あなたの章
立ち漕ぎをしながら今出せる全力でペダルを交互に踏み続ける。その力に呼応するように、自転車はタイヤを一回転する毎にグングンとスピードを上げていった。そのまま自転車は目的地も分からず全速力で走っていく。灰色の景色が瞬く間に流れていく。
「ちょ、ちょっと!? 何しようとしてるんですか!?」
クエタが異変に気づいたのか、羽を高速で動かし自転車と並走しながら私に問いかけた。
「分からない! でも、七星を取り戻さなくちゃならないんだ!」
「無理ですよ! そんなの! 大体、妻鹿七星は今――」
そこまで言ってクエタがハッとした様子で口を閉ざした。私はハンドルを握り急ブレーキをかける。キキーッと甲高い音を出しながら自転車は赤信号の前で止まった。
「七星は今?」
「さて、何でしょうか~?」
下手な口笛を吹きながらクエタは視線を泳がせた。その動きはマグロもびっくりの泳ぎっぷりだった。私はクエタの襟元を掴み思いっきり前後に揺する。
「吐けーーーーッ!」
「あわわわわわわ、おちおち落ち着いてくださささ」
今度は目を回しながら嗜めるクエタ。私は仕方なく一度揺するのを止める。
「七星は何処に居るの!?」
「これ言っちゃ駄目って言われてるんですよ……」
「いいから吐けーーーーッッ!」
「ぐえええええ」
もう一度前後に揺すると、クエタは「言います! 言いますから!」と両手を振りながら観念した。私はクエタの襟首を離し、ついでにちゃんと整えてやると、クエタは喋りだす。
「魔界ですよ! 魔界!」
「はぁ!? 魔界って、悪魔が住んでるっていうあの魔界!?」
私は空中にまだれを書き、その中にカタカナのマを入れる。魔の略字だ。
「そうです、その魔界です~……」
「何だって七星がそんな所に」
「我々は一杯食わされたんですよ……悪魔は昼の神とだけでなく、夜の神とも賭けをしていたんです。夜の神との賭けの内容は、『妻鹿七星の恋が叶うか否か』。勿論悪魔は叶わない方に賭けました。そして、悪魔が勝てば妻鹿七星の魂を貰うのだと」
「え、それって……」
昼の神とは『名野流が恋に落ちるか否か』で落ちる方に悪魔は賭けていた。私が恋に落ちれば、悪魔は昼の神との賭けに勝ち、世界の魂を全て貰うことになる。私が恋に落ちなければ夜の神との賭けに勝ち、七星の魂を貰うことになる。つまり、この賭けはどちらにせよ悪魔が勝つように仕向けられていたという訳だったのか。
「妻鹿七星が諦めたことにより『恋は叶わなかった』という判定になり、妻鹿七星の魂は魔界へ持ち去られました。魔界は天界と同じく現世にいる者には手の届かない場所。流さんにはもうどうしようもありません」
「そんな――」
そう言われて、私は弱気になりそうになる。しかしながらそのまま「はいそうですか」と諦められる筈もなかった。七星の魂が悪魔の物になっているなんて、考えるだけで腸が煮えくり返りそうだ。七星の魂は、私のものだ。私が貰い受けると決めた。だからもう、悩んだりはしない。諦めるわけにはいかない。
私はない頭で何か良い方法がないかと考える。そうして頭に思い浮かんだのは、実に単純で誰にでも思いつくが、実行はしないような馬鹿げた方法だった。
「要するに、現世に居る者でなければ手は届くんだよね?」
「はい、そうですが……あ! 言っておくけど私は手出ししませんからね! 神様と悪魔の賭けに横槍を入れたら絶対クビになりますから!」
「分かってるよ!」
長く待たされた信号が青に変わった瞬間、私は再び自転車を漕ぎ出した。もう目的地は定まった。あとは底へ向かって走っていくだけだ。
太陽が段々と高度を下げつつある。急がなければと私は強くハンドルを握り直した。
二段飛ばしで階段を駆け上がって行く。普段体育くらいしか運動のしない私の身体は、この程度で悲鳴を上げていた。ハァハァと肩で息をしながら全身で体当たりをするように、錆びついた鉄扉を開く。
そこは学校の屋上だった。沈みゆく太陽に、錆色の町が見える。やはり、見るに耐えない風景だ。私は屋上の端にある安全用のネットフェンスによじ登った後、フェンスの向こう側へ降り立った。
校舎の縁からグラウンドを見下ろす。そこは十分な高さがあり、普段見上げている木々でさえ、今は見下ろしている側だ。大抵の建物はこの校舎よりも低く、小さく見える。
実に幸運なことにグラウンドの中に部活動を行っている生徒は一人も見当たらなかった。もう全員が撤収していったようだ。足が震える。
「ちょ、ちょっと流さん! 一体何をしているんですか!?」
クエタが大声を上げてそんなことを言うので、私は引きつった笑みを浮かべながら答えた。
「飛び降りる」
「はい!? 死にますよ、死んじゃいますよ、そんなことをしたら!」
クエタは大慌てて私の服の裾を校舎側へ向かって引っ張るが、私は本気だった。この屋上から飛び降り、仮死状態になることで現世ではない場所……魔界へ向かう。それが私の思いついた、誰でも思いつくが実行はしないであろう馬鹿げた方法だった。
「大丈夫。クエタは聞いてなかったっけ? 何かの本に書いてあったんだけど、七階で死亡率がほぼ百パーセントになるんだって。この学校は四階、だから生き残る目は低くはない」
「高くもないってことですよね!? 全然死にますよそれ!」
「その時はほら、クエタが何とかしてくれるから」
「冗談はよして下さい。前にも言いましたが、天使が自己判断で人の生死を操作すればクビになってしまいますから」
「冗談じゃない」
「へ?」
間の抜けた顔で私のことを見るクエタ。私は至極真面目な顔になって言った。
「私が今ここで死んだらどうなると思う?」
「どうって……学校の怪談とやらが一つ増えますね」
「違う! あなたはどうなるってこと!」
「私ですか? 別にどうも……」
「私の魂は最早、恋に穢れているだろう。今この状態で死ねば恋は実らず、魂は穢れたまま。悪魔は昼の神と夜の神、両方の賭けに勝ってしまう。人は誰も幸せにならない。そうすればクエタはクビになるよ。……人を幸せにするのが使命、なんでしょ?」
「何ですって!? 私がクビになる!?」
それを聞いた途端、クエタは今までのキャリアがどうこうとブツブツ呟き始めた。勿論、私にはこのままだと本当にクエタがクビになるのかどうかなど知らない。確かに受け持っていた人間が自殺し、悪魔が二つの賭けに勝つのは相当にマズいことのような気はするが、神にとってこの失敗が重いものなのか軽いものなのかは分からないからだ。
しかしながら、要はクエタさえ説得できれば良いのだ。クエタさえ揺さぶることが出来れば私は魔界に行き、そして確実に帰って来られるのだから。
「でもでもでも!」自身に危機が到来したとあって、更に慌てふためいた様子でクエタは言う。
「遍く世界は昼の神と夜の神の両方が見守っておられるんですよ! それは何処の並行世界でも変わりなく、例外はありません! どっちみち、生死を操作したことがバレればクビに――」
「そこは大丈夫。昼の神と夜の神が見守っている……しかし、今は? この夕方の神は居ないでしょう?」
「えぇーッ!? で、でも……確かに……?」
クエタは最初驚いた様子だったが、私の言葉を聞いて段々と揺らぎ始めている様子だ。あともう一押しといったところか。私は一気に畳み掛ける。
「このままだと絶対にクエタはクビになる。でも私を生き返らせてくれるだけでそれは防げるんだよ? 私は絶対、神に告げ口したりしないからさ!」
「うぅ……でも、でも……」
「ほら早く! もう日が沈んじゃうよ!?」
「……あぁーっ! もうっ!」
私が焦らせるとクエタは吹っ切れたようで、何処からともなく絢爛な装飾が施された綺麗な弓矢を取り出した。そして私の心臓に目掛けて狙いを定める。
「絶対ですからね!? 絶対内緒にしてて下さいね!?」
「分かってるって」
私は念押しをしてくるクエタに何度も頷いて応えた。別に、元から神に告げ口する方法など私の知る由もないけれど。
クエタが矢を放つと私の身体は射抜かれた、ような気がした。しかし痛みはなく、それどころか温かい空気を纏ったような感覚を覚える。実感はまるでないが、恐らくはこれで生き返られるようになったのだろう。
「じゃあ、行ってくる!」
私は震える足のまま、無駄に特大のジャンプをして校舎から飛び降りた。飛び降りる間際の言葉がこれだなんて、前代未聞だろう。
何層もの空気の壁に打ち付けられ、髪が後ろに靡いていく。そうしてどんどんと近づいていく地面。ぶつかれば痛いでは済まないことはとっくのとうに分かっている。一瞬が何時間ものように感じ、走馬灯が次々に流れ始めた。遊園地に行って両親と手を繋いだ思い出、藤澤と雨の中馬鹿をして笑いあった思い出、中学生になってから途端に周囲と気が合わなくなった思い出。最後のは思い出さなくて良かった。そんな思い出たちが流れていった最後に――
――七星の笑顔が見えた。
*
気がつくと、真っ白い地面の上に立っていた。その地面は雲のようにふわりとした感触であったが、見た目は陶磁器のタイルのように重厚であった。また、天井は青く、白い雲のように見える綿のようなものが浮いている。遠くの方には自然界ではまず存在しないであろう山のような大きさの樹が生えており、何だか見たことのないが美味しそうに見える実をつけている。実に神秘的な場所だった。
私が面を喰らっていると、近くにいたらしい大きな羽の生えた天使が私の元へやって来た。
「初めての方ですか~?」
「あ、はい」
「ただいま少々混み合って居りまして、待ち時間が発生しております。裁きの時までどうぞこちら天界にてご自由にお過ごし下さい」
「どうも……」
そう言われてコップに入った液体とパンフレットのような物が手渡された。パンフレットには最初、よく分からない記号のようなものが描かれていたが、暫く凝視していると、日本語に変わった。そこには「初めての方へ~よく分かる裁きと死後の世界~」と題されており、ファンシーな天使達のイラストが描かれている。
周囲をよく見てみると私の他にも数え切れないほどの人達が見回す限りに散らばっており、大体が高齢者で占めていた。のんびり座っている人や、輪になって談笑している人が居り、その様子は市役所の待合室と地域の公民館を足して二で割ったようなものだった。
「これが天界か……えらく現実的だなぁ……」
私が周囲を見渡していると、今度は白い衣を着たおばあちゃんが近づいてくる。
「何! あんたそんな若いのに死んじゃったの!?」
「いや、死んだっていうかあとで生き」
「これだからね! 若者はね! でも辛かったんでしょう、若いのに苦労して……おばあちゃん話聞いたげるから! こっちおいで!」
「いや、私用事が」
「私も若い頃はね……」
そう言いつつずんずんとおばあちゃんは先へ言ってしまう。一人にするわけにも行かず、戸惑いながらついて歩いていると、周囲に聞こえるオルゴールのようなメロディの中に私を呼ぶ声が聞こえた。
「流さーーーーん!」
遠くから羽ばたいて来たのはクエタだった。
「クエタ!? クエタも死んだの!?」
「何言ってるんですか! 私は元々天界から来たんです!」
「あ、あぁ……そうだった」
「っていうか何やってるんですか!? 心配になったので来てみれば……おばあちゃんと話してる場合じゃないですよ!」
クエタは私からパンフレットとコップを奪い取り、何処かへしまい込んでしまった。私はクエタに言う。
「だって、魔界って何処か分からなくて」
「こっちです! 急いで下さい!」
私は飛んでいくクエタの後に続いた。暫く走っていると、遠くに門が見えてくる。それは最初小さいものかと思っていたが、それは遠近感で小さく見えていただけであり、近くに行く頃には見上げるほどの大きさとなっていた。
その門だけがこの天界に似つかわしくないような禍々しい姿をしており、明らかに周囲のもととは性質が異なっている事が分かる。
「これが魔界へと繋がる門です」
クエタが指を指しながら言った。
「おんやぁ……大きな門だねぇ……」
おばあちゃんが門を見上げながら言った。何で着いてきてるんだ。
私達は近くの椅子におばあちゃんを座らせつつ、門と向き合う。
「それで、どうやったらこの門が開くの?」
私はクエタに聞いた。
「それはですね、二人の天使が門の両端にあるレバーを引くことで門が開かれるんです」
「え、駄目じゃん! クエタ一人しか居ないんだから!」
「そんなの、そこら辺にいる天使に手伝って貰えば良いだけじゃないですか。あ、ちょっとそこの天使!」
「はい?」
何やら荷物を運んで居たらしい天使が、クエタの呼びかけに応じてこちらへやって来る。
「何?」
「今から魔界の門を開けるので手伝って下さい!」
「いや……なんで? 堕天するの?」
「違います! 今からこの人間を魔界へ送り込むんです!」
「はぁ……?」
天使は私と門を交互に見る。その顔には疑問が浮かんでおり、明らかに納得していない。
その天使は数秒考えた後に、背中を向けて飛び去っていった。
「私、仕事あるから~……」
「あ、ちょっと!」
クエタの引き止めも虚しく天使は飛び去って行ってしまう。恐らくセキュリティの面から想像するに、魔界の門を開けるというのはよっぽどの理由がないとやってはいけないことなのだろう。それをキャリアとクビを気にする天使達は簡単に引き受けないといったところか。
クエタは思わぬ障害に焦りを見せる。
「どうしましょう!?」
「私に聞かれても……誰か手伝ってくれそうな天使知らないの?」
「手伝ってくれそうな天使って言ったって――」
「恵子さん、裁きの時ですよ」
その時不意に、おばあちゃんの隣に一人の天使がやって来た。聞き覚えのあるアルトの声。眼鏡はかけておらず、背中から羽が生えている姿だったが、それは間違いなく余田先生だった。
「余田先生!」
「名野!? お前何故ここに……!?」
「それがですね――」
私は余田先生に事情を説明した。すると納得してくれたようで、余田先生は私に向かって頷いた。
「言いたいことは色々あるが……今は見逃してやろう。ただし、絶対に七星を幸せにしてくれ。それが私の望みだ」
「勿論です」
私の答えを聞くと、余田先生は満足げにもう片方のレバーのへと向かう。そうして、門が開かれた。その途端に天界のものとは違う雰囲気が吹き出してくる。未知の場所への道のりに、不安感が高まった。
「行って来い! 名野!」
「流さん! お気をつけて!」
「気をつけなさいよ~」
二人の天使と一人のおばあちゃんの声に背中を押され、私は門をくぐる。私が通り抜けると、すぐ背後で門は閉じられた。
暗い、暗い荒野を私は走る。魔界は天界とはまるで違う場所だった。枯れ木のような物が生え、辺りには欠けた岩が漂い、上を見上げれば暗黒が広がっている。人は一人も見かけない。
私は走っている内に、遠くの方に一際大きい枯れ木が見えることに気がついた。太い枝が幹にそのまま残っているそれは、枯れているのではなく大樹から木の葉だけを落としたようにも見える。まるで天界に生えていた大きな木と対になっているようだった。
そして、その木に近づいていく内に、根本に近い場所に七星が磔にされているのが見えた。
更に近づいていくと、コウモリの羽のようなものを生やした悪魔達が七星を取り囲むように見物していることに気がついた。そして木の最も近くにいる悪魔が指を鳴らすと、木は青い炎に包まれた。
「七星っ! 七星ーーーーっ!」
「流!?」
七星が驚いた表情で私を見つめている。
私は周囲を取り囲む悪魔の間を割って入り、枯れ木の元へ近づいた。そして七星の手足につけられた留め具を外そうと私は炎の中に飛び込む。青い炎に肌が焼かれ、焦げ付いていく。それは想像を絶するような鋭い痛みを伴った。
「やだっ、止めてっ、流!」
七星は私を止めようと叫んだ。しかし私は離れようとはしなかった。そして叫ぶ。
「悪魔よ! 賭けの結果は覆った! 私の魂は恋により穢れてしまった! さぁ、七星の魂を返しなさい!」
私は悪魔を睨みつけた。しかし、炎は止まることはない。
「その前に、問おう。お前は本当に世界を滅ぼす覚悟があるのか? 世界が滅んだ後、お前はこの炎さえ霞むような裁きを受けるだろう。当然だ。お前は世界の全ての人々を殺すのだから。お前は八十一億の愛を、幸福を、希望を、悲しみに変える。その覚悟が本当にあるのか? その価値は、本当にあるのか?」
悪魔は私にそう聞いた。
親しい人は死ぬ。そうでない人も皆死ぬ。それぞれに生活があり、それぞれに思いがある。その重大性を、私は絶対に理解していない。それがどれほどの大罪であるのか、理解さえ出来ない。もし自分の両親が死ぬときでさえ、私は泣きながら嫌だと言うだろう。そしてみっともなく神に懇願するだろう、「どうか助けて下さい」と。私はどうしようもなく自分勝手な奴だった。
でも、自分勝手でもよかった。みっともなくてもよかった。それがどれほどくだらない選択だとしても、よかった。私はこの身に耐えられないほどの罪を背負い、ボロボロになるだろう。それでもよかった。
たった一人の女の子も救えない世界を存続させ、たった一人の女の子を欠いたままの世界で暮らし、世界を愛せないままで死ぬよりはよっぽど良かった。
私は言う。許されない罪の序章に焼かれながら、泣き叫びたいような痛みを耐えながら、それでも言った。
「私は世界を滅ぼすよ。世界を好きでいるために……世界が好きな私を好きでいてくれる七星のために。私は世界を滅ぼす」
悪魔はそれを聞くと目を瞑り、再び開いた。
「……良かろう」
パチンと指が鳴る。すると青い炎は消え、七星を張り付けていた留め具が外れた。私は七星のことを抱き寄せる。
「お前はいつか、自分の選択を後悔する時が来るだろう。しかしその時にはもう遅い。愚かな奴め……永遠に後悔の海に沈み続けるが良い……」
悪魔はそう言うと何処かへ消えていった。実際、悪魔の言う通りなのだろう。しかしながら私はもう一度強く七星を抱きしめ直した。彼女は、暖かかった。
それから間を置くことなく、私と七星の身体が光り始める。それは学校の屋上でクエタに射抜かれた時に感じた温かさを伴っていた。そして光に完全に包まれたかと思うと、地面に大きな穴が空いて、そこから下に落ちていった。
暗い、闇の空間を七星を抱きしめながら落ちていく。そうしていると、やがてポツポツと周囲に光の粒が現れ始めた。光の粒は高度が下がるごとに段々と増えていき、私達と共に流れる物まで現れ始める。そうして真下に現世の地上を見つけたその時、私達自身が流星になっているのだと気づいた。
私達は光りながら高度を落としていく。付近の流星たちは途中で離れ離れになり、何処かへ行ってしまった。そして、ひと固まりだった私と七星も落ちていく中でその道を別れていく。
「七星!?」
私は手を伸ばしたが、その手は遠く、離れて届かなくなってしまった。私は一人で落ちていき、見知った町に戻っていく。そして最後に見えたのは、病室で横たわる自分だった。
*
消毒剤の匂いが漂う。私が目を覚ますと、白いベッドの上だった。どうやら私は飛び降りた後、病院に担ぎこまれたらしい。私は今まであったことを順々に思い出していって、隣に七星が居ないことに気がついた。
「そうだ、七星は!?」
起き上がろうと身体に力を込めると、右足が酷く痛んだ。ギプスが嵌められていることから、どうやら落下の際に折れてしまったらしいと気がつく。
病室の窓の外に、流星が流れていくのが見える。私は流星の行く先を探すため、松葉杖もつかず病室から飛び出した。
階段を一段、また一段と亀のようなスピードで上っていく。取り敢えず、屋上に出れば七星も見つかるかもしれないと思いながら。
そうしてたどり着いた最上階。私は重たい扉を開けた。
一陣の風が吹く。
夜の温度に冷やされたその風は、そこに立っていた彼女の長い髪の毛と紺色のスカートを揺らした。
「あ……」
七星がそう呟いた。彼女は目を丸くして、私のことを見つめていた。
「なな――――せっ!?」
私が呼びかけると同時に、七星が走って私の元に飛び込んで来る。私は七星を抱きとめながら、病院の屋上の床に倒れ込んだ。右足に鋭い痛みが走ったが、どうやらそれどころではないらしい。
「君って本当に馬鹿なの!」
そしていきなり罵倒された。私は七星に叩かれながら、軽くショックを受ける。
「世界が好きな君を好きって……嘘に決まってるでしょ! 君が後悔なく世界を救えるようにするために言っただけ! 勿論好きだよ? でも私、どんな君でも好きだもん! 君が君だから好きなんだもん! そのくらい分かるでしょ! 馬鹿! 本当に馬鹿! あほ!」
罵倒のボキャブラリーが少ないが、とにかく怒っているらしい。そのことは伝わって来た。私はようやくちゃんとこの世界で七星の身体を抱きしめながら、彼女を宥めようとする。
「ご、ごめん」
「いつもそう、いつもいつもいつも馬鹿で……どうしようもなくて……こんな怪我までして……」
私の着ている病院服の胸元が濡れる。温かさを持ったその雫に気づき、七星が泣いているのだと気づいた。でも、それが少しだけ嬉しかった。七星はずっと、泣くのを我慢しているように見えたから。
「本当にごめん」
「もうこんなことしないで」
「善処します」
「善処じゃなくて、約束して! あと、私も罪を背負うから。元々は、私が好きになったのが悪いんだし……」
「好きになったのが悪いなんて、絶対にないよ」
「本当?」
「本当」
七星は力いっぱいに私のことを抱きしめた。それは少し痛いくらいだった。しかし、私はたまらなく幸福な気持ちで溢れていた。私は七星のことを愛している。それが痛いほどに分かった。
「七星、言わなくちゃいけないことがあるんだけど」
「何?」
「私、七星のことが好きなんだ。だから、私の恋人になってください」
「ふふっ」
七星は溢れるように笑みを浮かべた。やっぱり彼女は、笑顔が一番似合う人だった。
「喜んで」
七星がそう答えた途端ポツリ、ポツリと雨が降ってくる。流星は未だ流れ続け、雲の影一つない。超常的な天気雨だった。星空は何処までも私達を見下ろしていた。
私は心の中でそっと神に言う。
私は彼女を一番幸せにします。全ての世界の誰よりもずっと。私はそのために地獄に落ちます。どんな裁きをも受けます。だからどうか、愛するこの世界を滅ぼしてください。
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