… 本当に、こっち側にいてくれるのか? 」

 ヴァニットの瞳が わずかに揺れた。


「……どういう意味?」

 ヴァニットは 笑うでもなく、怒るでもなく 、ただ静かに問い返した。


「そのまんまの意味だよ。」

 颯太は手すりに寄りかかり、遠くの城壁を見つめる。


「……お前は俺たちの仲間になった。でも、まだどこか迷ってるように見える。」

 しばしの沈黙のあと、ヴァニットは バルコニーの手すりを軽く叩きながら呟いた。


「……何で、あんたたちは私を認めたんだ?」

 颯太は少し驚いたように目を丸くする。


「……認める?」


「私は今まで ドラゴンナイツを殺してきた側 だった。なのに、ちょっとばかり悪魔軍を倒しただけで 『仲間だ』 って言われてもさ……。」

 ヴァニットは 虚空を睨むように目を細める。


「結局、あんたたちにとって 私は“敵じゃなくなっただけ” なんじゃないの?」

 彼女の声には、 どこか寂しさ が混じっていた。


「……たぶん、最初はそうだったかもしれないな。でも、お前が今日、この城を守ったのは事実だ。」

「……それが何?」

「俺たちの仲間を守ってくれた。今はそれだけで十分なんだ。」

 颯太は 優しく笑いながら夜空を見上げる。


「お前ってさ、ずっと “居場所を奪われる” ことを怖がってるよな。」

 ヴァニットの肩が ピクリ と動いた。


「だから、誰かに敵意を向けられると、それを潰そうとする。でも、もうそんなことしなくていい。」

 颯太は 手すりから身を離し、ヴァニットの横に立つ。


「俺たちは、お前の居場所を奪わないから。」

 颯太の 真剣な眼差し を受け、ヴァニットは 僅かに目を見開いた。


「つまり、お前が私の居場所になってくれるということか?」


 その問いに、颯太は 力強く頷いた。

「ああ、そうだ!」


 ヴァニットは、 ふっと小さく笑った。

 それは、今までの彼女の 冷笑や皮肉めいた笑みとは違う。どこか、ほんの少しだけ 嬉しそうな 笑顔だった。


「……まて。何か俺、変なこと言ったか?」

 颯太が 不安そうに眉をひそめる。


 ヴァニットは 顔をそむけるようにして微笑んだ。

「いいや……。さすが、馬鹿みたいに真っ直ぐな奴は違うな、って。」

「否定はしないけどよ。」


 颯太は 苦笑いしながら、頬に手を当てた。ロークスとの殴り合いのせいで、頬が腫れ上がっている。


「……やっぱ、殴り合いってのは痛ぇな……。」

 ヴァニットが それをじっと見つめる。


「……ちょっと動かないで。」

 そう言うと、ヴァニットは ゆっくりと手を伸ばし颯太の頬に そっと指先が触れる。


「……え?」

 次の瞬間、ヴァニットの手のひらから、淡い紫色の光がふわりと広がった。

 その光が 颯太の頬を包み込むと、腫れがゆっくりと引いていく。


「お、おい……これは……?」

「回復魔法。傷くらいならこうやってすぐ治せる。」


 颯太は、驚きながら頬を触ってみる。

「……お前、そんな能力持ってたのかよ。」

「言わなかったっけ?」

「言ってねぇ。いや、ズルいぞ。強いのに回復もできるとか」


「まあ、私は回復専門じゃないがな。……仲間の傷くらいは治してやるよ。」


 その言葉に、颯太は 少しだけ目を見開いた。

 (仲間……?)

 ヴァニットが、 自分の意思でそう言った。それが何だか 妙に嬉しく感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る